4ー6・平穏と引き換えの毒
可愛い孫娘に大変な苦労をさせたくない。
同い年の見合った子供を、養子縁組して次期当主にするという。
北條家を絶やす事は出来ない。
表向きでも次期当主の誰かを用意しないといけない。
だが、ジェシカは乗り気ではない。
厳造の誘いをそれとなく避けて、
数年は何事もなく回避していた。
ジェシカには不安があったからだ。
(____自分勝手な人間なのに)
この喜怒哀楽の激しい老人に他者の子など愛せるのか。
その前にちゃんと面倒を見れるのだろうか?
厳造のヒステリー、
北條家の独特のしきたりや空気感。
其処まで考えて、もう結論は出てしまっている。
きっと無理であろう。
かわいい子は旅に出せ、ということわざ。
けれども北條家には別物で、
それは不幸の生贄に差し出すようなものだ。
そんな不安があった。
孤児院に勤めているから、
孤児を持って来いと言われても、
断じてジェシカは嫌であった。
けれど、この不運は誰が仕組んだのか。
それともこの北條家の当主が仕組んだのだろうか。
数年後の冬。
孤児院にひとりの老婆がやってきた。
その老婆の娘は
娘が婿と離婚調停中で、娘のヒステリーとDV気質から
母の魔の手が伸びない様にと子供は孤児のふりをして
預けられていた。
彼女は、子供は取り返しにやってきたのだ。
遥か彼方、離れた孤児院に乗り込んだ彼女は、
最初はおとしやかなふりをして、刃を向けた。
「私の孫娘を返して!! この誘拐組織が!!」
そんな中で彼女は、ある硝子の瓶を投げた。
混乱と絶望。
非情な魔と化した施設。
その瞬間に異臭と違和感。
独特な匂いと、それと共に目眩がした。
「孫娘を出しな!!」
施設長が、投げられた瓶が
毒ガス気付いてシスター達に教えて回った。
煙を吸わない様にそれは、猛毒のものだから、とも。
シスターは子供達を連れて、逃げようとする。
けれども建築物の土台は古く、怒りのままに振り撒かされた薬剤に建物内が腐敗し崩れていく。
建物の腐敗による転落、一酸化炭素中毒に陥る地獄の薬物、周りは混乱の渦に巻き込まれた。
煙と化した毒薬は、
シスターや子供達の意識を奪っていき、倒れ伏せた。
腐敗により崩落している建物が行く手を遮る。
崩落した建物。後に到着した
消防隊や警察が見たものは、目を背けたくなる現実だった。
壊れてしまった瓦礫を呆然と歩きながら、
それらを見、選択の猶予もないまま、
ジェシカは心を錯乱したまま、留まり、
夢遊病の如く子供達を探し回った。
(___まだ、生きてる子がいるかも知れない)
絶望に目を背けた。
そうでもしないと生きていけない。
__________そして見つけた。
瓦礫の影にいた、双子の兄妹の姿を。
二人の姿は見た事がある。あの、兄妹だ。
それからの事はあまり覚えていない。
火の海を抜け出してただ双子の手を取って途方に暮れた。
何処に逃げようか、何処へ行けばいい?
家に連れて帰って仕舞おうかと考えたが、
ジェシカにとって、
今は生活費で精一杯だった。
子供二人を養う甲斐性はない。
大人のエゴで連れ去っても、きっと二人は不自由を要するだろう。
孤児院から逃げ出して
どうしてしおうかと迷った時に厳造の言葉を思い出す。
『___養子縁組をして、その子を育てよう』
養子を欲しているのなら。
もしも、この子達の身の安全を保障してくれるのなら。
今思えば、自分の判断が間違えていたのだと痛感する。
(____もし、違う判断が出来ていれば)
北條家に来た。
北條家の使用人は、ジェシカの姿を見て絶句した。
擦り傷やかすり傷に包まれ、痛々しい傷も数箇所。
特に腕には痛々しい怪我の箇所に
怪我をした際に着いたのだろう。袖の衣服には
血が滲んで乾いているところもある。
必要事項だけ告げて
厳造の部屋に連れて行って貰い、双子を見せる。
「その子達は…………」
厳造は驚いていた。
服に付いた血は乾き、変色していた。
彼女の両脇の傍らには見知らぬ子供が二人、それぞれジェシカの手に引かれている。
「おじ様。今朝ニュースで、
孤児院に通り魔が現れたのは、ご存知でしょうか」
「ああ、知っておるぞ。お前は無事だったのだな?」
「はい」
ジェシカは、ボロボロで視点によっては痛々しい。
あの孤児院が崩落していく中で、生き残ったのは幸いだったのか。
ただ顔には疲労が伺え、目は虚ろ。
見るからに疲れ切っている。
それでも小さな手だけは、離さなかった。
「この子達は、奇跡とも呼べる孤児院の生き残りです。
この家で育ててはくれないでしょうか。
孤児院は連れて帰れません。毒と化しているのですから。
この子達には行く宛も身寄りもおりません」
ひざまづいて、ジェシカは涙ながらに告げる。
おじ様、養子を欲しがっていたでしょう?」
ジェシカの申受けに絶句する。
今まで避けてきたというのに、ジェシカは子供を連れてきた。
けれど養子を欲して
北條家の跡継ぎにするという厳造の思惑は変わらない。
それぞれジェシカの隣で不安そうな面持ちをする兄妹を見回す。
二人共、愛らしく端正な顔立ちをしている。
孫娘と同い年くらいの、年頃か。
「その子達は華鈴と同い年くらいか?」
「ええ。同い年です。
この子達を引き取って仲良く育って行って欲しいのです。
変わりに私はこの子達の教育係と世話役を引き受けます。
この子達の面倒は私が見ますので……。
衣食住だけの確証を。どうか…………
どうかお願いします、この子達を助けて下さい」
ジェシカはそう土下座した。
そんな厳造は頭を上げろと行って、ジェシカは頭を上げる。
「良かろう。
この子達を引き取って北條家の子供として育ててようぞ」
そうにっこりと微笑んだ。
思えばこの言葉程に残酷な毒薬しかなかったのだ。




