【1-3】:地獄の回覧リレー
「契約書、お前ら、読んだよな……?」
周りを見る悠人。
だが誰とも視線が合わなかった。
悠人の口端が、僅かに引きつった。
「貴方は読まなかったんですか?」
「漢字、難しくて読めなかった」
真顔の悠人。
その返しに真顔になった加納。
「「……」」
沈黙がその場を支配する。
悠人は居た堪れなさに、視線を逸らした。
「……だ、だから快に渡したぞ! 歌詞担当だし、漢字読めるし!」
「え? 俺……?」
不意な名指しに快はきょとりと瞬く。
加納の視線が快に向く。
「……快さんは契約書、読んだんですか?」
加納の問いに快は数度瞬いた後、口を開いた。
「……読んだよ」
「だよな!?」
ぱっと表情が明るくなる悠人。
「けど」
「けど……?」
嫌な予感に、悠人の声は小さくなる。
「文書の言い回しが気に入らなかったから、漣に渡した」
澄まし顔の快。
悠人の動きが固まった。
再度訪れた気まずい空気に、悠人は背中に冷や汗を流した。
「……あ? なんの話だ?」
すると、ゲーム画面を見ていた漣が鈍くも反応を示した。
「契約書!! お前、読んだよな!?」
悠人は漣の元へと駆け寄り、思いっきり肩を掴んだ。
「おい、やめろ。鬱陶しい」
面倒そうに顔を顰め、漣は片手で追い払う仕草をする。
だが、離す気のない悠人。
漣は渋々と画面から視線を上げた。
「……で、契約書か」
「おう」
期待するように悠人が真っ直ぐに見つめる。
――だが。
「レイド中だったから、煌に回した」
「はあ!?!」
悪気なく呟く漣。
目を剥く悠人。
次に呼ばれた煌は、各々を呆れた様子で眺めていた。
「叫ぶな、馬鹿」
「ンだと……?」
「契約書には、アイドルグループとしてデビューって書いてあったよ」
しれっと答える煌。
「……は?」
「アイドルなら新しい方向性が試せると思って受けたけど?」
崩壊する悠人の表情。
「はあああああ!?」
衝撃の連続で、悠人が思わずテーブルを叩いた。
――ドンッ!
「お前、分かってて契約したのかよ!」
怒りで沸騰し、震える声が室内へと響いた。
「契約書にはそう書いてあったし、お前らも最低限はそのくらい読んでると思ってたんだけど」
だが、煌は物怖じせず淡々と言葉を返した。
「うっ、そ、それは……!」
「お前、昔から勢いだけで突っ込む癖、変わらないな」
「でも、NOXUSからCD出せるって聞いたし……!」
「それとこれとは話が別だろ……。俺はもう少し慎重に物事を考えろって言ってんの」
「そういうの、苦手だって知ってるだろ……」
そのまま黙り込む悠人。
「てか、あの時サインする前にお前らが読んでない事、俺は今知ったんだけど」
煌は半眼のまま、じっとりと悠人を見つめた。
「ぐっ! ぐぬぬ……!」
言葉に詰まる悠人は、一歩身を引いた。
「だって、……なあ?」
縋るように最年少組に視線を向ける。
だが、二人は悠人と目を合わせなかった。
「お、お前ら……」
二人の反応に本気で項垂れ、悠人は黙り込む。
それを見て煌は呆れたように溜息を零した。
「……音楽面では信用してる」
ぽつりと小さく零す煌に、悠人の耳がピクリと動く。
「けど、まさか、ここまで書類関係が弱いとはな……」
「褒めるか貶すかどっちかにしろよ! 情緒不安定になるわ!!」
深々と長く息を吐く煌に、悠人が噛みついた。
「俺のはお前の頭の弱さに不安を覚えてるんだけど」
正論を叩きつけられ、再び悠人は俯いた。
そんな二人のやり取りを静観していた加納は、場の空気を戻すように両手を叩く。
「はい、これで詐欺ではないと証明されましたね」
その音に釣られて全員が一度口を閉ざした。
