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六話 アンナ・マルティウスの憎悪と狂気

アルム・マルティウス

身長:174センチ

年齢:18歳

王位継承権第二位でたった一人の王子。性格はいたって純朴で心優しい。アンナの弟。容姿は凡庸の域を出ないが、全く気にしていない。

父でもある王から直々に呼び出された時、アンナは二日酔いと悪い予感に顔をしかめていた。昨夜はお気に入りの女騎士を相手に遅くまでワインを楽しんでいたせいで、悪い予感は恐らく王を喜ばせる報告であろうという推測の為だ。


例のごとく、お気に入りの女騎士は腕こそ立つものの、幼い頃に熱した油を顔に浴びたとのことで、顔の半分がひどく焼けただれていた。この顔で生きていくのが哀れだと仲間内でも話題になっていた。その醜さがアンナの目を引いたというわけで……


「アンナ、遅いぞ! なにをしていたのだ!?」


略装用のドレスで着飾って玉座の間に現れたアンナに浴びせられたのは、いつも通りの怒号であった。けれど、


「申し訳ございません。何分、急なお呼び出しでしたので…」


と言い訳を並べようとしたアンナを片手で引きとめると、


「今日はお前の言い訳もいらん。アンナとアルムにも報告してやってくれ」


傍に控えていた宰相に命令を下す。その色褪せた唇には微かな笑みが浮かんでいて。悪い予感に胸がざわついた。


「畏まりました。すでにご存じの事でしょうが、ローザ・アルバ殿下はソラーレ帝国皇帝レナート・アエテルヌス陛下とお見合いをなさいました」


「えぇ、知っているわ。国にとってはとても良い知らせだったのね?」


半ば皮肉交じりに国にとってはの所を強調して見せる。その意図する事に気づいたのだろう。不快感で父王の眉間に微かな皺が刻まれた。


宰相も気付いたのだろう。報告しながら手が微かに震え始める。宰相は父王が幼子だった頃から王家に仕えている。アンナの本質もよく理解していた。


「アンナ殿下のおっしゃる通りでございます。本日、神殿の侍女長より正式に知らせが入りまして、とても仲睦まじくなられたとの報告でございました。音楽の話で気が合ったそうで、ピアノを連弾なさったとの事です」


最後まで報告し終えた後、宰相は懐からシルクのハンカチを取り出し、脂汗まみれの顔を拭った。アンナの本質を思えば、如何に父親である国王の面前と言えど、いつ鞭が飛んでくるか分からないからだ。


「それはおめでたいですね! 父上」


「そうだろう? ローザ・アルバが婚約の証の指輪を嵌めることを許したというのだ。我が国にとってはこの上ない吉報だぞ!」


何も知らないアルムだけが純粋にこの知らせを喜んでおり、彼の純朴さは好んでいる為か、心からの笑みを浮かべで相槌を打っている。


「その見返りにソラーレ帝国から食糧支援の条約が締結されたのですね! これで民が潤います。我が国の食料自給率は近隣に比べても低いですから」


「そうだ。ローザ・アルバは生きながら聖女という称号を得ている。それをわざわざ指定してきたのだ。今後も我が国に有利な支援を約束してくれるだろう。融通を利かせたのは我が国の方なのだからな」


アルムと話し合う父王の皺が刻まれた顔には安堵が滲んでいる。父王は昔から冷酷な所がある。だが、国王としては何より必要なことだったのだろう。時には娘に恥をかかせてでも相手の条件を飲む、といった事が。


「アンナ! やめんか! 誰か、アンナの両手を酒で拭いてやれ。お前の悪癖だけは好きになれんぞ」


その言葉で自分が爪を噛んでいたことに気付く。父王はその様を眺めて、深々と溜息を吐いたかと思うと、


「お前にはいずれ相応の相手を見繕ってやる。だから、妹であるローザ・アルバをそう嫌うものではないぞ。あれは国の犠牲になってくれたのだからな。あれには秘密がある。我が王家でいつまでも守りきれるものではないのだ。いつか明かしてやらねばな」


謎めいた言葉の割にはひどく安堵と喜びを隠し切れない様子で告げた。


父王も知っているのだろう。民からはローザ・アルバの穏やかさと心優しい性質がアンナ・マルティウスにもあれば、父である国王陛下の眉間の皺が少なく済んだだろう、と冷笑と共に囁いていることを。


…そして、父王も同じ気持ちでいるのだ。


分かってしまう自分が恨めしかった。分からぬほど鈍感でいられれば、あるいは、まだ幼さの抜けないアルムのように純朴でいられたら、この上なく幸せな人生が待っていたかもしれないのに。


「アンナ殿下、失礼いたします」


侍女が震える声で告げながら近付いて高価なウィスキーをしみこませたシルクのハンカチでそっとアンナの爪が歪になった両手を拭っていく。その様を蔑みの香る様子でチラリと眺めた後、


