【4-1】:「それ、新作ゲームの話か? 」
控室中央のソファ席のテーブルの上は綺麗に片付けられていた。
だが、そこには新たな資料――『商材戦略 Vol.1』が置かれている。
「アイドルとしてのキャラメイク……つまり、設定をここで発表します」
加納がその資料を手に取り、テーブルの横に立って四人を見渡した。
「設定?」
「つか、キャラメイクってゲームかよ!」
その単語に、奥でゲームをしていた漣の耳がピクリと動く。
「……新作の話か?」
漣の視線が上がる。
「違います。アイドルの設定の話です」
加納が即座に否定した。
「……そうか」
漣は無言で画面に視線を戻した。
「興味失くすの早っ!」
「まずはコンセプト、世界観ってことだね」
悠人が短くツッコミを入れると、快はそれを横目に話を進めた。
「そうですね。そう言えば、快さんは衣装担当で合っていますか?」
「うん。ベースは俺。サブで煌って感じだよ」
「漣と悠人じゃまともなセンス持ってないしな」
「うるせー。俺は俺が好きなもん着てるから良いんだよ!」
「悠人はカジュアル寄りだからね。舞台映えとは方向が違うだけで、センスは……まあ、普通じゃない?」
快のフォローが入り、悠人は気を取り直したように一人で頷いた。
「そうですね……。それならば、まずは見た目の方から設定を発表します」
加納は資料を捲り、全員に読むよう促した。
悠人はそわそわと期待するように資料を見つめ、そっと一ページ目を捲った。
「こちらの資料をご覧ください。大まかなデザインと仕様書がこちらです」
――ぱらり。
捲った先にあったのは、鉛筆の濃淡で表現されたラフなデザイン画だった。
「へえ、俺のがデフォルトっぽい衣装デザインだな。尻くらいの丈のジャケットだ」
悠人は細部までしっかりと描き込まれた衣装デザインに目を奪われていた。
呟く悠人の隣で、煌がコンセプトの文章を読みながらデザイン画を静かに見比べる。
悠人はしばしそれを眺めた後、数枚ある資料をパラパラと捲った。
そこには、メンバーそれぞれのデザイン画が描かれている。
「で、煌はロング丈なのか」
悠人は煌専用のデザインページをパッと確認し、全員分の資料をさらに捲っていく。
「漣は一人だけノースリーブって……いや、今までと同じだけどさ」
漣は自分の衣装ページを眺めていたが、特に思うところはなかったのか、確認だけ済ませると興味なさそうにテーブルへ頬杖をついた。
悠人は漣らしいその姿に小さく笑うと、ページを捲りながら、漣の隣にいる快へと何気なく視線を向けた。
「快は……って、おい、快……?」
視線の先にいる快は、資料を手に持ち、逆手で口元を覆っていた。
傍から見れば仕事の出来る芸術家のような佇まいだ。
しかし、よく観察すると、その瞳孔は開き、真剣を超えて凝視していた。
「……退廃的な音楽なら、世界観を魅せるための漆黒の衣装に、レース……薔薇の装飾品や、小物……」
そんな顔付きで衣装デザインを見つめながら、ぶつぶつと何事かを唱えるように言葉を呟く快。
悠人は若干腰を浮かせ、喉を引きつらせた。
身じろいだ悠人に煌が気づき、その視線を追う。
「おい、快の独創世界が始まってる。悠人、なんとかしろ」
「か、快! 今は一旦落ち着け! ほら、加納さんが説明始めるから!」
悠人が宥めるように声をかける。だが――。
「……蔦の這う静謐な棺……地に舞い降りる、漆黒の堕天使……」
「失楽園……」
快の書類を持つ手だけが、ふるふると小刻みに震えていた。
「王道アイドル衣装とか言われて、情報処理が追いついてないんだろ」
煌が快の様子を冷静に分析する。
「現実逃避だな」
漣は呆れの眼差しを送った。
「俺には無理だ、これ……」
悠人の頭がガクリと項垂れる。
「で、これ、どうすんだ?」
悠人は助けを求めるように、煌へチラリと視線を向けた。
「……興味があれば勝手に戻ってくるだろ、多分」
煌は投げやりな言葉で締め括る。
真顔になる悠人。
だが、気を取り直すように姿勢を正してソファに座り直すと、どこか疲れ気味に声を落とした。
「あー……じゃあ、取り合えず話を進めてくれ……」
「ええ、分かりました。では進めさせていただきますね」
加納は頷き、表情を変えぬまま手元の資料を捲った。
「衣装はこのように白をベースに金のラインで縁取った、所謂王道なアイドル衣装です」
「軍服をベースにして現代風にアレンジされた衣装か」
「ああ、それなら分かる。あれだ、少女漫画の王子様キャラみたいなやつだろ?」
「……ゲームの広告で最近よく見るな、そういうデザイン」
各々の感想に加納が頷き、認識の擦り合わせを行う。
「イメージとしてはそうです。そして、デザインは各々に合わせたものになります」
「ふーん。悪くないんじゃない? けど、デザインだけ?」
煌が手元の資料を眺めながら加納に問いかける。
