二話 姉妹とも思えぬ姉のもたらす親書
アンナ・マルティウス
身長:165センチ 年齢:23歳
長く伸ばした黒髪に黒い瞳、白磁の肌。凡庸の域を出ない容姿なのでローザと比較され続け、いつしか彼女に憎しみを抱くようになった。憎悪と嫉妬しか抱いていないので、会いに来ても目線さえ合わせない。両親の愛情には恵まれなくても、傍仕えや乳母から惜しみなく愛され、民からも愛されているローザのことは憎くて仕方ない。王位継承権第一位。
魔力を使い果たした私は、翌日になってもベッドから起き上がることを許されなかった。
「当然ですわ。聖女様が魔力を使い果たすほどの重傷患者を癒されるなんて… 父王陛下にも恥ずかしくて報告できない事態でございます! せめて今日だけでもベッドでゆっくりお休みくださいませ」
と説教を延々と聞くことになってしまって。普段は苦行でしかないベッドでの療養も、この日だけは違っていた。記憶の中に残っているのはレナートとしか名乗らなかった美青年の謎めいた言葉で。
低く柔らかな声で私だけに聞こえる声で告げた。聞き間違いや記憶違いなんかじゃない。確かに言ったのだ。私を待っていたと… どういう事なんだろう。
「先日、神殿へ侵入していらした方々はどうしているの? 傷が無事に塞がっているといいのだけれど」
少しためらってから、わざとレナートと名乗られたことは隠したままで問いかけてみる。頭蓋骨がひび割れるほどの重傷というのは見たことがない。私一人ではどうにもできない状況だった。
…何をどんな魔物に襲われれば、あのような重傷を負うのか。
「その方々でしたら、神殿の客室にてお泊りですよ。護衛騎士達が問い詰めましたが、身分さえ明かさない有様で… えぇ、無礼にもほどがありますわ!」
侍女は怒りを隠そうともせずに答えた。確かにうわべだけを見れば、そう思われても仕方ないだろう。神殿の結界を破って出ていけるだけの魔力を秘めていながら、名乗りもしないだなんて… 何か深い事情があったのかもしれない。
「あまり深く詮索するものでもないわ。怪我を負った方が助かってよかった。今はそれだけを喜んでいましょう。神殿を死で穢すこともなかったのだし…」
「ローザ様はお優しすぎます。あのような侵入者にも治癒魔法を施されるなんて! ディルクルム様にお願いして、警備を強化して頂きましょうね」
私の言葉にそう返して、侍女は私に薬湯を差し出す。ただ魔力の回復ならこうして休んでいるより他にないのだけれど… そう分かっていても何かせずにいられないのは彼女なりに思う所があるからなのだろう。
「ありがとう。これを飲んだら休むわ。今は動くことも面倒なのだから」
「そうして下さいませ。今日のお務めはすべてキャンセルしてありますし、昼餉は何か食べやすい物にするよう命じてありますから」
そう告げた侍女に下働きの老婆が部屋に入ってきて、私に一礼してから歩み寄る。すかさず気付いて私から離れると、
「どうしたの? 身分のない者はここへは入ってはいけない決まりになっているのに」
すでになにかあったと察したのだろう。侍女の顔が険しくなる。老婆はひどくしわがれた声で、
「王城から緊急の遣いです。今すぐにアンナ・マルティウス殿下がどうしても陛下からの親書をお渡ししたいと… 客室にてお待ちです」
と少し震える声で告げた。それから部屋の隅に控える。頑なに私を見ないようにしているのは色素を持っていない私が恐ろしいからか、身分の違いを分かっているからか。少し複雑な気分になっている私に気付かず、
「その事ならお断りしたはずなのに… ローザ様の具合もお伝えしたはず。陛下はなにをお考えなのでしょう」
と侍女は不思議そうに首を傾げた。私はベッドから身を起こしたままで、
「親書を受け取るだけならすぐに終わるはず。すぐに支度しましょう。ここで話し合っていてもどうにもならないもの」
とアンナ姉様に会うことを告げた。侍女は少し心配そうな顔をしたけれど、すぐにドレスとアクセサリーの支度をするように老婆へ命令した。
「ローザ様は支度が整うまで休んでいらしてください。アンナ殿下もローザ様の具合がよろしくないのはお判りのはずですし」
とベッドから無理やり起き上がろうとしていた私を連れ戻した。
仕方なく私はベッドの上で微睡みながら支度が整うのを待っていた。これから現れるのがレナートという青年だったら面白いのに。そんなありえない事を考えながら。
それから白と金を基調としたドレスとアクセサリーで飾られて、アンナ姉様の待つ客室へ向かった。あまり会いたくはなかったけれど…
◆
客室でどれだけ待っていたんだろう。アンナ姉様は苛立ちを隠すこともなく、昔からの悪癖である爪を噛んでいた。それから、私を見るなり、
「相変わらず煌びやかな白だこと…!」
軽蔑を隠そうともせずに吐き捨てた。
それから、侍女を通じて父王陛下からの親書を手渡す。本来は直に渡さなければならない決まりだったはずなのに、それを無視してでも触れたくないらしい。昔からで、慣れてしまったけれど。
黒髪を長く伸ばし、黒い瞳をした典型的なウェール王国の民らしい姿に羨望を禁じ得ない。あまり民からの評判が良くないというのは聞いているけれど。
「アンナ姉様、ソラーレ帝国の皇帝陛下とのお見合いがあったのでしたね」
緊急の場合はその場で開ける決まりになっているので、王の紋章が刻まれた親書を開きながら雑談の気分で話しかけてみると、
