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ワラキアの眠れる龍の伝説  作者: 神崎あきら
18/39

ビエルタン要塞教会

 小鳥の声に亜希は目を覚ました。ベッドサイドに置いたスマホを見れば午前6時。ひとつ伸びをして、身体を起こす。昨夜は事態がめまぐるしく変化した。夜の教会に忍び込み、龍の紋章の本の謎を解く鍵になる片目のレンズをみつけたこと。ラドゥやメフメト、白装束の男達、月の光で本に隠された文字が浮かび上がり、道は示された。そして、亜希はエリックと共にドラキュラ伝説を辿る旅に出ることを決意した。後悔はしていない。串刺し公とあだ名され、恐れられた男の真実を知りたい、今はその好奇心が勝っている。


 昨夜は本の謎がひとつ解けたことで、エリックと突然現れた友人のシュテファンと大喜びしたものの、ページに書いてあることを読み込むのかと思えば、今日は遅いのでもう寝ましょうとエリックが至極妥当な提案をしたのですぐに解散となった。また月は昇ります、というのが彼の意見だった。それに次の行き先も決まっていると言っていた。


 それでもベッドに入ったときには深夜2時をまわっていた。4時間ほどの睡眠だが、意外に頭はすっきりしていた。朝食まで時間がある。今日は朝9時にロビーで待ち合わせ、朝食のレストランは7時から開場だ。その前に、もう一度ドラキュラ公が生まれた街を歩いてみたくなった。

 ホテルの裏口からシギショアラ旧市街へ向かう。カーブする石畳の階段を上れば時計塔が見えた。広場に出る。老夫婦が1組、若い女性、連れではなさそうな男性が街を散策していた。昼間となれば観光客で賑わうが、早朝から出歩く人は地元の人間なのだろう。亜希は街を見渡せるベンチに腰掛けた。教会から鳥が飛び立ち、朝日の射す方向へ向かってゆく。今日も晴れの予報だが、まだ雲が多い。朝焼けに色づく雲は輝いて、ゆっくりと流れてゆく。遠くに正教会の丸い屋根が見えた。ここにいれば時間の流れを忘れることができる。


 古い教会の脇を通って、もう一度ドラキュラ公の生家の前に立つ。大豪邸ではない、素朴な一軒家だ。彼はここで産声を上げた。再びこの街に戻ってきたとき、父親の語る龍の物語を目を輝かせて聞いていた。彼が何を考え、どう生きたか、知りたい。亜希はその思いを新たにした。


 ホテルに戻れば7時半だった。そのまま朝食のレストランへ向う。ビュッフェ形式で、焼きたてのパンや新鮮な野菜が並ぶ。これでもかと盛りに盛ってテーブルを探していると、エリックとシュテファンが窓際の席から手を振っていた。亜希は手に持った皿のボリュームに赤面したが、断るのもおかしいので一緒に食べることにした。

「アキ、おはよう。いいね、朝食はしっかり食べないとね」

 皿に盛られた食べ物を見て、エリックがにこやかに笑う。亜希は少し恥ずかしくて、愛想笑いで返した。


「今日はここから西のフネドワラ城へ向かいましょう」

 日本の旅行代理店イーストトラベルと相談して決めた日程では、シギショアラから北上してモルドヴァ地方へ向かうことになっていた。西へ向かうとなればかなりの寄り道だ。しかし、もう最初の行程は気にしないことにした。

「フネドワラ城・・・えっと、ヤノシュの城ね」

 亜希は日本で読んできたドラキュラの歴史本を思い出した。

「そうです、よく知っていますね。フニャディ・ヤノシュはトランシルヴァニア公で優秀な政治家であり、軍事家でもありました。ドラキュラ公は彼に師事していたこともあります」


 ルーマニアは3つの地域に分けられる。一番南の平野部がワラキア地方、ドラキュラ公はワラキアの君主だった。カルパチア山脈を境にトランシルヴァニア地方、ルーマニア人の他、2割はハンガリー人が居住している。トランシュルヴァニアは「森の彼方の地」という意味を持つ。北部はモルドヴァ地方で修道院群はこの北部にある。

「もしかして、龍の紋章の本にあった城の絵ってフネドワラ城?」

「そう、アキは勘がいいですね」

 本に書いてある絵はそれぞれドラキュラ公ゆかりの地なのかもしれない。これからの旅は本に記された土地を巡り、ドラキュラ伝説を尋ねる旅となる。そこに一体なにがあるのだろう。亜希はそう考えると心躍った。


