4―9・少女の消えぬ傷痕
連続投稿、続きます。
先にフィーアと風花は、帰路に着いた。
今は身も心も落ち着かせて、ゆっくり休んだ方が良い。
風花は弱っている。
それは言うまでもなく、発作を起こすまでに苛まれたあの出来事だ。
あんな残酷な記憶。
自責の念と弱点を意識の奥底から抉り出されて、正気で居られる筈がない。
一息着こうとダージリンの紅茶を入れてから、
寝室へ移ると、項垂れる様にに横たわり眠る少女がいた。
クッションに持たれて、
表情は見えないが、その頬には雫が伝う。
少女の指先に触れたのは常備薬のケース。
指先から今にも零れ落ちそうな、やや透明なケースを落ちない様に受け取ると
フィーアは目を凝らして錠剤の錠数を数えた。
錠剤の錠数は処方された数だけ、服用したようだったので
フィーアは安堵する。
仄かにに蓋の閉まっていないケースを見て、
きっと先に。薬を飲んだのだろう。
傍に置いてある軽い布団をそっと彼女にかけた。
だいぶ窶れた風花に、フィーアは
そっと彼女の髪を撫でて目を伏せて見守る。
群青色の夜空に、空に星はひとつもない。
その眼差しは慈悲と慈愛に満ちていて、儚くも優しいものだ。
嗚呼。
かわいい妹、自分自身を助けてくれた恩人。
色々な感情が混ざりながら
フィーアはふと"ある事"を思い返していた。
(あれは、誰の悪戯いたずらかしら?)
あの手紙を送り付けたのは、一体 誰だろう。
風花の精神を揺らし追い詰めたあの一通のメッセージカード。
文字が機械的で無機質だったから、あれは直筆じゃない。
パソコンか何かで打たれた文字を印刷して作ったものだろう。
送るとしたら誰が、と考えて、フィーアの脳裏にふとある人物が浮かぶ。
(……まさか)
クライシス、ホームの関係者がする訳がない。
圭介は何も知らないし、自分自身と
ジェシカは最善の注意を払いながら少女に接している。
北條家では風花を怪訝な眼差しで見守る大人がいるけれど、
もしその大人が仕組んでも、風花の双子の兄は知らない。
他の関係者も風花の素性は『北條家のお嬢様』としか知らない人物な筈だ。
だとしたら。
それに、フィーアはある違和感を感じ取っていた。
メッセージからは鼻に付く強く甘い香りがしていたのが、確信に近付ける。
____だとすれば、疑われる人間はただ一人。
そう思った時、膝に乗せていた携帯端末の着信が鳴る。
ふと携帯端末の画面の相手を見てから、フィーアは着信を取る。
「はい、ジェシカさん。どうかされましたか?」
『風花の事、任せちゃってごめんなさいね。風花の様子はどう?』
「いえ、お気になさらず。
薬を飲んだみたいで、寝ています。………それよりどうしたのですか?」
『いえ、風花は勿論。貴女も大丈夫かと思って…ね』
電話越しから尋ねる様に言うジェシカにフィーアは苦笑した。
きっと前にパニック起こした事を気にしているんだろう。
風花は直哉の命日が近付くと、精神的に追い込まれる事を
それをまだ知らなかった頃、彼女はオーバードーズした事がある。
フィーアが直哉の事を聞かされたのも、その時だ。
「そんな。私は大丈夫ですよ。
今度は何があろうともう動じず、風花の傍にいる事が出来ますから」
『そう……なんだか貴女、前より強くなったわね………』
「そうですか? そんな………。気のせいでは?」
ありふれた嘘を。
自分自身が強くなった筈がない。
ただ自分自身は、風花の恩のお陰で生き長らえているだけだ。
ジェシカから善きタイミングで、電話を来た事もあり
フィーアは身を乗り出した。
「ああ、一つ思い出した事があるんです。
その事で、ジェシカさんに一つお願いありまして、お力、お借り出来ませんか?」
『………私に? 何かしら?』
「あの____」
丁度、陽が暮れ始め空は茜色に染まっている。
少し重たい脚を引き摺る様に歩きながら、帰り道。
圭介は未だに戸惑いと謎を抱えていた。
ミステリアスで自身の事は何も語らず、その素性さえ感じない風花が
一生の消えない傷心を背負い生きる、
残酷な過去を背負っていたとは。
何も語らないだけで
本当は何かを抱えて内では苦しんで居たのだろう。
(………何も知らなかった。
知らないまま、彼女を傷付けていたのかも知れない)
最初は素っ気なかったけれど、
最近は段々と打ち解けて来て自然と話す様にもなった。
けれど時折に見せる虚空を見詰める、ぼんやりとした眼差しは、意味も解らずぼんやりとしていた。
あの頃は気付かなかっただけで
全てを知った今ならその遠い眼差しの意味が分かる気がする。
……彼女は何処かで懺悔と共に、
見えなくとも、兄を後を追って居たんだ。
そんな時、誰かにぶつかった。
花弁の濃密な香りに目眩に誘われる。
慌てて視線をやった先に、圭介は驚いた。
長い茶髪の巻き毛。
年に見合わない背伸びした、派手な濃いメイク。
この小柄な少女にには見覚えがあった。
この間、北條家の墓地に居て風花と何かを話し込んで居た少女だ。
「ごめんなさい。大丈夫ですか」
「ええ」
彼女は答える。
痛がる表情は微塵も見せない。
何故ならば、“自身からわざとぶつかった”のだから。
(……………この男ね)
嗚呼、風花の教育係の青年が今 其処に居る。
華鈴は言った。
「貴方、北條風花の知り合いよね?」