「その事だけれど、破談にさせられたわ。えぇ、相手が変わったのよ。聖女であるあなたにね!!」
信じがたいことを吐き捨てられる。その黒い瞳に宿っているのは間違いのない憎しみと嫉妬で。愛されているなんて思ったことはないけれど、憎まれるくらいだったなんて信じられない。
「お見合いが破談…? ソラーレ帝国皇帝のお見合いの相手が私…? 嘘です! 私は女神ペルセフォネを国につなぎとめる為に必要な聖女です! 国の外へ出ることも神殿の外へ出ることも許されないはずでは…?」
答えながら自然と涙が滲む。こんなに唐突に当たり前だった日常が打ち砕かれるなんて思ってもいなくて。だけれど、そんな私に与えられたのは…
「うるさいのよ!! 忌まわしい白ごときが、喚かないで…!!」
意味のない罵りと力いっぱいの平手打ちだった。その勢いと衝撃で床に座り込んでしまう。
「ローザ様!! アンナ殿下、このなさりようはあんまりです! そもそも事実なのですか!? ローザ・アルバ様はウェール王国の安寧と平和を祈り続けていますのに…! どうしてソラーレ帝国へ嫁ぐだなんて…!」
「喚かないでほしいわね! ソラーレ帝国皇帝の要望を組んだ父上の命令なのよ。どうしようもないわ…!! せいぜい醜い老人ではないことを役立たずのペルセフォネ神に祈っておくことね!!」
憎悪を隠そうともせずに吐き捨てると、アンナ姉様はさっさと部屋を出て行ってしまった。取り付く島もないとはこの事で。代わりにアンナ姉様の護衛騎士が申し訳なさそうな顔で深々と礼をしていく。
その後ろ姿を眺めながら涙が溢れた。どうして? なぜ? そんな疑念ばかりが頭の中を巡ってしまう。
今日まで当たり前だった日常がこんなにあっさり打ち砕かれてしまうなんて…
「どうかしたのかい? 連れが目を覚ましたんで、俺達はそろそろお暇をしようと考えていたんだけれど… アンナ・マルティウス殿下が狂ったように笑っていたよ」
客室に入ってきたのは銀髪に護衛騎士の略装を貸し与えられたレナートで。
「銀髪のお客様…! アンナ殿下がローザ様に酷い八つ当たりをなさったのです! お見合いがお相手の都合で破談になったのは哀れに思います。ですが、ローザ様にはなんの関係もありませんのに…」
そう言いながら赤く腫れ始めていた私の頬に治癒魔法を施し始める。レナートは私の傍に跪きながら、
「それでか… マルティウス家がたった一人生まれたペルセフォネ神の現身と言われる純白の姫を忌み嫌っているというのは、事実だったんだね」
大きくて爪の先まで整えられた手でそっと頬に触れた。…ただの冒険者の手がこんなに整えられているものなの? 爪まで宝石のようだなんて。
「マルティウス王家がどれだけ純白の聖女様を忌み嫌っているのかはよくわかった。だけれど、ソラーレ帝国の皇帝がどうしてあなたを選んだのか? そこだけは信じてあげてほしい。ただの政略結婚ならアンナ殿下で十分のはずだよ」
「ソラーレ帝国の皇帝が…? あなたは何を知っているのですか?」
見上げた先にあるのは鮮やかな紫色の目で。指先でそっと私の目じりから溢れる涙を拭いつつ、威容さの香る様子で優しく微笑んでくれる。…ソラーレ帝国の皇帝がどんな人であるか? ただ美しい方だという以外、何も知らない。
けれど、まさか…? いいえ、そんなことはあるはずない。
「今はそれしか言えない。君は君の意思で道を選ぶ力がある。その力でソラーレ帝国の皇帝を見定めるといい。俺はそう思うよ」
「ウェール王国の自治を守る為の犠牲になるのではなく、ですか?」
「政略結婚、という割に相手を指定してくるなんて。珍しいと思わないかい?」
悪戯めかして笑いながら言われたことに絶望していたのも忘れてしまう。
確かに、そう言われてみるとそうかもしれない。神殿から出ることを許されない聖女を望むなんて、なぜ? どうして? アンナ姉様では満たされないなにかがあるから? それが何であれ、私にできるのは…
「物珍しさだけであるなら神殿を訪れれば済むはず。何か真意があるというなら、私は私の目で見定めたいと思います」
「そう。あなたにはそういう強さがあるんだよ。俺にはそれが判るんだ。大丈夫、その強さであなたはあなただけの人生を選んでいくことができるから」
そう言うと、レナートは黙って部屋を出て行ってしまう。後を追いかけた時にはすでに姿を消した後で。私には後を追いかける術なんてないから、どうしようもなかった。
「ローザ様! 銀髪のお客様がお連れの方と共に消えてしまわれました」
「そうですね。きっと国へお帰りになったのでしょう。後を追いかけるだけ無意味です。やめておきましょう。今はお見合いの準備をしなくては…」
部屋へ入ってきた護衛騎士にそう命令すると、私は着替えてベッドへ戻ることを侍女に伝えた。
なにが待ち受けているのか? それは分からないけれど、王命とあれば逆らうことはできない。ただそれだけで生涯を犠牲にすることもしたくない。自分の人生は自分で決めるものだと、レナートは教えてくれたから。
ただの政略結婚で、単一民族の国であるウェール王国にあってたった一人の白である私を性欲のはけ口にする為だけだというなら、私は……
内心で硬く決意して、私は今日という日をゆっくり休むことにした。
お待たせいたしました。ローザさん(-ω-;) すみません。最後はハピエンですので! ちょっと波乱万丈かもしれませんが… お付き合いくだされば幸いです。感想くだされば幸いです(`・ω・´)ゞ




