三話 王女の地位は呪縛となるか
カール・ゼルトナ
身長:190センチ、年齢:不明
赤毛に黒い目、浅黒い肌。世界中を回っている傭兵。その他経歴は不明。
久しぶりに会った妹は相変わらず女神の現身と称えられるに相応しい美貌で。それが余計にアンナの憎悪と嫉妬を駆り立てた。
力いっぱい殴りつけても晴れたのは一瞬でしかなく、無様に泣き喚けばいいのにと内心で呪詛を吐き散らすほど怒りを駆り立てた。
そんなことをするでもなく信頼の目を向けてくる様を思い出す度、消え失せない怒りと憎悪が胸の奥底からあふれ出てきた。…その度、爪が噛む癖が止まらない。
「アンナ殿下… 父王陛下からおしかりを受けますよ」
アンナの悪癖を見かねて、乳母が窘める声も今の彼女には届かない。侍女と護衛騎士の向ける哀れみの目さえ彼女を惨めにするだけだ。
「鞭を持ってくるのだったわ… 平手というのがいけないのよ。あの顔を鞭で思い切り叩いてやればよかったのに」
小さな声で悪口雑言を漏らす。昔からこうだった。アンナ・マルティウスは王女に相応しくない。そう民からも謗られて久しい。
王族に相応しくない爪を噛むという悪癖が止まらず、ついでに悪口雑言を漏らす癖も自力では治せないまま… そんな彼女の性質に相応しいように、女神はアンナ姫から美貌を取り上げたのだと嘲笑する民もいるほどで。
「父上は無理して今日届けなくてもいいと言っていたけれど… 聖女が何だっていうのよ。国を支える人柱だっていうなら、さっさと心臓を抉りだして殺してしまえばいいのに… 生かしておくからいけないんだわ」
呪いに近い悪口雑言を漏らす様は民から嘲笑を浴びても仕方ないほど暗く惨めで、真紅のバラをモチーフにしたドレスがいっそ哀れに見えるほどで。
そんな王女らしからぬアンナの様子を、哀れな侍女と護衛騎士は顔を見合わせて互いに苦笑し、聞こえないフリをするのが昔からの慣例だった。
うっかり父である王に報告しては、アンナが惨めに宰相や貴族達の前で叱責されるだけだから。王はひどい潔癖症で、アンナの爪を噛む癖をなにより忌み嫌っていた。
そもそも、王位継承権第一位の姫がこんな陰湿な性格だったなどと… どうしてローザ・アルバ姫のような誰からも愛される穏やかで優しい性格に産まれられなかったのかと常日頃から嘆いていた。
一人の父親としても王としても、こんな有様では嫁がせることもできないと考えていたのかもしれない。だからこそ、皇帝の急な相手の変更は渡りに船と賛成したのだろう。
なにしろウェール王国の軍事力ではとてもソラーレ帝国に勝つことなどできないのだから。それを王女一人差し出すことで友好を結び、自治を保障してくれるなら安いものだった。…国を支える聖女だったとしても。
「そろそろ城に着きますわ。陛下に親書を届けたことを報告なさらなくては… アンナ殿下」
「分かってるわ! 報告を済ませたらワインを用意させて!」
「畏まりました。南の友好国から取り寄せた上質な白ワインがありますわ」
侍女が心の慰めになるように言ってみるが、最早、聞こえていない。頭の中にあるのはローザ・アルバ姫の輝くような美貌と白バラをモチーフにした白と金のドレス姿で… 流れるような白髪に淡いブルーの目と白磁の肌…
輝くばかりの美貌を誇るローザ・アルバ姫がなにか特別な悪口を言ったとか、理不尽なことで罵ったとか、そういう事ではないから余計に惨めにさせた。
彼女はいつ会っても落ち着いている。一貫して心優しく、アンナにも姉妹らしく振舞ってほしいと心を砕いてくれている。…巨大帝国の皇帝が正妃に求めても驚かないほどに。
