3ー10・傷心と哀傷
少し加筆しております。
運ばれている間、
フィーアは相変わらず、苦しみに唸る。
そして静寂な廊下には靴音と悲しみの泣き声が残響していた。
(____ごめんなさい)
懺悔の言葉を繰り返す。
呼吸が締め付けられる程に、
心が苦しくなりいつしか過呼吸になっていた。
事務所には、他に休憩室兼仮眠室がある。
仮眠室というだけあり、奥には簡易ベッドがひとつと
そして数枚の来客用布団が置かれているのみで、
簡素としか言えない部屋である。
照明を付け、
風花はフィーアを抱えて、備え付けのベットに寝かせる。
フィーアは、震えていた。
風花は目を伏せて、言葉を探る。
「ごめんなさい、番組表を見て注意すべきだった」
「…………いいえ。大丈夫よ。
一瞬の事で驚いてしまっただけだから」
その眸に浮かんだ涙は、戸惑いを見せている。
風花は謝り、頭を下げた。
ラジオニュースは流しているが
風花はラジオの番組表の内容を予めチェックしており、
話題があるニュースは避けてきたつもりだった。
けれど今回は目が行き届かず
フィーアが耳にする事となり、混乱してしまったのだ。
フィーアは額に手を置きながら
天を仰ぎつつ、風花の言う事を否定する。
その額には暫し汗が滲んでいて、指先は未だに震えていた。
____まだ心が混乱している証拠だ。
「…………皆、いなくなっていたのね」
「…………………」
風花は言葉が見当たらず、唇を噛む。
いつか落ち着いた時に彼女から尋ねてくるまで、
絶対に口にはしないと固く誓っていたのに、無作為に傷付けてしまった。
「私もいないのね」
首を縦に振る。
そっかと目元を腕で隠しながら、ぽつりと呟く。
「あの子供達は、何処にいるの?」
「……………アルビノの子供達の、次善団体の施設があるの。
その敷地内に小さなお墓があって、皆、其処にいる」
「…………そうなの」
あの時、皆、息絶えてしまったと思い込んでいた。
けれどもまさか現実的で本当の事だと思うと
あの時の傷心と哀傷が、心に刺さる。
あの仲間達は、何処かにいる。
せめてそれだけでも救いだけれども、
思考回路のショックが激しく、塞ぎ込んでしまう。
フィーアは風花から背を向けて、ひとつ告げた。
「暫くひとりにして欲しいわ、頭を冷やしたいの」
「分かった。…………ごめんなさい」
(私だけ助かった)
あの激しい灼熱の喧騒。
何処かで覚悟していた筈なのに、いざとなると何処か複雑だ。
誰もいない、それだけで片付けられ、世間は
置かれた劣悪な仲間との生活やあの人間達の一面を知らない。
(けれども、声を上げる勇気は私にはない)
もどかしい。
強さが欲しいと何処かで願いながら、
皆が安らかに過ごして欲しいと思い願った。
謝ると照明を消して、風花は去って行った。
仮眠室の扉の前で壁に背を預けて項垂れる、
軈て、
明るみになる事実を先に伝えた方が良かったのだろうか。
後々でこんなに塞ぎ込んでしまうのなら、
最初から伝えて方が良かったのではないか。
覚悟が足りていなかった自身の不手際だ
(不器用だから、人を傷付ける事しか出来ない)
事務所に来て風花は一息着く。
壁に横たわりながら居た時、ふと青年が後味悪そうに佇んでいた。
「…………フィーアさんの具合は」
「…………大丈夫。驚いただけを起こしただけ。
少し仮眠するって」
「…………そうか」
後味が悪い表情は変わらず、
圭介はただ足元に視線を落としているのみ。
風花も何処となく不穏で自責の念が走って、俯いた。
そうか。彼は知らない。
彼女の素性も、どうして混乱したのかも。
理由も分からないまま勝手に落ち込まれても、今後フィーアと気不味くなるだけだろう。
自分自身のせいだと誤解しているのかも知れない。
風花は呟いた。
「___気にしなくて良いから。
フィーアがパニックを起こしたのは貴方のせいじゃない」
「………そうかな」
近くに居て内容を聞いていたから
ニュースの内容は覚えている。あの話題の事も、彼女の苦悩も。
彼女の過去を話すのが気を引けてしまうが。
風花は壁に背を預け
遥か彼方を見詰めながら、呟く様に語り始めた。
「フィーアが、アルビノって事は分かるでしょう?」
「ああ。
ニュースの内容、3年前のアルビノ監禁暴行事件って言ってた事も。
丁度、受験生で
慌ただしかったけど、凄絶な事件だった事を覚えているよ。
それで………フィーアさんはなんで混乱したんだ」
ちらり、と風花は圭介に視線を遣る。
しかし一瞬の事で俯きがちに眸を伏せ、表情は見えなくなる。
「____世間は、日本は、裏社会の人間達に
アルビノの子供達が全員殺されたと
思い込んでいるけれど、本当は違うの」
「…………どういうこと?」
圭介は、訝しげに、風花を見た。
「その事件の唯一の生き残りがいる。
アルビノの子供達は全員、息絶えたのではない」
「……………え?」
まさか、と思った。
「その生き残りが、フィーア、なの」
圭介は驚きを隠せなかった。
アルビノ監禁暴行事件の生き残りはいない筈だと
当時センセーショナルに報道されていた記憶がある。
けれども
そのたった一人の生き残りが此処にフィーアだったとは。
風花は冷静に話を続ける。
「北條家の近くだった。裏社会のアジトは。
三年前は本家で暮らして居たから
私も気になってはいた。けれど本家のジェシカやお祖父様も
『あの場所には近づくな』と言われていて知らないふりをしてた。
偶には怖い人とすれ違ったりもしたわ。
けれど三年前のあの日。私は塾の夏期講習の帰り道だった。
アジトから道へ這い上がって来た人を見つけてしまった」
「それが…………」
負い目を感じているようだった。
風花の伏せた眸には闇色が混ざり始めている。
「…………そう。フィーアだったの。
全身、傷と痣だらけで。
あの子は終わりたいって言ってた。
でも、今思えば私の気紛れだったと思う。
誘拐同然だけれども気付いたら、彼女を友人だって言い張って、
家に連れて帰って手当て受けさせてた」
何故、彼女を連れ去ったのか。今でも風花は分からない。
己の感情を隠す癖が身に付いて、それが今でも自身の感情すらも、掴めないままらしい。
ただ。
思えば、味方が欲しかったのか。
息苦しい大人ばかりの北條家の中で、それらから視線を逸らしたいが為に。
「最初は酷く怯えてたの。
私に何かがされるんじゃないかって。
けれども教えてくれたの。監禁暴行事件の一部始終を」
物語を朗読するかのように。少女は語る。
「フィーアを見て、何処かで
自分だけ生き残ってしまった罪悪感を覚えて
事件のことになるとパニックになってしまうのだと思った。
事件と化しているから
きっとマスメディアや警察は彼女を放っておかない。
人の好奇心な残酷なものはないもの。きっと彼女は休まらない。
だから、生き残りと言えなかった。
まだ傷も深かっただろうし………」
風花の言う傷は、傷心だ。
心の傷を抉る事になってしまう事を懸念したのか。
「だから、あんなに」
「今度からは気をつけてあげて。
絶対にこの事件の事には触れないようにしてあげて」
風花は何処か懺悔する様に言い終えると、
まるで自身を軽蔑するかの様な眼差しを向けていた。
「分かったよ」
そのまま、圭介は頷いた。




