第三百十五章 「クレヴァス」を巡る幾つかの事情 11.モルファン国務会議の悩み
――と、いうような報告を受けたモルファンの国務卿たちであったが、彼らが抱く感興は複雑であった。
今や第一級の要配慮地域に格上げされたエルギンの町、そこが殊更ドラゴンに狙われている訳ではないというのは吉報かもしれぬが、一方でそこがドラゴンの飛行経路にかかっているのもまた事実らしい。つまり、潜在的な脅威は排除できていない。
しかも、脅威となっているドラゴンがモルファンの産である事も、また動かし難い事実のようだ。
イラストリアとの友好関係に罅を入れたくないモルファンとしては、この微妙案件にどう対応していくべきか。
「いや、どうするもこうするも……実際問題として我々に何が出来るんだ?」
「そこだな問題は……」
二十一世紀の価値観に則るなら、「製造物責任法」だとか「無過失責任」だとかの話が出て来そうだが……実際問題として、モルファンの国土内に棲息していたドラゴンが他所に移動して何かをやらかしたからと言って、そのツケをモルファンに払わせる……などというのは暴論でしかない。
この世界の感覚では、ドラゴンなんて活ける災害みたいなものだ。台風が発生したのがどこかの領海だからといって、その国に賠償責任を問う……なんていうのは、二十一世紀的にも難しいだろう。況んやこの世界においてをや――である。
ただ……法廷闘争としてはそれでいいかもしれないが、その伝を外交にまで拡大するのは少し問題がある。
「仮にイラストリア側にその気が無いとしても……」
「現政権の足を引っ張る材料にしよう……などと考える馬鹿どもが出て来んとも限らんからな」
「うむ。国内へのアピールという意味もあるし、少なくとも誠意は見せねばならん」
……という事になる。そこまではまぁいいのだが、
「問題は、どうやってその『誠意』を示すかという事だろう」
「うむ……」
「それだな……」
何しろドラゴンが相手となると、その個体群を管理するなどというのは、夢物語と同義である。迂闊に縄張りを荒らそうものなら、それがこの世の見納め……という事にもなりかねない。
未成熟の幼い個体を狩ろうにも、それは畢竟親ドラゴンの縄張りに侵入する事になり、致命の危険度が跳ね上がる。
縄張りを持たぬ若い個体なら狩る機会はある――と言うか、狩られるドラゴンというのはほぼ例外無くこの口――が、繁殖にも成長にも時間のかかるドラゴンの事とて、肝心の〝縄張りを持たぬ若い個体〟が現れる事自体が多くない。
つまり、計画的にこれら若い個体を狩って、モルファン国外への移動分散を阻止する……というのは難しい。
「結論として、イラストリアへ向かうドラゴンの数を抑えるなどというのは、土台無理な話という事になる」
「まぁ確かに」
「現実的とは言えんだろうな」
そうなると……イラストリアの領空をドラゴンが侵犯する事を前提として、〝誠意〟の表し方を考えねばならない。
「……エルギンに防衛部隊を派遣するとか?」
「寝言は寝てから言え。それはつまり、我が国がイラストリアに派兵するという事だろうが」
――できる訳が無い。
「いや、正規兵ではなく冒険者の類を考えていたんだが」
「穏やかでないのは変わらんだろうが」
「それに、肝心の冒険者が引き受けるかどうか。また、引き受けさせるには如何ほどの依頼料を積み上げればいいのか」
「加うるに、派遣の期間は無期限となる。……財務が首を縦に振ると思うか?」
少なくとも、現実的な対処法とは言い難いだろう。
「できるとすれば……ドラゴンの監視網を構築して、イラストリアに警告を出すくらいか?」
「大空を自在に飛び廻る相手だぞ? 水も漏らさぬ監視というのはまず不可能だろう」
「仮に発見できたとしても、警告が間に合うかどうか心許無くないか?」
「それもあるな……」
「あとは……ドラゴン退治のノウハウを伝授するとかか?」
「滅多に現れないドラゴンの狩り方など教わったところで、喜ぶ者などいるのか?」
「うむ……」
――モルファン国務会議の悩みは尽きない。




