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7ー9・居場所と帰還




 車窓から見詰めた空。青のパステルに浮かんだ白い月。

月が見えた満月かと思っていたけれど、少しだけ欠けていた。


 それはどこか不完全燃焼な気持ちが

残っている事の現れを、笑っているのか。



 いつもより見上げた空は、自棄に虚しく無情に感じた。



 少女は、そんな空を見終えた後

タクシーから降りて、目の前にある箱を見詰めた。









 都心を離れた閑静な場所にある、西洋風の一戸建ての家。

中は広々としていて、解放感のあるリビングルーム。

西洋風のインテリアが並び、

明かりには温かさが混じっている。



 芽衣は、呆気に取られた。

彼女が来たのは、ジェシカが住む家。

そして。




 すなわち此処は、自身の生家だ。

20年ぶりに訪れる場所は、何処か他人事のように見えるけれど

“小川芽衣”としての、自身の居場所だった。


「………これ、私?」


「…………え? ………ああ、懐かしいわね」


 玄関に飾ってある家族写真。

朗らかな表情を浮かべた夫妻の間におとぼけた顔の幼女。

其処にいる女性が、今では何処か悲哀的な顔付きのジェシカ、

だとは一瞬だけ、結び付かなかった。



「ごめんね、散らかってて……」

「酷く殺風景ですけど」


 芽衣が鋭く呟くと、

ジェシカはやれやれと顔を項垂だせる。

この家も、内装も、20年前のあの日から事切れたままだ。


(心の風化はないのに、時の風化は怖いものね)


 芽衣は視線を落とした。


 ジェシカは時折、風通りにくるだけで

北條家には住み込みで風花の傍にいて、彼女が独立してからは

ウィークリーマンションを借りていたらしい。


「言い訳してた。

此処に帰っても、貴女も貴女のお父さんももういないから。

私の居場所じゃないって。誰もいないこの家に帰るのは。

単に私が怖かっただけよね」


 感傷的にジェシカは呟いている。その目は何処か物悲しい。






 風花は北條家に帰ってしまった。

今までの挨拶も礼も言わせぬまま、

彼女はこの3年間、積み上げてきたものを壊して。


 

 フィーア・トランディーユだった自身は

何故か、綺麗に自身は小川芽衣に戻されていた。



 リビングルームをキョロキョロと見回すと

幼児用のおもちゃのぬいぐるみが転がっている。


 微笑んだ後に、

微笑みは自然と消え失せ芽衣はまた視線を伏せる。

記憶にはないけれど、これが、本来の居るべき場所。

確かに、自身は生まれてから拐われるまで居たのだ。



 此処に還る。

それが、どれ程の重みと深みを感じさせるか。






 物心も付かない、記憶にもない筈なのに、

芽衣は無性に懐かしさを感じて止まなくなっていた。



(私がいた場所、記憶にはないけれど)




 夫と娘と一緒に暮らしていた思い出の詰まったこの家を、

人知れずジェシカはずっと守り続けていた。


 彼女の守り続けてくれたお陰で、

こうして自身は戻って来られたのだろう。

 







 


「___有難う、お母さん」



 芽衣は母に対して感謝を口にし、微笑んだ。

無邪気な微笑みに、ジェシカは壁によりかかり、腕を組む。



「貴女の部屋、あそこにしたんだけど、良かった?」


「見てもいい?」

「どうぞ、好きなだけ」


 テーブルと、ベッド。

そして持ってきたばかりのトランクケース。

 モデルルームのように殺風景だけれども、

家具は年月をともにしたような痕跡がある。


(元々から用意されていた)



 風花の元から持ってきた荷物は、

トランクケースに隙間が出来る程、あまりにも少ない。

 意外過ぎたのだ。そして無情だと思う、

少女といた日々はこれほどの軽い年月だったのかと。




 今日から、

元の生家に戻り暮らす事になるのだから。





 風花が突然、姿を消した。

クライシスホームも畳み、アパートとの契約も切ったらしい。

ジェシカに連れられて此処にきた。


 出て行って欲しいと言われた時、

何故という疑問が浮かんだが、それを問う間も無く、

別れてしまった。



 何度も連絡したが

彼女とは繋がらずじまいだ。



(___風花は、どうしているのかしら__)



 彼女は、どうしているのだろうか。

出会ってからずっと一緒に居た分、

風花と一緒に居るのが当たり前だと思っていた。


 だからこそ、寂しくもあり、

妹の様な存在の彼女の身が心配でもある。



 アパートの荷物も、風花のだけが先に消えていた。

まるで、最初からいなかったみたいに。




(___無事で、居てくれれば良いのだけれど……)



 アパートから出ていかないといけなくなった芽衣は、

母であるジェシカと和解とした事もあり、

此処で母娘で暮らす事になった。



 アパートからの荷物を引き上げたら

結構時間がかかるものだと思っていたのに あっさりと終わり

昼頃には帰ってきた。



(これからは、あの子を思いながら

どうか、この人の古傷を癒えますように)


 


 それは何十年ぶりかの再会と共に、

これから、その空白を思い出に埋めて行く為に。






「___不束物ですが」



 一応、親しき仲にも礼儀あり、だ、



 堅苦しく、芽衣はジェシカに告げる。

そう言うとジェシカはきょとんと目を丸くした後に、

口許を覆い、無性に微笑みを噛み殺している。


 急に此方が 恥ずかしくなった。



「どうして、笑って____」


「…………いや、可笑しくて。

嫁入り後の娘でもあるまいし、それにこないだまで

つんけんしていたのが嘘みたい」


「………………」





 ジェシカは芽衣の肩に手を置いて、優しく頬笑むと呟く。



「良い?

私達は母娘(おやこ)

そして此処は貴女の家でもあるの。

だから私にも、家にも遠慮なんて要らないのよ。


だから、好きに使って、振る舞って頂戴」


「………良いの?」

「当たり前じゃない。元は貴女の居場所なんだから」



 微笑んで軽く肩を叩くとジェシカは、

背伸びして欠伸をしている。


「お腹すいた?」

「それより__眠たいです」

「ほう。流石、私の娘。私もよ、

さっきから睡魔に襲われてしょうがない」


「……なにそれ………」




 その笑みが移ったのか、芽衣も自然と頬笑んだ。





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