7ー1・壊れたもの
誰かが、言っていた。
誰かが生まれ、誰かが死ぬと。
「あなた、私はこれからどうすればいいの………」
悲観に暮れた声音。
それは誰かを労るのではなく、
残された者の不安からの悲観の現れだ。
何も悲しんではいない、
この先残される自身の身を感じている。
祖母は、何から何まで祖父に頼り切りだった。
生活の全てを。まるでお嬢様気取りのように、
ずっと忘れていたのに祖父は
召使いのような様だった事を今更、思い出す。
(今更なのに、意味はないのに…………)
火葬。
棺が、どんどん仕舞われていく。
泣き叫び、火の海へと行く棺を追おうとする
力付くで抑えながら、圭介は棺をぼんやりと見詰めていた。
祖父は、亡くなった。
理由もなく孫に謎めいた言葉を遺して。
それは今も心の片隅で、圭介の心の中で引っ掛る事だ。
密葬で終わらせる。
涙は出ない。心は氷のようにに無情。
意外にも心は無情と無機質そのもので、何も感じず湧かない。
圭介自身、祖父が死亡宣告を受けた時も、今も。
自身をぞんざいに扱ってきた男に、涙は流せなかった。
人は卑怯だ。
本人の魂は無と還る。けれども残された者へ
不思議な爪痕を残したのは、これも復讐だったのだろうか。
きっとこの爪痕は、忘れられない。
それは分かっていたのに
あまり親近感が湧かず、まるで傍観者の如く、
ただ取り残された感覚は、本当に祖父母が自身を他人として
育てていたのだと実感する。
(___大人はいい。
子供を好き勝手に振り回し操り、洗脳出来るから)
大人が嫌いだった。
大人という名の権力があれば
好き勝手に主導権を握る事が出来る。
そう思えば不意に自身が
そんな大人という数字になった事に
嫌気が指して堪らなくなるけれども、時の流れは酷だ。
ただ無情の何処かで、そう思った。
息が詰まりそうだ。
「………………」
少女達が暮らす部屋には、ただの沈黙だけが佇む。
風花は元々、当たらず触らずの性格て、
必要性のある会話しか交わさない。
フィーアは戸惑いながらも、
ジェシカへの嫌悪感を拭い切れず、風花に合わせる顔もないと
視線すら合わせない徹底していた。
共に心を閉ざしたままで。
__まるで、出会った頃の様に戻ってしまった。
それに対して
戸惑いがない、と言えば嘘になる。
フィーアは壮絶な過去を持ちながらも、
風花にとって姉のような存在でそれに慣れ切って
知らず知らずフィーアに甘えていた事を今更、思い出した。
けれど今は違う。
ただ怜悧で冷たい彼女。
フィーアは変わってしまった。
(………そうしてしまったのは、誰でもない私)
『残された者の苦悩もある』
あの青年が言っていた。
心意的に壊され者の苦悩はその人の終わりを告げるまで
永らく続いていく事を、
風花は見て見ぬふりをしていた事に気付いた。
あるべき信頼を破壊してしまったのも。
ただ今更になってから考える。
風花が、フィーアの支えになる事はあるか。
精神的に。
身体的には
何も言わないまま、風花はフィーアの支える事だけ。
(どうして、フィーアに………)
声をかけたのだったか。
フィーアを支え終わった後
少女は素早く身支度を済ませている。
彼女のスタンスもポリシーは見えない代わりに変わらないのだ。
暫くして、頭が冷えて冷静な思考回路が生まれた頃
流石に言い過ぎたとフィーアは反省していた。
実の親と再会して、彼女の行いをただ罵倒していたけれど
(………私の主観とあの子の主観は違う)
ジェシカの行動しか責めなかった。
その行いのせいで少女ひとりの人生が破壊されたのだと。
だが風花は何も言わずにただ、あの場で冷静に物事を聞いて
飲み込んでいたのだ。
お人好しで心優しいから
ジェシカを庇っただけだと思い込んでいた。
ジェシカの生んだ行動は、褒められたものはないけれども
風花にとっては育ての親で、
北條家から虐げられ肩身の狭い分のフォローを
補ってきたのは、彼女ではないか。
間接的に彼女も罵倒していた。
だからこそ思う。
(___優しくしないで)
フィーアの中で、気持ちが揺らぐ。
ジェシカの弁解を述べてからあれから風花は何も話さない。
だからこそその分、フィーアの心は揺れ動く。
今更、母親と知ってもまだ未成年で
確かにジェシカにも、支えになって貰っている。
親身にして貰ったのも風花と彼女しかいなかった事を忘れていた。
けれど。
風花を不幸へと陥れたのもジェシカだ。
それだけが足枷のように引っ掛けかる。
ジェシカと風花を比べてしまえば、
風花の方が情も移っている、過ごす時間も長かった。
妹なんて思っているけれど、
本当は自身がその立場なのかも知れない。
人間関係を知らなかったフィーアにとって
風花は初めて出会った人。
ジェシカが母親と知った今も、
彼女とどう接していいのか、
風花への申し訳ない気持ちをどう片付ければ良いのか。
ただ何処かで、
自分を知りたいという欲があったのだが。今、知った。
それを風花は体現しようとしてくれただけではないか。
「………どうすべきなの、私は…」
分からない。
教科書みたいに、
数学みたいにちゃんとした答えがあればいいのに。
代わりない事は、風花が恩人てある事も。
ジェシカが、自分の実母だという事も。
祖父の身辺整理。
祖母の身の回りの世話、彼女が困らないようにと整える。
祖母は何も出来ない。食事の宅配サービスの契約、
民生委員に任せる事にした。
『良かったね』
『これで穀潰しもいなくなるしさ、
老後は穏やかに過ごせるんじゃない?』
唯一の皮肉を残して、
圭介は一人暮らししている此方の許へ
帰ってくる事が出来た。
暫く空けていた家。
酷く無機質で殺風景、空虚感が主の不在を物語る。
部屋に入るや否や、ベッドに直行し、身を投げる。
ふかふかの布団。
同時に襲ってくるのは、酷い脱力感と倦怠感。
一度、倒れた事はあるがそれ以降は馬車馬のように
呼吸も忘れる程、慌ただしい生活を送っていた。
(アルバイト、増やさないと)
今では到底足りない。
大学卒業まで後2年は要する。
自力で勤労学生をしないといけないから、
アルバイトを増やして、地に足つけて生きていかないと。
此方での生活も一変しそうだ。
色々と有り過ぎた。
祖父の死、葬儀。残された謎めいた言葉。
クライシスホームでの、暗い過去を持つ人達。
1人になるのは久しぶりだろうか。
(………風花)
ふと、黒髪少女の姿が横切った。
監視人と教育係という名目の職業だった自身。
業務放棄にも似た形で飛び出してしまった事を、
今更、申し訳なく思う。
その上、自身のの余裕の無さから
身勝手な理由で、彼女を傷付けてしまった。
申し訳ないと思いながら、
圭介はぼんやりと天井を見詰めて溜息ひとつ。
過去は変えられない。
その代わりなんてない。




