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7ー6・少女の決意





___数日前。




 珍しく、風花の携帯端末に実家からの着信が入った。

本家から連絡が入るのは珍しいと思いながら、

着信を受け取る。


電話の主は______。



「はい」

『風花か』



 低くしゃがれた声。

暫く聞いていなかった声だが、

十分、声には聞き覚えがあり忘れられない人物の一人だった。


 風花に電話をかけてきたのは、

北條家の当主、風花の表向きの祖父である厳造だった。



 突然の電話に何故、と思いながら風花は




「___お久しぶりです。お祖父様」




 心を見透かされぬよう冷静さを装う。

幾度と年月を重ねても祖父にどういう風に、

どんな声音で話しかけて良いのか、分からない。


 だからいつも決まって風花は

久しぶりとしか返せないのだ。


 大体、

本家にいても罰を受ける事を以外で呼ばれる事はない。

祖父と孫娘ような他愛のない会話を交わした覚えもない。






 電話越しの相手は

風花にとって形だけの祖父。


そして___双子の兄を殺した、憎き殺人鬼。




『久しぶりじゃのう』


「………あの、どうかなされたのですか?」





(___なんだか、胸騒ぎがする)



 厳造の着信を取ってから、急に胸騒ぎがし始めた。



 気性が荒く何をするのか分からない祖父。

けれども連絡を寄越してきたという事は、

確実ななにかあるのだろう。



『お前が出て行ってから、もう三年が経つ。

北條家の次期当主はいないのか、と

本家では良からぬ噂さえ立ち始めたのだ。


 わしは肩身が狭くて仕方がない。

風花。お主も馬鹿ではないから解るであろう。


わしが守り続けてきた、次期当主がいない北條本家が、

どれほど世間体に響くものか。


お前ももうすぐ18歳を迎えるだろう、それ故に』



 嗚呼。

風花は悟ってしまった、彼の言い分を。

 


 常に大人の腹黒さや悪巧み、思惑が駆け引き。

それらの陰謀が渦巻く北條家にいて、観ていたからこそ

解るのだ。


____祖父という男の“悪巧み”というものを。




「お祖父様。何を仰りたいのです?』

『単刀直入に言おう、風花。

悪足掻きを止めて直ちに本家へ帰ってこい』


「______ですが、私は」



『まだ、戯けた事を言うのか!!』



 音量制限の利かない怒号が響いて、

思わず耳元から携帯端末と距離を置いた。

 声音を伺い控えめに尋ねた筈だが、

それは祖父の逆鱗に触れてしまい、怒りをを買ったようだ。



「…………………」


『戯けた事をやっているようだが、

それはお前の身にも北條家の身にもならない事だ。


良いか。お前は北條家の跡継ぎなのだ。

跡継ぎは本家に居り、本家での適格な修行と

鍛練を積むことが、実を結ぶのだ』


「………しかし、お祖父様。

今の未熟な私では、跡取り娘として相応しくないかと」



 あの実家には、あまり戻りたくはない。

かつて芽衣が『終身刑の牢獄』と呟いたように自由はなく

人としての尊厳は当主以外、潰される世界。



 だから避けていた。

何かを見失ってしまいそうで。


(___固くなな、娘じゃのう)




見た目は物静かで大人しいが、根は頑固者。

いつも冷静沈着で、何事にも動じない心と

根性を買って生かしてやったと言うのに。


 風花は戻る気はなさそうだ。

しかし、跡継ぎのいない本家と噂されても困る。



__“あの切り札”を出すしかなさそうだ。




『___風花、戻らぬのか?』


「はい。

一人前になった姿で北條家に戻りたいと思っております」



 風花の姿勢は断固として変わらないし、意見も譲らない。

電話の向こう側にいる孫娘に、厳造は嘲笑を浮かべると




『そうなのか。だが。それは許さぬ。

この三年間わしも多目に見ていたが限界だ。

お前が北條家へ帰らぬというならば、こちらにも手段がある』


「____え?」






『お前が歯向かうとジェシカがどうなるか。

それに、お前は内緒である少女を匿っていた様だな。


お前が北條家に帰らぬというのなら、

二人に仕打ちをするしかないな』



 風花は、瞳を見開き驚きを隠せない。

けれどもこれは交換条件だと呑み込まないといけないと

心臓が警告を鳴らす。




 ジェシカと芽衣が自身の代わりに仕打ちを受ける。

厳造は二人を人質に取ったのだ。


 罪の無い二人が何故?

