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ワラキアの眠れる龍の伝説  作者: 神崎あきら
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シギショアラ 山上教会 地下墓地

 スマホのアラーム音に亜希は目を覚ました。エリックと夕食に行く時間の30分前に設定していた。5つ星のホテルの部屋は案外手狭で落ち着ける。ベッドはセミダブルで広く、ふかふかで寝心地はなかなか良かった。気だるい体を何とか起こし、顔を洗う。一応たしなみとして軽く化粧をしておく。カットソーにロングカーディガン、ジーンズにスニーカー、貴重品をまとめたバッグに龍の紋章の本も入れておく。本はかさばるが、何者かが狙っているかもしれないと聞けば部屋に置きっぱなしにするのは憚られた。


 ロビーに着くとエリックはソファでくつろいでいた。亜希の顔に気付き、立ち上がり手を振った。エリックは白い歯を見せて笑う。

「お腹は空きましたか?レストランまで歩いてすぐですよ」

「楽しみです」

 レストランの裏口を出る。オープンテラスは控えめにライトアップされ、お客で賑わっていた。欧米人ばかりだ。時折、亜希の方をじっと見る人がいるのはアジア人が珍しいからなのだろう。空き地を抜けて通りに出た。ルーマニアの街はネオンが薄暗い。ここが歴史地区だからかもしれないが、日本のコンビニはずいぶん明々としているんだなと実感する。

「ここはスーパーです。もし飲み物やお菓子が欲しければ帰りに立ち寄りましょう」

 スーパーも店内が薄暗く、営業しているのかどうか分かりにくい。その先にエリックのオススメのレストランがあった。店内はダウンライトの瀟洒な雰囲気で、足下には赤色の絨毯が敷かれている。黒い艶のあるテーブルにはワイングラスが準備されていた。天井からはシャンデリアが下がっている。何やら高そうな雰囲気の店だ。亜希は萎縮した。


「ここは私がおごりますよ、心配しないで」

 亜希の動揺が伝わったのか、エリックはそう言った。亜希は悪いのでそれはいい、と断ったがエリックは最初からそのつもりだったのか、大丈夫といって聞かない。

「さあ、何を食べますか?」

 メニューには写真がない。さすが高級店だ、と思った。ルーマニア語のメニューだが、下段には小さい字で英語が書かれている。

「えっと・・・シュリンプはえびかな」

 拙い英語力を駆使して選んだのはエビとポテトのグリル、チキンのシチュー煮込み、飲み物はレモネードにした。


「また夢を見ました」

「どんな夢ですか?」

「ドラキュラ公の、おそらく子供の頃。この街に滞在していたことがあるのかな、彼は弟と父親の語る物語を聞いていました」

「弟はラドゥですね」

「仲が良さそうな兄弟でした」

 それが、殺し合いをするなんて。兄を慕う金髪の可愛らしい男の子だった。飲み物が運ばれてきた。レモネードは分厚いガラスの瓶ではなく、綺麗なグラスに入っている。エリックはソーダ水にしたようだ。

「ワラキアの龍の伝説、知っていますか?」

「ええ、私も父から聞きました。昔からこの地に住む龍で、人間に力を与えたという」

 亜希がルーマニアに旅立つ前に見た夢を思い出す。深紅の龍はトルコの大軍を瞬く間に滅ぼした。そのような力を悪意のある人間が手にいれたとしたら、考えると恐ろしい。2人の間にしばし沈黙が流れた。


料理が運ばれてきた。エビとポテトのグリルは、むき身のエビにペースト状にしたポテトを巻き付けて焼いたものだった。皿の上にエビを立たせて見栄え良くディスプレイされている。

「わあ、おしゃれですね」

「変わっているでしょう、美味しいですよ」

 チキンのシチュー煮込みにはママリガがついていた。ほろほろになった鳥肉のシチューにママリガをつけて食べると美味しい。料理の見栄えだけでなく、味も良い店だった。客はまばらだが、隠れた名店とはこのことだろう。

