第三百十七章 歳末浮世絵巻~新年祭を前にして~ 15.エルギン
「じゃあな」
「あぁ。短い間だったが、世話んなったな」
「あ、あんたらも達者でな」
「…………(コクリ)」
それなりに情の籠もった別れの言葉を交わして立ち去るクラブとペスコを見送るのは、密命を受けてこの地にやって来たモルファンの冒険者・アイハブとユーハブの二人である。
モルファン王国から秘密の依頼を受けて、イラストリアはエルギンの町に到着してから既に二十日ほど。この間にドラゴンの痕跡調査やら、現在封鎖中の道に代わる山径を通っての素材採集、果ては駆け出し冒険者の指導など、それなりに忙しい日を送ってきた。
済し崩しに行動を共にしてきたクラブとペスコの二人が王都イラストリアへ行くというのは、それなりに寂しいには違い無いが、見方を変えれば行動の枷が外れたとも言える。自由に動き廻る事ができるというものだ。
何しろ祖国モルファンの情報部から依頼されたのは、ドラゴンの被害や出現状況についての調査。それも〝可能な限り詳細に〟との注文付きだ。
なのでここの冒険者ギルドから依頼されたレベルより、もう少し詳しく調べたいのが本音なのだが、あまりあまり執拗に調査すると、不審を買うのが関の山だ。それは厳に戒められている。
故にクラブとペスコの二人と組んで調べる限り、詳細調査は難しいだろう。こうして二人と別れたのも、好機と言えない事も無い。
「まずは……そうだな、ドラゴンに追い廻されたっていう爺さんから話を聴いてみるか」
・・・・・・・・
コーツ老人から聴いた話には、どうにも気になるところがあった。
その時のドラゴンは、執拗に老人――と驢馬――を追いかけ廻したと言うのだが……
「よっぽど根性悪のドラゴンだったのか?」
夜郎自大を地で行く傾向の強い若いドラゴンは、〝高が人間如き〟を執拗に追い回すような真似は滅多にしない。言い換えると、偶にはそういう苛めっ子気質のドラゴンもいなくはないのだが……
「……その傍迷惑な若ドラは、その後どこへ行ったってんだ?」
寧ろそっちの方が気懸かりである。
無害な年寄り(笑)を面白半分に追いかけ廻すような尊大ドラゴンなど、何処へ行っても面倒しか起こすまい。ひょっとしてエルギン以外の場所で、大迷惑を引き起こしているかもしれないではないか。
「……こりゃ、本国のやつらに報せてやった方が良いな。俺たちはエルギンに居座ったまんまで、どっか他所に行ったかもしれんドラゴンの消息を調べろ……なんざ、どうやったって無理ってもんだ」
「(コクコク)」
エルギンへ赴くに当たって、二人はモルファン情報部から、できるだけ地元とのコネを作ってくれと言われている。そういうのは畑違いだと抗議したところ、無理に挨拶廻りをする必要は無いが、後続の者を送り込むに際しての受け入れ先となってくれ――と頼まれた。謂わばエルギンに根を張るための、橋頭堡を築けという訳だ。
要は後からやって来る者たちが、エルギンに居着くための口実になれというのだが、そのためには、敵愾心や反感は素より不信や不審を抱かれるような真似はできない。聖人君子であれとまでは言わないだろうが、あまり人目に付くような真似は……少なくとも、一般的な「冒険者」の振る舞いから外れるような行動はできない。他所でのドラゴンの出現状況を、根掘り葉掘り調べ上げるなど論外である。
「いや……ドラゴンのやらかしを聞いた以上、モルファンの人間として気になるから――って言い抜ける事もできそうだが……それにしたって限度があるよな?」
「(コクコク)」
無言で、しかし大きく頷くユーハブを見れば、アイハブの意見に同意しているのは瞭然である。
ともあれ、アイハブとユーハブは調べ上げた結果をモルファンの情報部に送ったのだが……ややして送られて来た返事には、
「……ヴァザーリに以前、水晶の骨で出来たドラゴンが現れてただぁ?」
本国からはイラストリアにおけるドラゴンの出没情報(未確認のものを含む)が送られて来たが、その中に、四年ほど前にヴァザーリに現れてヤルタ教の教会を吹き飛ばしたクリスタルスケルトンドラゴンの情報があったのである。
場所がエルギンから懸け離れているため二人には伝えられていなかったようだが、今回〝エルギン以外の場所におけるドラゴンの出没情報〟を請求した事への返答として、情報が送られて来た訳だ。
尤も、必要ならヴァザーリには本国から人員を派遣するので、二人が動く必要は無いとも言って寄越したが。
「いや……行くつもりなんざ端から無かったが……今頃になって訊き込みをやろうってのか?」
既にヴァザーリからヤルタ教は撤退しているというのに、今頃話を蒸し返して、答えてくれる者がいるのか? 況して新年祭前のこの時期に。
「そっちの訊き込みがモノになんなぁ、新年祭が明けてからって事になりそうだな。こっちゃそれまで温和しく聴き耳を立てておくか」
「(コクコク)」




