【1-2】:「契約書、誰か読んだ?」
静寂が包む会議室。
四人は長テーブルを挟んで、加納と向き合うように椅子に腰掛けていた。
揃えられた契約書を一枚一枚丁寧に確認する加納。
黙って見守る四人。
――トン。
全ての契約書を机の上で揃えた加納が、眼鏡のブリッジを上げた。
「契約書の内容に不備はありませんでした。サインも無事、確認出来ました」
「……おう」
緊張感に口数の少なくなるメンバーに代わり、悠人が一言返す。
「これにて契約が締結されました。後はこの契約書を届けて来るだけですので、皆さんはこちらでお待ちください」
加納が全員の契約書を持ちながら椅子から立ち上がる。
そして、悠人たちの姿を一瞥することなく、加納は扉へ向かった。
一つ一つの動作を全員が見守るように、沈黙したまま視線だけを向けていた。
――パタン。
扉が閉まる音。
その後、全員の緊張の糸が解けたように、深い息が吐き出された。
「あー……めっちゃ緊張した」
悠人が机の上に顎を乗せだらしなく姿勢を崩した。
「流石に俺も気疲れしたな……」
煌は何処か気怠げに脱力した。
「でも、これで一安心だね」
快は物憂げな表情ながらも、安堵に穏やかに笑む。
「……やっと報われたな」
漣は鞄を漁りながら、言葉を漏らした。
「けど、これからは本格的に仕事になるんだから。寧ろ大変なのはこれからだろ」
各々が力を抜きだれるその姿を見て、煌は僅かに姿勢を正し言葉を放つ。
「お前らテンション低くね? そんなんじゃ、バンドやってけねーぞ!」
悠人が全員に喝入れをするように声を張る。そして、わざとらしくふん反り返って見せた。
そのポーズを三人は視界に映し、面々はやがて緊張の色を解いていった。
「これでひと段落ってやつだろ? で、俺らこれからどうしたら良いんだ?」
全員が疑問符を浮かべたまま各々を見渡す、すると――。
――トントン。
ノックの音が響き、全員がすぐさま姿勢を正した。
――ガチャ。
開かれた扉から入ってきたのは、先ほど出ていったばかりの加納であった。
「然るべき部署へ契約書は運んで来ました。無事に契約の締結はされました」
「おお! マジか!」
「良かった……」
悠人と煌が同時に反応する。
全員がほっと安堵の息を零し、加納に視線が集まる。
「それでは、今後の説明ですね」
期待に膨らむ胸、輝かしい未来への思い。
だが――。
「それでは皆さんには、今日からアイドルになってもらいます」
「は?」
――ぽかん。
悠人の口が開く。
全員が硬直する。
探り探りの数秒後――。
「……アイ、ドル……?」
呆然とする悠人が、ぽつりと呟いた。
「契約上の区分としては、アイドルグループになります」
「ちょっっっと待て!!!」
悠人の怒声が会議室に響いた。
「何でしょうか。質問をどうぞ」
「俺らV系バンドマンなんだけど…?」
「そうでしたね」
加納が頷く。
「デビューさせてくれるって言ってただろ?」
「はい」
「それに、CD出すって!!」
「言いましたね」
再度加納が頷き見せた。
「なのにアイドルって何だ!?」
悠人の声が大きくなる。
「しかもアイドルグループ!? バンドですらないって、それってもう詐欺だろ!!」
憤慨の声を上げ、椅子から立ち上がった。
すると、加納はしばし思案に口を噤んだまま、悠人の顔を見つめる。
互いに見つめ合う無言の時間。
そして、何かに思い至ったように、加納が冷静に言葉を返した。
「ですから契約書、渡したじゃないですか」
「……あ?」
「そこに詳細が書いてあるので、詳しくはこちらの内容を読んだ上で、と私は伝えましたよ」
加納の淡々とした声。
固まる空気。
悠人が気まずそうに、口火を切った。
「契約書、お前ら、読んだよな……?」
周りを見る悠人。
だが誰とも視線が合わなかった。
悠人の口端が、僅かに引きつった。
「貴方は読まなかったんですか?」
「漢字、難しくて読めなかった」
真顔の悠人。
その返しに真顔になった加納。
「「……」」
沈黙がその場を支配する。
悠人は居た堪れなさに、視線を逸らした。
(……え。マジで?)
(もしかして俺ら……何かとんでもない事、やらかしてんのか!?)
次回▶︎
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