第三百十六章 道との騒動 1.モルファン情報部(その1)【地図あり】
マーカスにおけるヤルタ教の不可解な動き、「誘いの湖」上空で繰り広げられた怪獣大決戦、更にはモルファン産ドラゴンのイラストリア通過問題……と、立て続けに頭痛・胃痛・心痛のトリプルアタックに見舞われたモルファン情報部に、またしても新たな試練が襲いかかった。しかもそれが、あのラスコーからの追加報告だというのだ。
〝時により過ぐれば民の嘆きなり~〟……と、彼らが思ったかどうかは知らないが、それに近い念い――怒り・怨み・諦観など――を抱いたであろう事は想像に難くない。
実際に、今後あの民間人を起用するのは見送るべきではないのか……などというぼやきまで出て来たというから、モルファン情報部の苦悩も推して知るべしである。
まぁ、彼らの心情を忖度するのはまたの機会に譲るとして、問題の報告内容と、それを知らされた時の彼らの反応に目を向けてみよう。
・・・・・・・・
「モルヴァニアがテオドラムとの国境の間際に『緑道』を整備した?」
「そう言えば、そんな話があったような……」
「それが問題になっているというのか? モルヴァニアの国内で?」
「〝問題〟というのとはちょっと違うようだが……」
――そう。
ラスコーが報せて寄越したのは、「緑道」を巡るモルヴァニア国内の混乱についてであった。
モルヴァニアが――他者他国には理解し難い意図を以て――旅人のための緑道を、選りに選って仮想敵国テオドラムとの国境に沿う形で整備した件については、取り敢えず脇に措いておく事にする。誰にだって何処の国にだって、彼らなりの理由と動機はあるものだ。そこに突っ込んだところで仕方がない。内政干渉と撥ね付けられれば、どうにもならないではないか。
しかし、モルヴァニアが〝高度に政治的な判断〟に基づいて緑道の整備に踏み切った事はよしとできても、それが原因で国民の間に面倒な気運が高まっているとすれば、これは看過しづらい問題を孕んでくる。
「モルヴァニアの意図が何なのかは知らんが」
「国民の間に流布している与太こそが問題だろう」
――そうなのだ。
期待と妄想と憶説が、どこでどう反応したものか、彼の国の国民たちの間では、〝モルヴァニアは南の地に住まうノンヒュームから古酒と砂糖を入手し、それを国境監視砦に秘匿する事を計画している〟……という、噴飯ものの与太噺が、真しやかに囁かれているというのだ。
ノンヒューム(と、その文化)に大いなる関心を寄せるモルファンとしても、フフンと聞き流せるような話ではない。況や、笑い飛ばせるような話では。
ラスコーはエブロの町――クートとカルバラの間にあって、国境監視砦への中継地としての役割を割り振られている――でこの噂話を聞き込んだのだが、かなり人口に膾炙しているようだとの但し書きが添えてあった。
[マーカス~モルヴァニア周辺地図]
何の裏付けとても無い、正直眉唾な話なのだが、
「面白ネタとしてであれ、国民の間でそれなりに広まっている、信じられているというのは、これは無視できない話だろう」
「あぁ。ラスコーもその点を懸念して、急報として送ってきたようだ」
――仮にこの話が他所へ漏れた場合、どうなるか。
「モルヴァニアがノンヒュームの団体を国境の砦に招聘する……なんて話が明るみに出てみろ。テオドラムが暴発しかねんぞ? それこそ真偽の如何を問わず」
「その点ではマナステラやマーカスも怪しいな」
正直モルファンとしては、モルヴァニアの事情などに然したる興味は無い。強いて挙げれば、国名が似ている事からの親近感だろうが、それは国策を左右するほどのものではない。
ただ……
「モルヴァニアはともかく、テオドラムの方は注意が必要だろう」
「イスラファンにアムルファンという沿岸二国と、それに何よりイラストリアの隣国だからな」
噂そのものは根も葉も無い与太だとしても、その火種となった「緑道」は、紛う事無く国の主導で整備が進められている。つまり、そこにはモルヴァニアの意図が絡んでいる。
では――その「意図」は一体如何なるものなのか。