「美味しかったです、ごちそうさま」

 良い店だった。エリックは帰りに街のライトアップを見に行こうと提案してくれた。外に出ると、空には月が浮かんでいた。賑やかなバーの側の階段を上り、旧市街地を散策する。石畳の道は両脇に街灯がついて幻想的な風景だ。時計塔も控えめにライトアップされており、闇夜に佇む姿は昼間とは印象が違った。カップルや運動をするおじさんなど、一般人も散策を楽しんでいる。


 街を見下ろす広場のベンチに2人並んで座った。街は仄かな明かりに照らされてとても静かな夜だ。都会のようにネオンが眩しくないので月や星も輝いて見える。

「月が明るい夜ですね」

 エリックの言葉に亜希は夢の続きを思い出した。月の光に照らされた本の情景、新しいフレスコ画。

「夢には続きがあったわ、教会に月の光が射していて・・・そこに本があった」

 亜希は龍の紋章の本をバッグから取り出した。月の光の下で本を眺めてみるが、変化はない。何か起きるのではないか、震える手でページをめくる。

「亜希、これは」

 太陽と月が描かれた見開きのページでエリックが興奮気味にページの一部を指さした。

「えっ、何?何があるの?」

 何か変化があったのだろうか、亜希には分からない。

「よく見て、数字が浮かび上がっています」

 月の絵のページにうっすらと4桁の数字が浮き出ていた。数字は1431。亜希は他のかすれたページをめくっていく。そこには何も変化が無い。

「すごいですね、亜希。夢がヒントになりました。これは長く所有していた私の父も知らなかったことです」

 エリックは喜んでいるが、意外にも地味な変化に亜希はテンションが上がらない。それにその数字が何なのか、分からない。

「あのう、喜んでいるところなんだけど、この数字の意味が分かるの?」

「う~ん、それは分からないね・・・」

 2人はガックリと肩を落とした。


「あっ、そうだ教会の地下墓地!」

 亜希が立ち上がった。あの夢に見たフレスコ画の煉瓦造りの穴は教会の地下墓地の棺を入れる穴に似てはいないか。亜希は興奮気味にエリックにそれを説明した。

「面白いね、今から行ってみよう。そこにまたヒントがあるかもしれない」

 オープンテラスで酒を飲んで賑わう人たちの喧噪を背に旧市街を通り抜け、山上教会への階段を上った。昼間と違い、薄暗い裸電球だけが頼りだ。教会の側には墓地があったな、夜の墓地は日本でも海外でも不気味だろう。あまり行きたくは無かったが、今はせっかくのひらめきを大事にしたい。

 教会に着くと、意外に月明かりで明るかった。周囲には誰も居ない。エリックは教会の入り口の木製の扉を押した。ガチャと音がして施錠されていることが分かる。

「当然、開いてないね」

 何かあてがあって来たのかと思いきや、亜希は唖然とした。まあまあ、と言いながらエリックは裏口へまわる。木造の一枚扉があった。もちろん施錠されている。


エリックは力任せに扉を押した。南京錠は留め具ごとごろっと外れ、扉が開いた。

「わあ・・・これ後から謝らないと」

「行きましょう」

 亜希はそわそわしながらエリックについていく。月の光に照らされた祭壇のミステリアスな雰囲気に、亜希は思わず胸が高鳴った。地下墓地への入り口は太い木のかんぬきがかけられている。エリックと協力してかんぬきを外した。扉を開けば昼間に感じなかったかび臭い匂いが鼻を突いた。中は真っ暗だ。

「ここにスイッチがある」

 エリックが扉の脇にあったボタンを押すと、裸電球がついた。それでも薄暗い。エリックは階段を降りてゆく。ここに遺体は無いと分かっていても、わざわざ夜にかつて墓地だった場所に行くのは良い気分ではない。


「さて、夢のお告げで何かヒントは無いかな?」

「煉瓦の穴が光っていたわ、でもどれだろう?」

 亜希とエリックはセメントで封じられた穴を注意深く見ていく。どれも同じ穴で何か違うようには見えない。

「全部壊してみようか・・・」

「ちょっと、何言ってるの、無茶よ」

 亜希はエリックに思わずツッコミをいれた。意外に大味だ、ラテン系の血なのだろうか。

「あ、ちょっとこれを見てください」

 エリックが何かに気がついたらしく、煉瓦を指さした。


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