7ー10・絶縁という絶望
___北條家。
北條家当主の和室には、
実家に戻ってきたばかりの黒髪の少女が居た。
祖父の姿を前に背筋と姿勢を正し、静かに正座している。
端から見れば、容貌・容姿端正の少女は、
機微もなく人形の様だった。
孫娘が帰ってきたはいいものの、
厳造は彼女の台詞に、呆気に取られてしまう。
「…………ジェシカを追い出せと?」
「はい」
孫娘の言葉に、厳造は愕然としている。
常に凛とした風花の表情は変わらないまま、
此方を見据えていた。
しかし予想外の言葉故に、
厳造は己の耳を疑う程に、心中は混乱し始めた。。
孫娘____風花の申し出は
教育・世話役であったジェシカを、
北條家から永遠に追放しろ、というもの。
唐突に告げられた宣告。
厳造には、風花の言い分が理解出来なかった。
(_____ジェシカを? 何故だ?)
ジェシカは風花を北條家へ連れてきた帳本人。
そして風花の教育・世話役として見守ってきた
育ての母親の様な存在だ。
(風花もそれなりに懐いていた筈なのに、
何故、当然こんな事を追い出すのだ?)
「___追い出すというのは」
「彼女を北條家と絶縁、
完全に追い出して欲しいのです」
この家の敷居を跨ぐ事も赦さない事を希望致します。
「それは、何の為だ?」
「お祖父様。
彼女は唯一、北條家の内部を知っている人間でしょう。
そんな彼女にこれからも我が物顔て居座られてしまったら、
不都合も生まれると思うのです。
___それは、お祖父様にとっても、
私にとっても致命傷になりえませんか?」
それは、そうだ。
ジェシカは北條家の内部の情報を唯一知る人物。
そしてあの少年を殺めた瞬間の現場も、
遅れてきた形とはいえ目撃している。
そう思い返し考えてみれば、
風花の言い分は大体、筋が通っている。
しかし厳造はすぐに首を縦には振れないまま、フリーズしていた。
心構えも目付きも、雰囲気すら違う。
(風花は此処まで冷酷になれる娘であったか?)
育ての母親の事を、
何処かで、けせらせらと嘲笑っているようにも見えた。
見知らぬ少女をずっと匿ったり、自身が悪くても
誰かを庇うような子ではなかったか。
風花は、真剣に話している。
否。元から戯言や冗談を一切言わぬ少女だ。
今更、嘘の申し出等はしないだろう。
風花は、いつだって、真面目で真剣だ。
だが。
長年、彼女を慕っていた筈だ。
今までそんな事を口にしなかったのに、
今になって突然、何を言い出すのか。
「風花よ。何かあったのか?」
ジェシカを永久に追放しろ、というのは突然な気がする。
食い下がる素振りを見せたが、風花の表情は更に酷薄に
なったように見えた。
早く実家に戻るように言い急かしたのは、
自身の影響だとは言えども、孫娘の言い分は突然過ぎる。
何かあったのか。
厳造の問いかけに、風花の態度は変わらない。
問いかけられた言葉に少女は、一瞬、瞬きをした後に
「特に何もございません。
ただ私も18歳になりましたし、もう教育係は要りません。
あの日の目撃者が居ては厄介だと思ったまでです。
それに私自身、彼女の事は苦手でしたので」
目を伏せながら、風花は呟く。
___そして。
「北條家の内部を知っている人間は、
いずれ北條家に支障を来きたすと思います。
早いうちに息の根を止めて追い出してしまわなければ。
それともいかが致しましょう?
本当に葬ってしまいましょうか、この私が___」
澄ました顔でそう告げた孫娘に、
何故か厳造は悪寒が迸り、動けなくなる。
風花の言い分に唖然とした。
風花は、そんな事を言う娘ではなかった筈。
不意に見た目の前に居る少女は、
自身の知っている孫娘ではない気がした。
(ジェシカを、芽衣を、北條家から遠ざけなければ)
罪の無い
無実の二人を、今後一切、北條家に巻き込ませはしない。
横槍をさしてしまうだろう、大切なもの程、
傷付けてはならない事だ。
(それだけはなんと回避しなくては)
たとえ、
言葉や行動が残酷非道だとしても、
今後一切、敷居を跨がせず、北條家には近付けさせはしない。
要は彼女達が、傷付かなければ良いのだ。
『お掛けになった番号は___』
無機質な声に、見切りを付けて。
耳元に当てていた携帯端末を持っていた手を下ろすと、
青年は溜め息を付いた。
この無機質な声を聞くのは、何度目だろうか。
あのメールが来て以来、
圭介は何度か電話をかけてみるが、北條風花には繋がらない。
あの真意はそのまま意味だろうけれど、何があったのか。
そしてあの日、彼女に暴言を吐いて傷付けてしまった事を
謝罪したい。
その思いが佇んだままだ。
けれど。
全ては少女が、応答しなければ始まらない話だ。
(_____当たり前だと言えば、そうだろうな)
そう思ってから、圭介は自分を嘲笑った。
自身は経営者に暴言を吐いたのだ。
少女が、応答しない事自体に回答は出ているのに。
風花の傷心の心を抱えているのに。
そんな少女の心に、
自分は仕事も果たさず、結果として傷付けただけだった。
(悪あがきは、止めよう)
自身は、解雇になったのだから。
(彼女も怒っているに決まっているだろう?)
彼女とは、関わらない様にしよう。
懺悔を抱えながら
圭介はそう思うと、携帯端末を置く。
時計を見れば、夕飯時の時間帯。
外へ視線を向ければ町は夕暮れに、空は茜色に染まっている。
時計を見れば、夕飯時の時間帯。
他の宅の夕食であろう、暖かで優しい焼き魚の香りがする。
だが、圭介本人に食欲はあまりない。
此方に帰ってきてからまともに食を取っていない。
このまま寝てしまおうか、と思った矢先。
不意にインターホンの音が鳴り、気怠さを引きずったまま
そのままドアスコープを覗く。
小窓から、外の人物を確認する。
(……………誰だろう?)
知らない人間。
人生経験を積んだ、知的な顔立ちと雰囲気の男性がいた。
少しだけドアを開けると育ちの良さそうな、柔い面持ちの
男性が語りかけた。
「長野圭介さんのお宅でしょうか」
「はい、そうです。失礼ですが、どちら様ですか?」
そう尋ねれば、相手は萩原と名乗った。




