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第三百十五章 「クレヴァス」を巡る幾つかの事情 4.モルファンの事情

 では、そんな二人が一体どうして、他の冒険者を伴って「クレヴァス」を訪ねるような事になったのかというと……これには第三者、()(てい)に言えばモルファンの思惑(おもわく)が絡んでいたのである。


 現在のモルファンは親イラストリアの方針に大きく舵を切っており、()の国との仲をおかしくするような真似は好まれない。幸いにしてこれまでイラストリアに対しては――特に親しいとは言えなかったものの――敵対的な政策は採っておらず、今回の王女留学による親善のアピールは問題無いと考えられている。

 ……と言いたいところなのだが、生憎(あいにく)とこれに水を差しかねない要因が残っていた――ドラゴンである。


 幸か不幸か、モルファンは満天下にその名を知られたドラゴンの名産地であった。そして国内で生まれたドラゴンの一部は新天地を目指して……と言うか、中二病的なおイタが過ぎて故郷を追い出され、国外に飛び出して行くのが恒例となっている。


 ……問題なのは、その飛んで行った方角に、他ならぬイラストリアがあるという事なのであった。


 モルファン王国としてはそんな意図は全く無いのだが、形の上では中二病の若いドラゴンをイラストリアに(けしか)けた……ように見えなくもない。イラストリアからは特に何のクレームも寄せられていないが、モルファン側として(じく)()たる思いを禁じ得ないのも事実である。外交上の弱みともなり得るではないか。

 イラストリアとの国交正常化を目指す以上、この問題点はどうにかしておきたい。しかし事がドラゴン絡みとなると、さすがに根本的解決は難しい。だがそれでも、誠意ある態度は見せておかなくてはならない。


 だがしかし――



「無闇に事を大きくするのは、悪手ではないか?」

「うむ。今の段階では、ドラゴンがイラストリア〝の方角〟に飛び去ったというだけだからな。単に上空を通過しただけなのかもしれん」

「確証も無しに騒ぎ立てるのは悪手だし、騒ぎを大きくするのはイラストリアも望むまい」



 最低でも、被害の有無とその実情を探ってから――という事になった。

 ここまでは妥当な判断であったのだが……明らかになった〝被害の実情〟は、モルファンの外務部に顔色を変えさせるに充分なものであった(笑)。



「エルギンの近郊だと……?」

「そこにドラゴンが現れたというのか?」



 ――そう。

 彼らの調査に引っ掛かったのは、(無謀にもクロウの指揮下にある)クレヴァスを襲ったドラゴンの噂と、そしてその近くを通りがかった老商人がドラゴンに襲われたという証言であった。(もっと)も後者は、(くだん)の老商人とそのロバの無遠慮な振る舞いに腹を立てたクロウ一味が、生身のドラゴンに見せかけたスケルトンドラゴンで脅かした――というものであったのだが。


 ここ数年に限ってみれば、それ以外の実害は報告されていないとは言え、モルファン産と(おぼ)しきドラゴンがイラストリアに被害を及ぼしたのは事実である(註.モルファン視点)。これをこのままに放って置くのは、両国の関係を考える上でも宜しくない。


 しかも――



()りに()ってエルギンだとは……」

「下手をするとノンヒュームたちの機嫌まで(そこ)ねかねんぞ」



 イラストリアとの関係改善を望むのは、これ(ひとえ)にノンヒュームとの(よしみ)を得たいがためである。なのに、そのノンヒュームの連絡会議事務所のあるエルギンの近郊に、モルファン原産のドラゴンが現れて騒ぎを起こした? モルファンに対する心証を悪化させるに充分な不祥事ではないか。


 もはや早期の対応は待った無しという事になったのだが、



「しかし――下手に事を大っぴらにするのも(まず)いのだよな?」

「うむ。悪くするとエルギンの評判にも関わってくる。それはホルベック卿も好まんだろう」

「イラストリア王国にノンヒュームときて、更にはホルベック卿まで関わってくる訳か……」



 ()くして、最初は単なる懸念でしかなかったものが、一気に外交上の不発弾にまで格上げされる。こうなれば腰の重いモルファンとしても、何らかの対処に乗り出さざるを得ない。



「問題は、事を飽くまでも秘めやかに、しかし向こうには誠意が伝わるように進めねばならんという事だが」

「一気に難度が跳ね上がったな……」



 少なくとも、モルファン王国(・・)として何らかのアクションを起こすのは下策だろうという事になる。そうなると打てる手は限られてくる。



「冒険者……か」

「うむ。こちらの意を()んで動ける冒険者を差し向けて、まずは実地調査辺りから始めるしかあるまい」


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