【1-1】:デビューへの第一歩
「俺ら、CDデビュー出来るぞ!!」
赤髪の青年――悠人が、楽屋の扉を豪快に開け放ち、駆け込んできた。
「落ち着いて。何があったの?」
ベースケースの横で、黒い長髪を垂らしながら歌詞を書き連ねる快が目を丸くした。
「スカウトされた! 大企業だぞ!」
「……俺らが?」
ドラムスティックを傍に置いた漣が、ゲーム画面から視線だけを向ける。
「そうだ! これ読んでおいてくれ!」
悠人が紙袋から書類の束を取り出し、快へ押し付けた。
「分かった。確認するね」
――ガチャ。
楽屋の扉が開いた。
「 煌!! メジャーだ!! CDデビューだ!!」
その音に振り向いた悠人が、机の上に広がる契約書を叩くようにして指し示す。
「へえ、メジャーデビューか……」
ギターケースを背負った煌が、ピンクブロンドの長い毛先を揺らしながらゆっくりとテーブルへと歩み寄る。
「先ずは内容の確認。それからだ」
そう言って煌は、悠人に詰め寄りつつ契約書を手に取った。
「俺ら、まだ音楽続けられるぞ」
悠人の熱意を宿した瞳が全員に向けられた。
それが、事の始まりだった。
◇
そして、数日後――。
再び彼らは楽屋に集まった。
契約書を片手に無言で文字を追うのは、メンバー内で最年長である煌だった。
悠人は彼に視線をそろりと向け、固唾を飲む。
――ぱらり。
静かな楽屋に、紙を捲る乾いた音だけが響く。
落ち着きなくパイプ椅子を揺らす悠人は、生唾を呑み込んで煌の表情をうかがう。
そのピリついた気配に釣られ、ゲームをしていた漣も、ペンを動かしていた快も、じっと煌の手元を見つめていた。
最後に残った一枚を確認し終えると、テーブルの上に揃えられる。
――トン。
そして、煌が静寂を裂くように声を出した。
「……よし。名前の記入漏れもなし、捺印もOK。……これで全員分揃ったな。提出するぞ」
悠人はバッと顔を上げ、表情に明るさが戻った。
「よっしゃ、これで無事準備は済んだな!」
悠人の満足気な声が響く。
「ふふ、書き間違えなくて良かったね」
ノートを開いたままの快が、穏やかに笑いながら小さく頷く。
「ん。流石にそのくらいなら俺でも出来る」
ゲーム機から目を離すことなく、漣は表情一つ変えず淡々と告げた。
「けど、煌に任せてやっぱ良かったわ。こういうの得意分野だし!」
「お前が不得意過ぎるから、俺がこういう役回りになったんだろ……」
煌が悠人の言葉に呆れたように呟く。
「だってお前に任せた方が正確だし」
「お前だっていい歳だろ、少しは学べ」
「無理。俺、国語はからっきしだし」
「音楽に対する熱量だけは無駄にあるのに、その熱意を少しは他に回せよ……」
煌がぼやくと、快が小さく笑いを零し、聞き耳を立てていた漣は肩を竦ませた。
そして、全員分の契約書を揃える煌の手元を見て、現実感がますます湧いた悠人は、パイプ椅子を倒す勢いで立ち上がった。
「待ってろよ、お前ら!! 俺たちの音楽を届けてやるからな!!」
片手の握り拳を天へと突き上げる。
悠人は、熱意に溢れる声で宣言してみせた。
これが彼らのズレが始まる一歩目。
けれど、この時の彼らに、それを知る余地などなかった。
◇
そして、一週間後――。
都内某所。
高層ビルの一角にある、 NOXUSエンターテイメント社。
その前に四人は並び立つ。悠人は呆気に取られた顔で見上げていた。
「……ここで、合ってるのか? 予想してたより、ずっとでっかいんだけど」
ガラス張りの現代的な高層ビルを呆然と見上げる悠人は、隣で平然とした顔をする煌の裾を引っ張った。
「マップ見ながら来たから間違いないな。ってか、服引っ張るな。伸びるだろ」
嫌そうな顔をして悠人の手を軽く叩き落とし、呆れ混じりの眼差しを向ける。
「悠人はテレビで一回くらい外観見たことなかったの?」
その奥から快がちらりと顔を覗かせ、尋ねた。
「あー……俺、テレビ普段見ないしな。名前は知ってたけど、本社こんな感じだってのはちゃんと見たことなかったかも」
四人は受付で来訪を伝え、受け取った一時通行証を提示してセキュリティゲートを抜ける。
「つかさ、縦にもでかいけど、横幅も広くね?」
最年長の煌が代表して受付に話を通す。その後ろでは、悠人が小声で漣に声をかけた。
「NOXUSは音楽に力入れてる企業だから、この造りになるのも当然だな」
「へー。漣って案外そういうの知ってるよな」
「お前が物知らずなだけだろ……」
キョロキョロと周りを見る悠人に、漣は静かに呆れの溜息を零す。
受付嬢とのやり取りを終えた煌は、三人を待合スペースへと移動させた。
「加納さん、今ちょうど移動してるところらしいから、すぐ来るってさ」
「ふーん。その人ってアレだろ、俺らに契約持ちかけた営業だっけ……?」
「マネージャー担当って言ってたぞ」
「あれ? そうだっけ?」
煌の言葉に悠人は首を傾げる。
「何かこうビシッとしてて、スーツ着た、エリート風な見た目の……」
言葉を続けようとした、その時。
「皆さん、お待たせしました」
社員証を首元にかけた男性が、四人の前で立ち止まった。
「あっ、そうだ。この人だ」
悠人が声を上げて指を差したのを、煌がすかさずその手を掴み、下げさせれば頭を小突く。
「加納さん、すみません。こいつが失礼な態度取って……」
小突かれた頭を摩りながら、罰が悪そうに悠人は加納に向けて会釈する。
そんな二人を見て、加納は首を横に振った。
「いえ。気にしていませんから大丈夫ですよ。今日はよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします」
煌が目配せをし、全員が立ち上がると、各自不揃いながらも挨拶を返し、会釈をする。
全員に視線を流した後、加納は眼鏡のブリッジを上げ、目線で方向を示した。
「それでは、会議室に向かうので皆さんついて来てください」
加納が踵を返し、移動を開始した。
その背を追う四人は緊張の面持ちを浮かべながらも、続いて移動し始めていった。
◇
五人は目的地へ向かうべく、オフィス内の通路を歩き出す。
この通路を通るのは主に社員やスタッフらしき姿と、他社のビジネスマンたちが多く見えた。
(やべぇ……今までと全く違う世界に来たみたいだ)
今まで中心となっていた自身の環境と比べ、悠人は僅かに表情を強張らせた。
活動拠点のライブハウスはここよりも狭く、年季の入った小さな箱。
そこは数年使い、親しみ慣れた場所であった。
それが今は、埃や破れかけのポスターすらない、綺麗過ぎる廊下だった。
(……けど、これからデビューすんだし、慣れねーとよな)
期待と不安を残した手足。
しかし、この先の未来を思い浮かべ、悠人は一歩一歩、前に進むように歩き出した。
次回▶︎
12時、20時に【1-2】〜【1-3】まで投稿予定。
明後日、12時、20時に【2-1】、【2-2】まで投稿予定。
以降は、
定期更新:金曜の20時。
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