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七話 ソラーレの麗しい皇帝とティータイムを

レナート陛下とのお見合い以来、私の日常は大きく変わってしまった。お針子たちが大挙して神殿へ現れ、侍女と共に大急ぎで婚礼衣装を仕立てている。材料は全てレナート陛下からの贈り物だというから驚きだ。


「ローザ様、とても華やかでお素敵ですわ!」


ドレスの仮縫いを着せつけられて、私は少しうんざりしながらも鏡に映る自分を眺めてみた。…聖女としてのドレスはシンプルな中に名の通りの白バラを取り入れたものでなければならない。


そういう決まりがないからか、いつも着ている物よりずっと豪華で華やかだ。肩に大きな白バラのコサージュが飾られ、ワンショルダーで大きく胸元を強調している。これにヴェールを被れば完成だという。


スカート部分にはありったけのダイヤが散りばめられていて、動くたびにまばゆく煌めく。まだ実感など湧かないけれど、本当に嫁ぐのだと思わされた。


「ちょっと派手すぎやしないかしら?」


「いいえ! ローザ様の美しさを最大限に引き立ててくれていますわ。私達も係わることができて幸せなくらいです」


そんなことを言いながら尚も余った真珠をどう使うかと悩んでいるデザイナーを呼びつけ、ティアラを新しく新調してはどうかと話し合っている。


レナート陛下のことを好きか? と問われてもまだ分からないとしか答えようがない。聡明な方だというのは分かったし、お優しい方なんだという事も感じられた。…けれど、異性から徹底的に遠ざけられて育てられた私には恋というものが分からない。


「それにしても… レナート陛下も悪戯が過ぎますわ。まさか冒険者のフリをしてローザ様の神殿へ入り込まれるなんて」


「そうね。狙ったものではないかもしれないわ。何かよほどの事情があったのだと思うの」


「ローザ様! お気を付け下さいませ。相手は一代で巨大帝国を作り上げた方ですよ。どんな欲を隠し持っているか分かりませんわ」


言われてみるとそうなんだろうと思ったけれど、まだ身分を隠していたとはいえ、レナート自身はなにを思って私をお見合いの相手に選んだのだろう。


それもただのお見合いじゃない。政略結婚とはいえ、皇后を選ぶ大事なお見合いだったのに… アンナ姉様ではいけなかった理由ってなんなの? 王位継承権第一位を持つアンナ姉様を断ってまで、聖女である私を選んで…?


考えを巡らせてみるけれど、分からない。私が彼に驚きを与えているって? いつ、なんのことだったんだろう。


「仮縫いの最終チェックはこれで完了ですわ。ローザ様もお疲れの様子ですし、裏庭でティータイムにしましょう。ディルクルム様がいらっしゃる時間ですわ」


「えぇ、そうしましょうか。では、彼の好きなブラックコーヒーを用意して差し上げて。嫁いだら会うこともなくなるでしょうし」


「そうですね。これまでのようにはいきませんもの。私達は裏庭へ行くわ。マリー、同行しなさい」


部屋の隅に控えていた護衛騎士を呼びつけて、侍女に連れられて裏庭へ向かう。これまで当たり前だったものが少しずつ変わっていく。変化さえ楽しんでいられればいいのだけれど、私にはまだ不安しかない。


「レナート陛下は見目麗しくお優しい方… きっと幸せになれますわ」


「ありがとう。そうね。民の為にもなるんだものね」


そんなことを話しながら指輪を眺めてみる。


左手の薬指に嵌められている銀の指輪… 今は婚約指輪だけれど、これが結婚指輪になる日が近付いているだなんて。これで民の生活が潤うとの事だけれど、高度な政治的判断が重なっていたんだという事くらいしか分からない。


「ローザ様、ディルクルム様がいらっしゃるまでに少しでも召し上がってください。今日はパティシエールがお庭のブルーベリーでタルトとスコーンを作ってくれましたわ。ブルーベリーティーと共にどうぞ」


「ありがとう。少しだけ頂くわ」


そういえば朝から食欲がなくなっていたことを思い出す。お腹は空いていたけれど、それよりも考えなければいけない事が沢山あって、食べる気が無くなってしまっていたんだ。


テーブルにティースタンドが用意され、ガラスのカップにほのかにブルーベリーの香りがする紅茶が注がれた。促された通りにスコーンを食べてみる。


甘さは控えめでサックリした生地にまだ温かなブルーベリーが織り込まれていて、失せていた食欲を取り戻してくれた。


「やあ、お邪魔するよ。ローザ・アルバ殿下」


低く柔らかな声で顔を上げると、そこには転移魔法を使ったのだろう。黒に近い紫の生地に銀で装飾のほどこされた略装姿のレナート陛下が立っていた。即座に侍女が一礼する。


「少し時間が空いたからね。一緒にティータイムでも楽しもうかと思って」


「レナート陛下はいつも自由ですのね。転移魔法でどこへでも行ってしまわれる。少し羨ましいです」


「なあに! 心はいつでも自由でありたいと思ってね。自由がないのはあなたと同じさ」


そう言いながら侍女の注いだコーヒーを取り上げ、どこか優雅な仕草で啜る。その指先は宝石のように整えられているけれど、少し節くれだっていた。…剣を使う男の手をしていて、どこか新鮮に感じる。