「では、これからはアイドルグループとして活動する……それで宜しいですか?」
加納が再び意思を確認するように周りを見渡す。
すると、各々が考え込むように口を閉ざした。
その時――。
「……楽器弾くんじゃなくて、歌って踊るアイドルグループじゃ、バンドって言えなくねーか?」
悠人が各々に視線を向けた。
「俺はこのメンバーで出来るならいいよ」
視線の合った快は迷いなく告げた。
「ベースしか弾けないし、歌詞しか書いたことも無い。経験はないから不安はあるけど……」
声は僅かに沈む、だが――。
「でも、世界観を表現するのは好きだから。悪くない話だと思う」
合わさる快の瞳に揺らぎはなかった。
その姿に、悠人は言葉を詰まらせる。
「……っ、」
呼吸を整えるように、口を閉ざし一拍置く。
悠人は次に漣へと意識を移した。
「……漣は!?」
「別に。身体を動かすのは得意な方だし、ドラムなら家でも好きに叩けるからな」
「出たな、ボンボン! フリーダム!! 裏切り者!!!」
「……うるさい、八つ当たりするな」
顰め顔の漣、声を荒げる悠人。
悠人の隣にいた煌は、片耳を塞ぎながら、二人の会話に割り入るように声を出した。
「あ、因みにもう契約金は成立時に資金として出てるし、スタジオも事前申請すれば格安で借りれるって」
「つまり、演奏して歌えるってことか!?」
悠人の視線が煌に向けられた。
「少なくともオフでは使わせて貰える」
肯定するように頷く煌に、悠人の目が徐々に輝く。
「最高の環境で、最高の機材に囲まれて、歌って演奏出来るって事か!?」
「ええ。我々の社訓は、熱狂の維持、または推進。モチベーションを維持するための福利厚生の一つとして取り入れていますから」
加納は眼鏡のブリッジを上げ、煌の言葉に補足した。
悠人の顔に、歓喜の色が浮かぶ。
その時――。
「……それに、まだあの曲、完成してないだろ」
煌が、小さく呟いた。
隣にいた悠人だけが、その声を拾った。
悠人だけが、その意味を理解した。
だから、それ以上は言えなかった。
そして――。
「しかし、貴方たちにはアイドルとして熱狂度を上げてもらう為の福利厚生ですから。契約を解除するならば、勿論この話は無かったことになりますね」
淡々と告げる加納に、ビクリと肩を跳ねさせる悠人。
その様子を横目に見た煌は、小さく溜息を零した。
「因みに言っておくと、こっちの都合で解除するなら違約金も高いし、今更抜けるの無理だからな」
「おい、それ聞いてねーぞ!!」
「だから今言っただろ」
「おせーよ馬鹿!!!」
「馬鹿なのは、契約書をまともに読まずにサインしたお前だ」
言い合いになる二人。
「うぐぐぐっ!!」
劣勢にたたされた悠人は拳を握り唸った。
「そろそろ良いですか? では、次は事務所案内と、その前にアイドル活動についての説明会ですね……場所移動しますよ」
「「はーい(っす)」」
三人の声が揃った。
「あっ!! おいこら待てお前ら!!」
実情を察した各自が立ち上がり、部屋を出ていく。
「こんなの、納得出来るかよ!『クリーンオフ』だ!!!」
「正しくは『クーリングオフ』な、馬鹿。じゃ、先行ってるから」
扉の向こうから顔を出した煌が、ひらりと手を振った。
「クッソー! 覚えてろよ!!!」
悠人の怒号が、虚しく室内に響き渡った。
【登場人物】
vo. 悠人/Gt. 煌/Ba 快/Dr. 漣
◇
次回▶︎
明日、12時、20時に【2-1】、【2-2】まで投稿予定。
以降は、
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