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3―5・途絶えた足跡




もし、あの日が違っていたら。



 もし、あの人に遭遇しなければ。

もし、彼が選ばれていたら。




 そんな事を考えながら昔も今も悔いたまま、

風花はずっと自分自身を責め続ける。



 この念も、この思いも、決して死ぬまで消えない____。




 北條家の近くの墓地。

北條家の親族が眠るこの墓の奥域には、特別な小さな墓がある。

その墓を見詰める度に

何処か後ろめたさに苛まれながら、

風花は買った花束を、墓に置いた。


 黒塗りの墓石に手を伸ばして

そっと撫でると、じんわりと冷たさが伝わってくる。


____次に墓の側面に刻まれた名前をなぞった。



 信濃 直哉(しなのなおや) 享年5歳。




 夜風が肌に触れる。

けれど風花はそれも構わずに、罪悪感混じりに微笑した。











 本当のところ、

あの日から風花の情緒と精神は不安定なままだ。

毎夜、フラッシュバックに襲われて平常心が保てない。

意欲の諦観、浮き沈みの激しい情緒を抱えたまま、横になっている。



 フィーアは、人の感情には機微だ。

だからなるべく眠るふりをして密かに見守っていたのだが

それも見逃す事が出来なくなり、傍に付いている事が増えた。




「___」


 

 ソプラノ。

有名な西洋音楽のオペラ。



 常備薬を服用した後に、胎児の様にうずくまり

震えている風花を背中をさすりながら、

フィーアは声楽曲や、子守唄を歌っていた。


 あの頃、仲間に歌っていた名前もない声。

北條家に引き取られてから声楽や洋楽を嗜む様になり、

口ずさんでいた。


 彼女の透明感と落ち着きのある声は、

まるで心を穏やかにする力でもあるかのようだ。



 自責の念と罪悪感が、心に刺さる中で

絶え間ないフラッシュバックの感覚が棘の様に刺さっては、

自責の念と共にしてトラウマが蘇り続ける。


 トラウマになった光景が 

脳裏に焼き付いて浮かびながら考えない様にしても

脳は何処か悪戯に天秤の皿の如く心を惑わし、脳裏に光景を映す。










「____〇〇駅を降りました」




 もう日が暮れていた。

圭介はフィーアから教えて貰った住所を頼りに、彼女に電話をかける。


 在宅している居るフィーアは

圭介の言葉を飲み込むと冷静に早く思考回路を回す。


 圭介が探す。

フィーアは圭介に指令を出しながら家で待つ。



 役割を分担しながら

最寄りの駅に着いたら、フィーアが圭介に

風花が居るであろう場所まで指示する事を

事前の打ち合わせで、約束していた。



『分かりました。では駅のターミナルがありませんか?

其処の4番ターミナル・〇〇行きのバスに乗ってその終点で降りて下さい』

「分かりました」




(__其処に居れば、良いのだけれど)





 

 雨がぽつぽつと降り始めていた。

今にも空が泣き出しそうだった事に今更気付いて、周囲は傘を開いたり

手で傘の役割をしながら走っている者もいる。


 彼女は傘は持って行ったのだろうか。

きっと着の身着のままに出て行ったのだから持っていないに違いない。





 一旦、途切れた通話、着信が入る。___ジェシカだ。




「はい」

『風花は?』


 

 何処か焦燥感のある声色に、フィーアは冷静沈着に告げた。


「戻っていません。“あの場所”にいるかと思って

圭介さんに向かって貰っています」

『………そう。此方は今、主治医の先生と連絡を取ったところよ。

診察日は早くして貰ったわ。後は……私の出番ね』

「そうですね」



 北條家との当主との話し合いの役割を彼女が担っている。



 フィーアは、冷淡に告げた。

最近、魘されている頻度が多いと思い、

昨夜、風花が魘された時にフィーアはジェシカを一度だけ呼んだ。


 彼女は一目散に来て、風花を気遣った後に、

フィーアに何か歌を歌って欲しいと知恵を入れて頼み込んだ。






 フィーアの指示通りに

4番のターミナルのバスに乗り込んだ後で、

終点がどうか、運転手に確認を取る。



 フィーアによれば、

終点を降りれば北條家の本家の町に着くらしい。


 バスが駅から離れていくにつれて、

雨脚は強くなりだんだんと長閑(のどか)な田舎に突入する。




(……………風花は、実家に帰ったのか)





 そう思ったが、その考えは直ぐに搔き消した。

風花は滅多に実家には帰らない。“修行の身だから、

祖父に認めて貰える技量を備えてから帰る”と言っていたという。


(………でも、それって建前じゃ?)


 噂に聞いた話だ。

風花は祖父との折り合いがとても悪いのだという。

なのに何故、突然、実家に帰ったのだろう。




 フィーアから教えて貰った住所を確認する。

場所は北條家の近くだけれど、其処は北條家ではなく

北條家が所有する少し離れた場所の墓地だった。


 何かあるんだろうかと、雨脚の強い景色を見詰める。


 殆ど、雨粒に掻き消されて、見えない。



(北條家ではなく、何故、北條家の墓地にいるのだろう)





 田舎へ向かうバスの中の乗客はあまりにも少なかった。









 いよいよ空からは大雨が降り出した。

けれど何故か気持ちが、この場所から動こうという気持ちはない。



 髪も服も雨に浸る事になるのも構わず、

少女は切ない眼差しで墓の前に座り佇む。

風花の心はこの降り続ける雨の様に沈んでいて、曇り空だ。




 ぽたり、頰に着いた雫は雨粒か、それとも涙か。




(______ごめんね)




 雨に打たれながら、風花はずっと心の中で呟き続けていた。



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