「フネドワラまでの道中に、ビエルタンへ立ち寄りましょうか」

 ビエルタンは有名な要塞教会のある街だ。観光ガイドブックにも必ず掲載されている。

「わあ、楽しみです」

「宿泊はフネドワラの手前のシビウの街にしましょう。この街のように中世の古い街並みが素敵です」

 テンションが上がって朝食が捗る。亜希は追加でデザートにヨーグルトとフルーツを取ってきた。濃い味のコーヒーにはミルクをたっぷり入れた。


「アキは日本でどんな仕事をしているの?」

 シュテファンが尋ねる。

「システム開発・・・あー、システムを作ります。パソコンを使って、プログラムとか」

 シュテファンはエリックほど日本語が得意ではないようなので、できるだけ平易な言葉を使って答える。

「アキはパソコンが得意ですね」

「そう、でも今仕事が無くて。そのおかげでこの旅行に来ることにしたわ」

「それは大変ですね。アキはパソコンの仕事が好き?」

 シュテファンの素朴な問いに、亜希はすぐに答えることができなかった。好きかと言われたら、入社した会社の中ではやってみたい仕事だった。それが本心から好きかと言われたら、答えに詰まる。自分の本当にやりたい仕事は何だっただろうか。しかし、シュテファンはそんな哲学的な問いをしているわけではない。


「うーん、そうだな、まあ嫌いではないかな」

 亜希は苦笑いした。

「シュテファンはどうして日本語ができるの?」

 亜希の質問にシュテファンは目を輝かせた。日本の文化が好きなのだという。忍者、侍、浮世絵、古い建物、一般的な外国人が好きそうなものが並ぶ。

「日本には織田信長という武将がいますね。私は彼が好きです。いつか日本に行ってお城やお墓を巡りたい!アキの名前も織田ですね」

「そう、戦国武将が好きなんだ。私の名前は織田信長と同じ織田という漢字だけと、オリタと読むのよ」

「漢字はいろんな読み方がある、難しいね」

 シュテファンは日本に興味があるようだ。控えめにアニメや漫画も好きだと言っていた。そう言われると一気に親近感が沸いてくる。

「この旅のことを話したら、是非行きたいといってね。アキと仲良くなれるのを楽しみにしていたんだ。日本のことを教えてあげてね」

 エリックの言葉に亜希は頷いた。


 ホテルをチェックアウトし、エリックのBMWに乗り込んだ。ビエルタンはシギショアラから約30キロの距離にある。シギショアラの街を後にして、農村地帯を走り抜けてゆく。起伏のある畑が遠く広がっている風景は美しく、牧歌的だ。途中に並ぶ農村の家は明るい色で塗られており、陽気な雰囲気を醸し出している。窓を開ければ乾いた心地よい風が頬を撫でた。

 30分ほどでビエルタンに到着した。ビエルタンには中世に作られた要塞教会と呼ばれる教会群がある。丘の上に教会、その周辺を3重の城壁が囲んでいる。オスマントルコの攻撃に備えて作られたが、攻撃を受けることは無かったそうだ。ゴシック建築の聖堂は保存状態も良く、世界遺産になっている。


 車を停め、教会の周囲を歩いてみると、教会の周りを城壁が囲んでいるのが見えた。

「アキ、この城壁は3重になっているんですよ。上空からの写真を見ればとてもわかりやすいよ、絵はがきを売っているから後から探そう」

 入場料を支払い、教会への木の階段を上る。この階段もシギショアラのように屋根がついていた。入り口に本や絵はがきなど土産物を売っている小さなショップがあったので、帰りに立ち寄ることにする。丘の上に出ると、目の前に茶色い屋根にレモン色の壁の教会がそびえ立つ。入り口と高窓が3つ、その素朴な外観に要塞教会のいわれが分かる気がした。後ろを振り向けば、時計塔がある。

「これは見張り塔でした。塔は教会を囲んで四方にあります」


 教会の中も外観通りの簡素な作りだった。漆喰の壁は剥がれ、埃っぽい印象がある。中央の祭壇には小さなイエスの像とその周囲には宗教画が十字架を模して並ぶ。エリックが頑丈な扉の錠前へ案内してくれた。木の扉に歯車が組み合わさったゴツい錠前がついている。

「これは聖具室の扉です。この錠前、すごいでしょう。19個の鍵が組み合わせられているんですよ」

「すごい、どんな仕組みで動くのか全然見当がつかないわ」

 私にも分からない、とエリックは笑う。今は扉が開け放たれている聖具室から外へ出た。壁際に立てば、農村風景が見渡せる。シギショアラは街といった雰囲気だがここからの眺めはのどかな田舎だ。背の低いオレンジや茶色の屋根が家が並び、その向こうにはなだらかな丘陵が続く。

「あの白いの、見えますか?」

 シュテファンが遠くの丘を指さした。

「えっと、見えた!あれは何?」

「あれは羊ですよ」

 まるでおとぎ話の絵本のような世界だ。見る景色すべてがメルヘンチックで楽しい。この辺りの畑では羊や牛をよく放牧しているという。


教会の周囲を散策し、階段途中の土産物屋へ立ち寄った。

「ビエルタンは他にもたくさん要塞教会があります。これはマップです」

 エリックが勧めてくれたのはビエルタン地方の主要な要塞教会のイラストマップだった。もしまたここに来る機会があればゆっくり見学したい。ビエルタンの絵はがきもたくさん売っていた。空撮では壁が3重に張り巡らされているのがよく分かる。教会の内部と、空撮の絵はがきを何種類かして、チョイスマップと一緒に購入した。


「では、シビウに向かいましょう」

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