肖像画が送られてくる寸前の破談だったので、詳しい容姿は知りようもなかったが、若く美しい皇帝だというのは噂で知っていた。とても信じる気にはなれなかったが、おそらく事実だろう。
そんな若く美しい皇帝の隣に並ぶはずだった。形ばかりでも正妃… いや、皇后として。皇后として与えられるティアラは、アンナの高すぎるプライドをどれだけ満足させただろう。
小国の女王として生きるよりも、巨大帝国の若く美しい皇帝へ皇后として嫁ぐ方がアンナの望む人生にうってつけだった。
「アンナ殿下… お初にお目にかかります」
聞き覚えのない男の声で我に返ると、侍女の案内で正面玄関から王の待つ玉座の間へ向かう最中だった。その間、ずっとローザ・アルバ姫のことを考えていたのだと分かり、爪を噛むことができないので舌打ちした。
それから、呼び止めた男の方へ顔を向ける。そこにあったのは癖のある赤毛に黒い瞳、浅黒い肌をした精悍というより野蛮な雰囲気を隠そうともしない顔だちをしていて。
「控えなさい! アンナ・マルティウス殿下は陛下にお会いする所なのですよ」
「いいわ。ちょうど荒んだ気分だったの。慰め程度でも役に立ってくれそうだもの。話を聞いてあげる。手短に済ませるのね」
芝生の覆われた地面に跪く男を遠慮なく見下ろして、命令を下す。美しさからかけ離れた様を見下ろしているだけでローザ・アルバ姫のことを忘れられて、幾らかでも心が凪いで落ち着いていく。
「私はカール・ゼルトナと申します。私をお役に立ててくださいませんか?」
「何ができるの?」
「世界中を旅してまわりましたので、色々と知っているつもりでございます。それに多少の汚れ仕事も引き受けて参りました」
足を止めて少し考えてみる。美貌からかけ離れた容姿と黒一色の略装に包まれた体は鍛え上げられていて、腰に携えた剣は使い込まれている。…諸外国の話を聞いてみるだけでも慰めにはなりそうで。
「いいわ。お前を雇うことにしましょう。専属の警備兵としてね。父上に報告を済ませたら、ワインの相手をして。くだらない冒険譚だったらごめんよ」
「感謝いたします。では、私のとっておきのお話をお聞かせいたしましょう」
男はそう言いながら野心たっぷりに微笑んで見せる。そんな男から漂う微かな魔物の血の匂いに顔をしかめて、
「この男に風呂を用意してあげて。適当に服を見繕って差し上げて」
と傍に近づいてきた適当な侍女に命令した。
「畏まりました。アンナ殿下はこのまま陛下の下へ急がれますように。陛下がお待ちです」
「分かってるわ」
…久しぶりに爪を噛まずに済みそうなほど、心は凪いでいた。この男のように自分より醜いものを眺めている時間だけはアンナを心穏やかにしてくれたから。
妹であるローザ・アルバ姫を憎んでいるのに、肖像画にさえも触れたくないのに、王家のたった一人の王女であるために会いに行かざるを得ない。
女神ペルセフォネの神殿へ行き、聖女ローザ・アルバ姫に触れることができるのは未婚の娘でなければならないから。時代と共に簡略化されているといっても、王族となるとそうもいかない。徹底的に守らなければならない。
それがアンナに悪癖を芽生えさせ、悪化させていたとしても。…王女という自由のない地位が彼女を歪ませ、更に王女らしくない振る舞いをさせていても。
アンナさん(-ω-;) ちょっとどうかな?と思いますが… ローザと対照的ですね。
この方はどうなるんでしょう。プロットは既にできているんですけど、その通りに進んだ試しはありませんのでね(´・ω・)(・ω・`)ネー 最後までお付き合いくだされば幸いです(`・ω・´)ゞ