「浮かない顔をしていたね。いつもそうなのかい?」


そう問いかけた彼のアメジストの目は観察するかのように煌めいていた。私は彼の為にブルーベリースコーンを取り分けながら、


「いいえ、いつもはディルクルム・ラスヴェートという護衛騎士が裏庭にいらして、諸国外遊の話を聞かせてくれます。ここは私の神殿ですので建物内部へお招きすることはできませんが」


なぜか時間を過ぎてもやってこないことを不思議に思いながら、簡単に説明した。いつも時間ぴったりにやってくる彼が遅れている? どうして? なにかあったのだろうか? 心配になったけれど…


「ディルクルム・ラスヴェート… それは彼の本名かい? とても古い言葉で夜明け前、暁という意味だ」


と説明してくれたレナート陛下の言葉で簡単に彼の経歴を打ち明ける。私が知っているのは略歴みたいな簡単なものでしかないけれど。


「なるほどね。見た目がいいのと剣の才能があった事から護衛騎士にねえ。えらい出世ぶりじゃないか。次に会ったら全力でお相手願おうかな」


次に? どういうことなの? まだ会ったこともないはずなのに… それはどういうことなのか? と問いかけようとした時、テーブルに置いた手をそっと握られる。


「あの… レナート陛下?」


重なった手は美しい見た目よりもずっとゴツゴツとしていて、本当に男の人なのだと教えてくれた。…恋かどうかは分からないけれど、胸の奥がドクリと脈打つ。


それを知っているのかいないのか。レナート陛下は笑みを浮かべたまま真摯な眼差しで私を見つめて、


「俺達はまだ何も知らない。特に君はね。それでも婚儀は待ってくれない。だから、夫婦になるけれど友達から始めよう。今日はそれを言いに来たんだ」


と特に私は…? どういうことなのか分からないけれど、どこか安堵してしまうことを告げた。友達から始めればいい。


「今は神殿の掟を尊重するけれどね。でも、ソラーレ帝国へ来たら遠慮はしない。君を遠慮なく口説かせてもらおう」


笑みを深めて、冗談とも本気とも判別の付かないことを言うと、銀の指輪にそっと口付けを落とした。その行動に侍女が驚いた顔をしたけれど、私自身に触れたわけじゃないのが分かって、元の位置に戻っていく。


「こういう触れ合いは気味悪く感じるかい?」


「いいえ、そうは感じません。けれど、私には殿方に触れることもありませんでしたので… よく分からないというのが本音です」


私の手を握ったままで悪戯っぽく笑うレナート陛下にそう答えてみたけれど、胸の奥底が甘く切なく痛んで落ち着かない。これはどういった感情なのだろう? 最も長く一緒に過ごしてきた侍女に訊いてみたいけれど、恥ずかしい気もする。


「いずれ慣れてくれた果てに俺を好きになってくれたら、それが一番の幸せなんだけれどなあ! だけれど、君の心は自由だ。どんな束縛を受けることもないんだよ。この俺に無理して縛られることもないんだ」


まだ分からないことはたくさんある。けれど、今は急がなくていい。レナート陛下の自由な振る舞いを見ていると、そう思えた。少しずつ知っていけばいい。きっとこの方が教えてくれるはずだから。…そう思えた。


「あなたは不思議なお方ですね。私を妻に娶ると言っておきながら、心は自由だなんて…」


少し意地悪がしてみたくなって。私はカップを取り上げながら言ってみる。すると、まるで狙ったようにカップを取り上げると、


「鳥は自由にはばたくからこそ美しく、また自由の象徴に見えるものさ。俺は自由の中で選ばれたいだけで、君の心を無理やり縛るようなことはしたくない。そんなことは俺のプライドに反するからね」


とまるでグラスを合わせて鳴らすように、私のカップと軽く打ちあわせてくる。コンッとグラスのように美しい音は出なかったのが面白くて、思わず笑ってしまう。


「そう。真に美しい花は萎れゆく様も美しいというけれど、やはり咲き誇ってこそ輝くものさ! 俺の傍ではできるだけ笑っていておくれ。ローザ・アルバ姫」


「はい。では、そのように努力しましょう」


「そうさ! 笑えないなら笑わせて差し上げればいい。それだけの話だよ。俺にはそれだけの力も才覚もあるのだからね」


冗談なのか本音なのか… 判別の付かないことを自信たっぷりに言ってみせる彼に笑みが深まる。そういえば、神殿での暮らしの中で声をあげて笑うという事がどれだけあっただろうと考える。


ディルクルムも浮かない顔をしていると心配してくれた。けれど、彼の前では微笑むのがやっとだった。…いつから? いつから笑う事が出来なくなってしまったんだろう。


「そうだよ。笑いは大事さ。凍てついた心を温めてくれるからね」


空のカップを片手に、レナート陛下は明るく優しく笑いながら言ってくれる。その言葉にきっと嘘はない。今はそれだけでいい。それを思って、私は冒険譚を聞かせてくれるレナート陛下を見つめていた。


どうして、ディルクルムが現れなかったのか? 次は全力でと言ったのはなぜなのか? そんな些細なことを忘れて……

(*´ω`)お待たせいたしました。ローザさんとレナートさんのティータイムでした。口説きつつも紳士でいたいレナートさんの自由度が楽しかったです。次回はディルクルムくんの出番になるのかな。最後までお付き合いくだされば幸いです(`・ω・´)ゞ

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