ようやく母娘として再会しやっと和解出来たところなのに。

それに横槍を入れる気だ。



 風花は動揺しつつも、なんとか言葉を紡ぐ。



「待って下さい。

何故、ジェシカに仕打ちを?」



 ジェシカは兎も角、芽衣の存在まで明らかになっていた。

それは初耳でそれを人質に取られてしまうと、金縛りに合うも

同然だ。


『ジェシカはお前と直哉を連れてきた帳本人だ。



 双子のどちらかのうち、

どちらが北條家の跡取りに相応しいか選んでやったのに、


 お前までわしに逆らい北條家の役目を果たさないとはな。

お前を連れてきたジェシカにも責任を取って貰うのが

妥当であろう』



 平然と、さも当たり前かの様に喋り始めた。


 ジェシカが連れてきた双子。

それらを比べた末に厳造は風花を選んだというのに、

その風花さえも逆らうとは意外な事だった。


 物静かなふりをして

飼い犬に手を噛まれるも同然の屈辱を味わった。




 風花は、拳を握り締めた。

無情な心の中で段々と冷たい怒りが湧き上がるが、

同時に理解した。



 相手は、直哉を殺めた帳本人。


 あんな残酷非道な事が易々と出来る男なのだから、

これは当たり前なのかもしれない。



(何処まで身勝手な人間なのだろう)


 直哉の次には

ジェシカや芽衣に仕打ちを受けさせるなんて。


だが。



「仕打ちならば、どういうものですか。

___せっかくですから、私が首謀者になりましょうか」



 厳造は驚愕する。

泣き喚いてやめてくれ、と懇願するように思えたのに

風花はやけに腹が据わっている


(戯言を言わない貴方なら、私にも考えがある)



『お前は、匿っていた少女と一緒に家を出たのだろう?

世間知らずの大人しいお前は、少女に(そそのか)され、

誘惑でも受けたのだろ…』


「違います」



 風花は断罪するように告げた。


「お祖父様。

私はその子を利用したのです。私が誘惑し唆した。

何も知らない小娘を騙すのは、

赤子の手をひねるよりも簡単でしたわ」



(____本当に、わしの孫娘か?)



 風花はいつだって

物言わぬ操り人形、反論しない従順な犬。

そうだと思い込んでいた人物像が覆されていく。


(貴女の言葉を逆手に取ります)




 風花は微笑んだ。



 誘惑、唆し___ ふざけた事を言わないで欲しい。

ならば自分自身がそうした事にして、

話をすり替えようではないか。


 芽衣は何もしていない。

寧ろ此方が振り回した立場なのに。




(___風花が分からない)





 言葉のカーチェイス。



 厳造は驚きを隠せない。

風花は、あまり自己主張をしない少女だった筈。

流されやすい体質の弱気な小娘は、

大人の言う事をそのまま聞く。


 人形の様に大人しく、

静寂を形にした様な娘だというのに。


___なのに。



 だが、冷静ながら逆らった事には代わりない。



 厳造は頭に血が昇った。





『なんだと!?』



 祖父の怒りを買った事を知りながらも、風花は意志を保つ。




「お祖父様、申し訳ございません。

ただあの子が誘惑等したのではありません。

立場を操り、ジェシカには脅しをかけました。

私が彼女を振り回したのです」



 表向きはそう謝りながらも、嘘の事実を伝える。

風花の心情は、厳造への怒りや憤りを通り越して

怜悧な軽蔑に変わる。



 身勝手な老人。直哉の命を殺めた男。






そして、悟った。




(___もう、逃げられないのね)




 鳥籠から逃げようとしたけれど、駄目らしい。


自身ののせいで、

ジェシカにも、芽衣にも傷付いて欲しくはない。

否、傷付かせない。ならば先手を打たなければならない。




 風花はそう思うと、腹を括った。




「___お祖父様」


『なんだ』

「私が、本家に戻れば良いのですね?」



 決心した声音。

ようやく分かったか、と厳造は微笑を浮かべた。



『そうだ。跡取り娘であるお前が戻れば、何もしない』

「そうですか」




____ならば。


代わりに、こちらにも考えがある。

風花は、心の中で嘲笑いを浮かべると高らかに告げた。




「___北條家本家へ、戻ります」







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