第三百十七章 歳末浮世絵巻~新年祭を前にして~ 16.ヤルタ教酒場顛末~廃村アバン~(その1)
クラブとペスコがエルギンを発った日から遡る事四日、クロウ指揮下のダンジョン「間の幻境」ことアバンの廃村は、その日珍しい客を迎えていた。
『……こいつら、何だってここにいるんだ?』
『最近能く聞くセリフですね、マスター』
――そう、あろう事かアバンの廃村に現れたのは、この四月にシェイカーに敢え無く蹴散らされて逃げ帰ったヤルタ教買い出し部隊の元リーダー・ドジソンと、その彼が新たに率いる買い出し部隊の隊商であったのだ。
前世からの因縁でもあったのかと思いたくなるような遭遇であるが、これにはヤルタ教の――より正確に言えばボッカ一世の思惑が働いていた。
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抑今度の新年祭は、モルファンの王女がイラストリアに留学中という事で、モルファンをはじめとする沿岸国からの客が、大挙してイラストリアへ向かう事が予想されている。そしてそれらの観光客は、沿岸国とイラストリアを結ぶ要衝ヴァザーリを通過する筈である。
そのヴァザーリの町に活動拠点としての酒場出店を目論んでいるヤルタ教としては、酒場の経営と地元との繋がりを確固たるものにするためにも、この機を逃す事はできない。そしてヴァザーリはヴァザーリで、町の再興のために同じようなスローガンを掲げて動いているので、ヤルタ教の動きも目立たない筈。
という(割と妥当な)打算と思惑の結果、教主直々にリベンジの沙汰が下ったのである。
まぁ「リベンジ」とは言っても、それはシェイカー相手にではない。同じような事を考えてポシャる羽目になった五月祭での酒場開店、そのリベンジを果たせという事なのであった。シェイカーにも孰れ目にもの見せてやるつもりだが、生憎とそれは今ではない。ここは手堅く一歩々々、着実に事を進めるべき。
……という理屈は解らぬでもないが、それが何でアバン訪問という現状に繋がるのか。
クロウたちの首を捻らせているこの状況は、ヤルタ教教主・ボッカ一世の独創的な(笑)深謀遠慮(笑々)の結果であった。
抑の話、充分な準備期間が与えられるなら、酒の調達にヴォルダバン下りまで出向く必要はどこにも無い。手近なところから買って来ればいいのである。それを押してヴォルダバンにまで酒の買い出しに出向かせたのは、そこに調達以外の理由が無くてはならない。その「理由」こそが、ボッカ一世の思惑に絡んでいるのであった。
まず一つには、折角築いたヴォルダバンの商人との伝手を繋げておくためである。今後ヴォルダバンに対して何かを働きかける事になる……かどうかは判らないが、折角の手蔓を枯らしてしまうのも勿体無いではないか。
二つ目は、ヤルタ教の沽券にも関わってくるが、シェイカーにしてやられて尻尾を巻いて退散した……というイメージ払拭のためである。
あれはシェイカーに手も無く酒を奪われたのではなく、安酒を掴ませて追い払ったのだ――というポーズを取る、或いは虚勢を張るために、シェイカーの事など気にしていない振りをする。そのために、敢えて同じ酒屋で酒を買わせるような真似をさせたのであった。
まぁ、酒屋の方もそんな事は先刻承知の上だろうが、それでも対外的なアピールは重要である。
そして三つ目、孰れシェイカーには一矢を報いる事になろうが、それは野戦となる予定だ。隊商を仕立ててカラニガンからの山径に踏み込み、誘き出されて来たシェイカーを返り討ちにする計画だが……その際、唐突にヴォルダバンで酒を買ったりしたら、不審がられるのは間違い無い。下手をすると、警戒したシェイカーがアジトに引き籠もって出て来ない……なんて事になるかもしれないではないか。警戒心を払うためには、引き続きヴォルダバンの酒屋で酒を買うべきである。
――という、傍からすると首を傾げたくなるような理由によって、ドジソンの再登用が決まったのであった。
ちなみに、アバン着がここまで遅くなった――ヴァザーリまでの距離を考えると、新年祭に間に合うかどうか微妙――のは、購入品が酒であったためである。
ワインにせよエールにせよ、今年収穫した分の作物から醸造する以上、それなりに遅い時期の販売となるのは避けられない。それを勘案して買い出しに精を出した結果、このような時期になったという次第なのであった。