「差し色として、皆さんのメンバーカラーを入れます」
「ああ、なるほど。そこで個性を付ける感じか」
「そのように認識していただければ大丈夫です」
納得した煌は、再び手元のデザインを見つめた。
「ああ。なんかそれ、戦隊モノっぽいな」
悠人のズレた発言が落ちる。
「いや、アイドルだろ……」
ボソリと漣が呟いた。
「けど白かー……。悪くねーけどさ、今までと真逆っつーか、馴染みないよな」
悠人が腕を頭の後ろで組み、ソファの背に凭れかかった。
「悠人、転んで汚すなよ?」
「ガキじゃねーわ!」
煌の煽りに鋭く返す。
「チビだしな」
「だー! うるせー! お前らがデカすぎんだよ!」
漣の追撃にガバリと身を起こす。
「それに俺は器がデカいから、これで良いんだよ!!」
悠人は怒り任せに声を張り上げた。
二人からの言葉に悠人が的確にツッコミを入れていく向かいで、今まで黙り込んでいた快が、ふと口を開いた。
「けど、これだけじゃ足りない……」
「足りない、というのは……?」
「衣装だけのイメージじゃ全然ダメ。まだイメージが、世界が広がらない」
「そうですね……。今までの世界観とは違いますし、イメージのしにくさは確かにありますか」
快と加納が淡々と真面目な会話を交わす中、悠人たちはくだらないやり取りを続けていた。
まるで楽屋裏のように騒がしい控え室に、加納が一度空気を切り替えるよう、手を叩く。
その音にビクリと三人の肩が跳ねた。
「……続けますよ」
加納の眼鏡が怪しく光る。
「あ、はい。すんません……」
「衣装もこのように変わりますが、メイクも薄くします」
「まあ、そればかりは仕方ないね……」
快は小さく肩を落とした。
「アイドルで黒ライン濃いめのメイクとか見たことねーしな」
あっけらかんと悠人は告げる。
「なんだ。せっかく最近いいメイク法覚えたから試そうと思ったのに」
長い毛先を指先に絡ませながら煌が呟いた。
「ほんとお前、手先器用だよな」
「ギター弾いてるし」
「それ、関係なくね?」
悠人はバッサリと切った。
「けどさ、それってカッコいい感じにならなくね? 俺、スッピン普通だし」
「悠人って見た目子犬だもんな」
「子犬言うな! 男なら鋭さ、いかつさ大事だろ!?」
小馬鹿にしたように鼻で笑う煌に、悠人が噛み付く。
「まあ、言いたいことは分かるよ」
快の同調に、悠人は気を良くして頷いてみせた。
「けど、漣はいいよな。背もデカいし、筋肉あるし。男らしいっつーかさ」
「……別に、趣味でジム通ってるだけだ」
悠人の素直な言葉に漣は数度瞬くと、ふと視線を逸らした。
「モテる男の代表格ってイメージだからね。中身ただのゲーオタ廃人だけど」
「……おい」
快と漣のやり取りに、悠人と煌が小さく吹き出した。
「ああ、そうでした。メイクの他には髪色も変えてもらいます。悠人さんはオレンジです」
「あ? オレンジ? 普通こういうのなら赤じゃね? 俺」
「売り出しの方向性的に、貴方はオレンジですね。そして髪型も変えます」
「はあ!? えっ、俺この色も髪型も気に入ってんだけど!」
悠人は思わず立ち上がった。
ウルフヘアの悠人の赤毛が揺れる。
「イメージ戦略の一環です。異論は認めません」
「げぇ……。マジかよ……」
しょんぼりと項垂れる悠人。
「どんまい。ま、ハゲなきゃまた好きな色にしたら良いんじゃない?」
「その頃にはジジイだろうけどな」
煌と漣がさらりと言い放つ。
「それ言うな! V系の脱色率高いんだぞ!? みんなハゲ気にしながら染めてんだからな!」
「あとスプレーとかメイク品もね。肌荒れとか最悪だし」
悠人と煌が強く頷き合う。
「汗ですぐファンデ落ちるしな」
「それ。ライブ中すぐにアイメイクも落ちてパンダになるし」
「あー。分かる分かる。しかもステージ上の照明ってクソ暑いんだよな」
急に盛り上がる悠人と煌。
「女子会かここは……」
漣がため息を吐いた。
悠人たちの雑談を置いておき、加納が新たに資料を取り出していた。
「あれ?それって何?」
意識を戻した快が、不思議そうに加納の手元を追った。
「ああ、これはBLACK CROWNの時のプロフィールです」
加納が、資料を渡しながら話を再開した。
他の三人もそのやり取りに気づき、全員揃って加納へ視線を向ける。
「そして、比較としてアイドルグループとしての企業仕様書の資料を用意しました。そちらをご覧ください」
加納が全員に資料を渡しつつ、補足するように一言告げた。
「ああ、それと、皆さんはアイドル設定として年齢も変わります」
「また詐欺じゃねーか!!」
悠人の鋭いツッコミが、控え室に響き渡った。
次回▶︎定期更新:金曜の20時。
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