「皇帝はローザを皇后に据えるだろう。なにしろ未婚との事だからな」


「未婚でいらしたのですね! 我が国にとっては得しかない婚姻ではないですか。縁戚関係となった我が国を襲うことはないでしょうし、有事の際は守って頂けるでしょう」


「そうだ。アルム、お前もそろそろ良い頃合いだ。遠縁の侯爵家から令嬢を幾人か見繕ってある。月が替わる前に見合いをしてくれ」


そんなことを話しあう父王と弟のアルムは屈託なく笑みを交わしている。その様は家族らしいのに、つい余計なことを言ってしまいたくなる。


平和であるなら戦争をもたらし、家族でもアンナより先に幸せになる事は許せなくなってしまう。…なぜなのか? 分からないままだけれど。


「アルムに許嫁をですか? まだ18歳… まだまだ未熟で心配です。お相手の令嬢に泥を塗るようなことをしてしまうのでは?」


さもアルムを心配するような顔をして、言外に先に幸せを得るなど許さないと圧力をかけてみせる。それで騙されるような父王ではない。


「アンナ! 控えよ。お前への用は済んだ。部屋へ下がっておれ」


とさっさと玉座の間から出て行けと追い出されてしまう。そんな父王に形ばかりの礼をして、玉座の間を出ていった。王族の前に家族である。だからこその残酷さがそこにあった。



アルムの純朴さは国王に相応しくないが、父王のお気に入りではあった。アンナは父親の狡猾さや計算高い点を受け継いでしまったのかもしれない。だからこそ、父王はアンナではなく、アルムを国王に選びたがっていて……


「アンナ殿下、カール・ゼルトナがお耳に入れたい情報があるとの事です。お部屋にお気に入りの白ワインを用意しましたから」


「そう。部屋に行くから待たせておいて」


侍女の言葉に、カール・ゼルトナの美貌とはかけ離れた容姿を思い出して、荒れ狂っていた気分が凪いでいく。カールの魔物の香りが漂う粗野な雰囲気は嫌いじゃない。


顔立ちは眉がやや吊り上がっている以外は整っているのだろうが、癖のある赤毛とわずかに剃り残された髭やギラギラと輝いている黒い目が獣のように醜くさせている。あの男の話を聞きながらワインを飲めば、爪を噛む癖も納まるだろう。


「それにしても… ローザ・アルバの秘密ってなにかしら…?」


凪いだ気分で改めて、父王の言葉を反芻してみる。ローザ・アルバの秘密とはなんなのだろう? 王家の力をもってしても守りきれたものじゃないとは? だからこそ、大国の皇帝に嫁がせなければいけなかった?


どんな内容なのかは分からないけれど、この秘密を暴いて脅しのネタに使って、ローザ・アルバを亡き者にできるなら、こんなに喜ばしい事はなかった。


侍女の待つ自室へ向かうと、カール・ゼルトナが椅子から立ち上がって出迎えた。この男だけは歪な形になってしまったアンナの爪先を嫌わず、躊躇わずに触れてくる。


「お役目、お疲れさまでした。アンナ殿下」


「えぇ、本当よ。早速、ワインの相手をしてもらうわ」


命令しながらソファに座る。傍に控えた侍女がグラスを用意し、お気に入りの白ワインを注いでくれた。


「お前、汚れ仕事もしてくれるのよね?」


一気にワインを呷った後で、試すように問いかけてみる。


カールはワインを飲む許しは与えられていない為、向かいのソファに座ったまま何も口にせずにいる。その目は獲物を見定めるようにギラギラとしているのに、顔だけは澄ましているままだ。


「命令とあらば、なんでもこなしますよ」


しばらくの沈黙の後、カールは笑みを深めて告げた。嘘はついていないように見えた。どこまで真実かは分からないけれど、でも…


「では、白バラの首を取ってきて頂戴。どうしてもソラーレ帝国へ行かせたくないの。だけれど、そろそろ目障りだわ。ソラーレの皇帝に見初められるなんて… 許せないのよ…!! 忌まわしい白ごときが…!!」


どうしても口に出せなかったことを命令した。どれだけ恐ろしいだろうと思ったけれど、清々しい気分になる。侍女はその言葉が意味することを察して、震え始めるがカールは澄ましたまま何も言わなかった。


「あなたがやるか、私がやるかの違いよ。白バラには落ちてもらわなければいけないわ。この私の為にね!」


言い切ってから、久しぶりに声をあげて笑ってしまう。ヴァイオリン、胡弓、ピアノ… 音楽に秀でていて、アンナも何度か披露する様を見たことがある。だが、憎悪と嫉妬が邪魔して、素直に楽しむこともできなかった。


「ローザ・アルバ姫に懸想なさっている騎士殿がいらっしゃるのですが… その男に投げ与えるというのはいかがでしょう?」


「ダメよ! お前はただあの白バラの首を私に捧げてくれればいいのよ!! 生かしておいたら幸せになるかもしれないわ」


騎士達は見目麗しく剣や魔法に秀でている。そんな男のものになっては慎ましくとも幸せになってしまうかもしれない。そんなささやかな幸せさえ許しがたかった。あの美貌を魔物より醜い様に変えてしまえないのが残念だけれど…


ローザ・アルバの秘密とは何なのか? それだけが気になるが、今は殺してしまえば、全て心の平穏が得られるのだと信じていた。

アンナさん(-ω-;) すみません。前回に続き、ちょっとどうかな?と思う展開が続いてますね。次はローザさんの出番です。えぇ、波乱万丈小説だけど最後はハピエンです(`・ω・´)ゞ お付き合いくだされば幸いです。

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