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ワラキアの眠れる龍の伝説  作者: 神崎あきら
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シギショアラ ホテル

 亜希が顔を近づけてよくよく見れば、煉瓦には何かが刻まれている。数字だ。4桁、どれも13か14で始まるランダムな数字。

「これは年号かもしれない」

「14~15世紀の人物の墓というわけね」

 亜希は思わず鳥肌が立った。あの本の数字はなんだったか。

「1431年、ドラキュラ公ヴラド・ツェペシュの生年だ」

「1431を探しましょう」

 2人は左右の壁を手分けして探した。かすれて読めない数字もある。ちゃんと残っているだろうか。入り口近くの壁からだんだんと奥へ向けて目を滑らせていく。

「あ、あった!」

 亜希は思わず叫んだ。逆の壁を凝視していたエリックはすぐさま駆け寄る。指でなぞりながら読み上げる。間違いなく1431だ。


「この穴ね」

「そうらしい・・・さてここに何があるかな」

 煉瓦の枠でできた穴はコンクリートで塞がれている。手で押してもびくともしない。エリックが地上へ一度戻って金槌を持ってきた。補修工事の作業員が置いて帰ったのだろう。

「完全に泥棒みたいね」

「気は進まないけどね、このまま帰ることはできる?」

 エリックはにっこり笑って亜希を共犯にしたてようとしている。亜希も今のエリックを止めるつもりは無かった。エリックはコンクリを金槌で叩く。だんだんとヒビが入り、一部が欠けてきた。そうなるとあとは脆い。コンクリの蓋は思ったぼど厚みはなく、ガラガラと崩れ落ちた。中は空洞になっているのか冷たい風が吹いてくる。


「何かある?」

 中は人が寝転べる大きさの穴になっている。棺を入れていたのでそれよりも少し広い。中には布に包まれた木箱が置いてあった。

「木箱だ」

 エリックが手を伸ばして木箱を取る。中から骸骨でも出てきやしないかと、亜希はドキドキしながら見守っている。古びた箱は大判の書籍くらいの大きさで、厚みもある。中に何が入っているのだろうか。それはホテルに帰ってからゆっくり確認しようということになった。

「すごいわ、感動してゾクゾクしてる」

「私もまさかこんなことが起きるなんて、亜希の夢のおかげですね」


 2人が階段を上がろうとすると、正面から目が眩むほどのまぶしい白色のライトに照らされた。警備員がやってきたのだろうか。これをどう説明しよう。

「やあ、アキ」

 その甘ったるい声色は聞き覚えがある。ブラショフで出会った青年ラドゥだ。光に慣れてきた目で頭上を見上げればラドゥが立っていた。その周囲には顔を隠した白装束の男達。ブラショフで彼らに亜希を襲わせたのはラドゥだったのだ。その横には褐色の肌の男が立っている。ラドゥより背が高く、黒髪、大ぶりな瞳。口髭をきれいに整えた精悍な顔立ちの男だ。

「また会ったね」

「こんばんは」

 亜希は恐怖で顔が引きつっている。まさかエリックがここに呼び出したのでは、と思いエリックの顔をちらりと見やるが、彼は厳しい表情をしていた。

「彼は、エリックといったかな、私の仲間ではないですよ」

「お前がラドゥか」

 エリックはラドゥを睨み付けた。金髪で、美しい顔立ちをしている。

「あなたのような田舎者がその本の謎を解くべきではない。渡しなさい」

 ラドゥの声は優しいが、高圧的な響きを帯びている。

「私はこの本を守る。お前こそ何故これを狙う?」

「私は封じられた龍の力が欲しい。それを有効に使う知恵がある」

 ラドゥは確固たる自信を持っていた。そして、本を狙う悪人がどちらか亜希にははっきりと分かった。


「龍の力はヴラドさえ恐れたものだ、この世のものではない」

「お前に何が分かる?私はあのとき見た。強大な深紅の龍の力を。愚かなヴラドのものは私が受け継ぐ権利がある」

「お前は一体・・・?」

 エリックの問いにラドゥはクスクスと笑う。

「私はラドゥ、彼の記憶を持つ者だ。こちらはメフメト。ふふ・・・彼は現世でも金と権力を持っている。トルコでアジアとヨーロッパをまたにかけて実業家として活躍しているよ」

 ラドゥはメフメトと呼んだ男にすり寄った。メフメトは愛しげにラドゥの腰を抱いた。白装束の男たちはメフメトの手配した私兵なのだろう。

「いろいろとやばすぎるわ・・・どうしよう」

「困りましたね、まさかこんなときに襲撃を受けるなんて」

 

