4―8・遺憾を秘めて
顔面蒼白の顔色の少女は、気を失っていた。
しかしやがて閉ざされていた瞳がばちり、と開く。
「風花?」
「…………………」
フィーアが心配そうに、此方を見詰めている。
まだ斑な意識の中で、
風花は無意識に起き上がり
フィーアは起き上がった風花に声をかける。
けれど目は虚ろなまま。
壊れた人形の様に横たわっていた少女は
暫し、上半身を持ち上げ呆然としていたものの。
「_____っ………」
頭に激痛が走り、視界が眩む。
頭を抑えながら、蹲り、過呼吸を繰り返した。
頭が痛い。
まるでそれは、しめ縄で締められ
剛力な力で引っ張られている様な感覚と共に襲うのは
あの悍しい記憶が脳裏に浮かんで
微かに呻き声を上げて、更に身を縮める様に佇んだ。
(…………私のせい、何もかも……)
自分のせい。
自分のせい。
自分自身が後継者に選ばれ無ければ、
純粋無垢な少年は死なずに済んだ。
自分自身が殺されれば良かったのだ。
北條に穢れていく自分自身が選ばれなければ良かったのに。
どうして、どうして_____________。
胸を押さえながら
その漆黒の瞳から、雫が溢れ頰を伝った。
「………ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……風花……」
(
(貴女が責められるべきではないのに。
責められ罰を受けるのは、あのお爺様よ)
(ねえ。
何処まで、風花を苦しめるの?)
思いを唇に噛み締め、
フィーアは歯痒い思いを抱えながら、
それらを隠し何も言わずに風花の背中を摩っていた。
それから暫くしてからだ。
風花が夜中に魘される様になり、睡眠不足に陥ったのは。
何かに取り憑かれた様に魘され、途端に苦しみ出す。
何時も疲れた様な面持ちで呟かれるのは、双子の兄の名。
そして時折に、何かに取り憑かれた様に
虚無感を佇ませた眸で無意識に歩き出して襖を開け、
何処かへ兄の居る場所へ行こうとしているのか。
ジェシカが付きっきりだったので、ジェシカが止めに
入ると力尽きて倒れてしまう様な夢遊病の現象を見た。
そして日に日に風花へ衰弱し、無気力かつ表情が無くなって
その性格は拍車をかけた様にどんどん臆病になっていく。
昼夜を問わず、魘されている風花にジェシカは
不審に思いすぐに病院へ連れていく事を決めた。
けれども病院に行く事さえも、この当主は許さない。
世間体を気にするあまり、何かあるのではと探られる事を危惧したからだ。
子供らしい人格は求めていない。
其処に求められるのは、跡継ぎとしての技量。
元々、少女の持ち合わせていたものなんて、どうでも良かった。
けれど言えない。
実兄が他人の目の前で殺された光景を見た、だなんて。
北條厳造は罪を犯しながらも、事実を隠蔽したが故に。
事故に遭って、
目の前で兄を失ったと偽り、
幼い風花は心療内科に行き診断を受けた。
『_______PTSD〈心的外傷後ストレス障害〉です』
風花はそれを、永遠に患う事になった。
時折にして兄の殺された光景がフラッシュバックしていく。
その症状を煩い、
魘される日々が続いたのだが、突然にしてぴたりと止んだ。
それは、ふと鏡で己を見た瞬間だった。
風花の中で、意識の奥底に眠っていたものが目覚めた刹那。
( “信濃風花”は、何処にもいない。
北條厳造に殺されたの。
私は直哉を殺した罪人の孫娘、北條風花”よ)
年を重ねるにつれて
風花は直哉の事を心の奥底に沈め始めて
自分自身の感情を殺して自分自身を『北條 風花』として装う様になった。
どんどん風花では無くなっていく。
無垢な少女が変わっていく様を見る度に
苦い気持ちを抱えながら、ジェシカも自分自身を責め続けた。
自身が北條家へ連れて行かなければ、
風花は変わる事もなく直哉も殺されずに生きていた事であろう。
『ごめんね、ごめんね』
幼い風花を抱きしめて、ジェシカは何度も謝った。
何度謝って許される事ではない。
ジェシカの謝罪を心を無くした風花は呆然とした瞳で見詰めていた。
圭介はジェシカの言葉、風花の過去に絶句したままだった。
風花は北條家の娘ではない。
分家の娘である華鈴が本当の北條家の娘。
兄が殺されたのを目の前で見てしまった消えない後遺症を患った事も。
「全ては私が悪かったの。私が北條家に紹介しなければ……。
けれどもう元には戻せない。
けれど願うならば風花を解放して欲しい。
でもね。厳造は後継者を手放したりしないわ。もう風花は北條家の道具になってる。
華鈴が跡を継ぐのが無理な以上、風花は束縛され続ける。
北條家からも、直哉の記憶からも全て。
贅沢だって分かってる。
けれど本来の後継者である華鈴を戻し、
風花を呪縛から解放されるようになればいいのいいのにって
不意に思ってしまうの。我が儘よね。
けれど、それは願わない」
泣きながら、ジェシカは圭介に言う。
「圭介君に。
華鈴は風花に自分自身の立場を奪われたと思って逆恨みしてるの。
これは私からの懇願だと思って。
せめて華鈴が風花に近付かない様に見張っていてほしいの。お願い」
「……分かりました」
薄幸な少女を留め、救うにはそれしかない。




