第三百十五章 「クレヴァス」を巡る幾つかの事情 3.クラブとペスコの事情(その3)【地図あり】
バンクスの冒険者ギルドで二人が見付けた〝恰好の依頼〟というのは、モルファンへ向かう商人の護衛であった。オズワルトというその商人によれば、一応自前の護衛を連れて来てはいるのだが、できれば追加で雇いたいという事のようだ。
「いや助かったよ。フェントホーフェンまで商いに出かけ、帰りはできたらユレンベルクまで足を伸ばして商品を仕入れてきたいんだけど……普段ならともかくこの時期は、護衛を受けてくれる者がいなくてね」
「「へぇ……?」」
[イラストリア~モルファン周辺地図]
今一つ事情が解っていない様子のクラブとペスコに対して、雇い主となるオズワルトは事情を説明してくれた。それに拠ると、問題となるのは第一に拘束期間の長さ、第二に「今」という時期なのだという。
「まず、バンクスからエルギンを経てノーランドまで、最速でも馬車で十一日ほどはかかるからね」
しれっと言われてクラブもペスコも顔を見合わせる。
この国の土地鑑が今一あやふやなため、深く考えずに依頼を受けたのだが……思ったより長丁場の仕事になりそうだ。
だがまぁ、新年祭までに戻って来られるのは請け合うという以上、二人としても特に文句は無い。無いのだが……
「ノーランドの関を越えてモルファンに入ると、そこからはツーラ、ノイワルデを経て、目的地のフェントホーフェンへ。ここまでで最短十四日を見込んでいる。
「フェントホーフェンは古くから栄えた宿場町だ。ここで積み荷……まぁ、ノンヒューム由来の品が多いんだけど、それを売り捌いて資金を調達。そこからは、できたらユレンベルクまで足を伸ばしたいんだ。あそこはズーゲンハウンとノイワルデを結ぶ流通の要衝だからね。色々と旨味のある仕入れができるんじゃないかと期待している」
フェントホーフェンからユレンベルクを廻ってノイワルデ、そこからノーランドに戻って来るまで、少なくとも二十一日はかかる。ノーランドからバンクスに戻って来るのに更に十一日として、
「……二ヶ月近くはかかる訳か……」
「売りや仕入れにの日数を考えると、多分二ヶ月は優に超えるだろうね」
「そりゃ、長丁場の大仕事になる訳だ……」
それでも、普段なら護衛を受ける冒険者もいない訳ではないらしい。ただ、最前にも言ったように、今は時期が悪かった。
「宿が予約を受け付けるのがね、バンクスだと二ヵ月前からなんだよ」
「「……は?」」
年に二回、新年祭と五月祭にだけ提供されるノンヒューム製品のあれこれ。その価値が上がるにつれて、必然的にそれらが提供される場所の価値、延いてはそこに宿泊する権利の価値も天井知らずに値上がりする事になった。挙げ句、宿泊権の転売どころか、向こう五年間、十年間の予約を――それも高飛車に――要求する馬鹿者が現れるに至って、ノンヒュームも当局も堪忍袋の緒がプツンと切れた。
即ち、(余程の事情が無い限り)一般客の予約受付は二ヵ月前からとし、それより前の予約は受けられないと突っぱねた。また、宿泊できるのは予約した当人のみとし、予約代行サービスを認めない措置をとった。一方で宿泊料のぼったくりも一切認めず、悪質な例に関しては相談があれば然るべき対処をすると宣言。ノンヒューム連絡会議もこの措置に諸手を挙げて賛同の意を表した事で、宿泊予約に関する狂奔は一応落ち着いたのである。
ちなみに、予約受付を二ヶ月前からとしたのはバンクスとサウランドだけで、リーロットは都市計画の段階でこういう事態を予測していたため宿のキャパシティに余裕があり、三ヵ月前から受付できるようになっている。
ともあれ、これで事態は一旦沈静化したのだが、
「宿の予約が始まる十月末には、バンクスなりサウランドなりにいないと予約できない、しかも予約の代行は認められないという事でね」
「あぁ……地元を留守にするのを嫌がる連中が増えた、と」
「そういう事だね」
二人は構わないのかと訊かれたが、抑カタコンベのお宝の件を詮索追及されるのを嫌ってマナステラを出た二人である。名にし負うノンヒュームの出店にはちと心を惹かれるが、ビール目当てに大勢のノンヒューム、特にドワーフが殺到するであろう新年祭など、ご遠慮申し上げたいのが本音である。況してロイル卿からの伝言ミッションも控えているのだ。そっちを優先しないと落ち着かない。
寧ろオズワルトの方はいいのかという気がするが、商人たるもの商売優先が鉄則であり、
「抑自分は王都の商人だからね。他所の新年祭に現を抜かす訳にはいかないさ」
何やら対抗心のようなものがあるらしく、王都の新年祭も悪くないと二人を誘ってくれたのは僥倖だった。これで王都へ行く口実も、事によったら王都での伝手も手に入ったかもしれない。
幸先の良さに内心で北叟笑む二人なのであった。