 不意に教会の明かりが灯った。ラドゥも予想外のことに周囲を見回している。

「おい、誰かいるのか?」

 男の声が響き渡る。ラドゥは小さく舌打ちをした。

「ここで面倒はよしましょう、ではまた会いましょうアキ」

 ラドゥとメフメト、白装束の男たちは裏口の扉から逃げ出したようだ。エリックは辺りをうかがいながら階段を上がっていく。誰がやってきたのだろう、警官ならどう言い訳するのか。あまりの急展開に亜希は泣き出しそうだった。


「エリック、危ないところだったね」

 現れたのは金色がかった薄い茶色の髪の青年。亜希はあっと声を上げた。空港で話かけてきた男だ。

「シュテファン、助かったよ」

「あなたたち、知り合いなの!」

「ああ、あなたがアキですね、こんばんは」

「はい・・・」

 亜希は呆然としている。とりあえずここを離れようということになり、3人でホテルへ戻った。


「今夜着いたんですよ」

 ホテルのロビーにはフロントのスタッフ以外は誰もいない。もう深夜1時が近い。ダウンライトの中、3人はソファにもたれている。

「私はシュテファン。ルーマニア北部モルダヴィア地方の出身です」

「彼はドラキュラ公とも親交の深かったシュテファン大公の血筋なんだよ」

「・・・まさか、あなたも前世の記憶があるなんて言わないでしょうね」

 亜希はまだ混乱している。唇をとがらせてエリックとシュテファンを交互に見比べている。

「彼は末裔だよ、前世の記憶なんてないけど勇敢だったシュテファン大公の偉業を伝えている。大学生で、歴史文化を学んでいるんだよね」

「ええ、そうです。ブカレストの大学でね」

「あなたたちはどういう繋がりなの?」

「私はブカレスト大学の講師です。まだ非常勤でね、時々ガイドや雑貨の仕入れをして食いつないでいるんだ。彼とは講義で出会ったんですよ」

「龍の紋章の本の秘密を教えてもらって、たまたまあなたを空港で見かけた」

「それでエリックに教えて、あなたは私の本当のガイドを騙して今ここにいるわけね」

「言い方はトゲがあるけど、まあそういうことかな。どちらにつくか信じてくれた?」

 エリックの言葉に、亜希はため息で返事をした。


「さて、この箱だけど」

 エリックが布に包まれた箱を取り出した。ちゃっかり持ってきていたのだ。布を取り去ると、それは木彫りの箱で表面に彫刻が施してある。

「この絵!本にあった月の絵だわ」

 亜希がバッグから龍の紋章の本を取り出す。月のページを開くと、片側だけのレンズのメガネをかけた月の絵そっくりな彫刻が箱に施されていた。

「すごい、繋がっているのね」

「ワクワクしますね」

 シュテファンが人なつこい笑顔を向ける。亜希はぎこちない笑顔で返した。

「うーん、でも開かないなこの箱・・・」

 エリックが箱をいろんな角度から触ってみているが、開きそうにない。振ればカタカタと音がする。何かが入っているようだ。

「さっきの金槌で・・・」

「ダメですよ、アキ」

「意外と豪快なんですね」

 2人に避難され、亜希は口をつぐんだ。


「これ、からくり箱ですよ」

「ああ、なるほど」

 シュテファンの言葉にエリックは何か気が付いたようだ。亜希は首をかしげた。

「からくり箱とは?」

「ルーマニアの民芸品で、木で作られた箱です。手順に従って操作しないと開かない仕組みになっているんです」

「ちえの輪みたいなもの?」

 エリックはそうですよ、と言ったが、シュテファンは分からないようだった。エリックは箱のパーツを一つ一つ確認しはじめた。すると、一つの部品をずらすことができた。

「すごい、動いた」

 箱の側面と思っていたところがずれ、そこからふたをずらし、四工程で箱が開いた。

「開いた!」

「すごいわ」


 中からは真鍮の枠がついた片目のレンズが出てきた。イラストと見比べる。月が片側だけの眼鏡をかけている。

「この意味は・・・」

 シュテファンがレンズを手に取って眺めているが、古くさい何の変哲もないただのガラスレンズだ。

「ちょっと外へ行きませんか」

 エリックが龍の紋章の本とレンズを持ってホテルの裏口に出た。人の居なくなったテラスのテーブルに本を置いた。そしてレンズを本に向けてかざす。印字が剥げてしまったと思っていたページに文字が浮かび上がってきた。

「月の光にレンズをかざすということね」

 亜希は目を見開いた。鳥肌が立ち、心臓がドキドキしている。エリックの方を向いた。エリックも嬉しそうだ。

「アキ、どうしますか?」

 亜希の中でその答えはすでに決まっていた。

「このままあなたと旅を続けるわ」

「歓迎します」

 エリックは亜希に握手を求めた。その手はとても温かかった。


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