エピローグ アンナとディルクルムに与えられた罰
聖女である私へ明確な殺意を向けたアンナ姉様へ、父王陛下は厳罰を科した。王位継承権をはく奪の上、王城の北の塔へ一生を通じて閉じ込めておく… という罰だ。
もう好きな時にワインを楽しむことも、お気に入りの醜い顔をした者達を好きな時に呼びつけることもできない。一生、薄暗い塔の中へ閉じ込められる。その衝撃に耐えられなかったのだろう。
「ローザ… いつか殺してやるんだから…! カールなんて得体のしれない男、役に立たないわ…!! 私が手ずから殺さないと…」
父王陛下からそう告げられた時、アンナ姉様の時は止まってしまっていた。私を殺す計画を企てた時に戻って…
「アンナ姉様…! 私は、ローザはここにいますよ。どうかお心を取り戻してください! 一生、そのままでいるおつもりですか?」
部屋の隅に用意された使い古された木の椅子に座ったまま、ブツブツと私を殺す術を呟いている。…延々と爪を噛みながら。
「ローザ、もういいだろう。神殿へ戻りなさい」
後ろから声をかけてきたのは父王陛下で、発狂してしまったアンナ姉様のことを哀れみのこもった眼差しでチラリと見たけれど、声をかけることはなかった。
「お父様… こんなのはあんまりです。一生、誰かを恨み、呪い続けるだなんて。せめて、恨みから解放して差し上げることはできないのですか?」
「それがアンナの選んだ幸せなのだ。もう放っておくことしかできない。お前は婚儀の支度もある。レナート殿の所へ戻るといい」
父王陛下はそう言いながらもう一度だけアンナ姉様のことを見やった後、侍女に命じて牢獄から連れ出すように命じた。
「レナート…? っはは、あはは! そうよ。あの男のことも殺してやればいいんだわ。この私を皇后に選ばなかったんだから…!!」
私は侍女に促されて牢獄を出ていきつつ、アンナ姉様のことを振り返る。粗末で冷え切った牢獄の中、アンナ姉様は開放的な様で笑っていた。それから、誰にとがめられることもなくなったせいだろう。
また木の椅子に座り直しながら爪を噛み、私への呪いの言葉を吐き散らして… 一生を通じて、あのまま時を止めたままでいるつもりなのだ。
「私は、私という存在の為にどれだけの人を不幸にしてしまうのでしょう。…私の罪が恐ろしくてなりません」
牢獄を出ていきながら思わず漏らす。私を妹に持たなければ、こんな惨めな人生を生きることもなかったのに。けれど、
「ローザ様、そこまでお気になさることはありませんわ。アンナ様は自らの意思で罪を犯されたのですから」
侍女はむしろ私を哀れみつつ、告げた。父王陛下もその言葉に頷き、
「そうだ。お前を妹として愛する道もあったのだ。それを選ばず、お前を憎む道を選んだ。それもまた自由の中で選んだ道の果てなのだぞ」
と、哀れみのこもった眼差しで見下ろして告げた。それだけじゃなさそうに見えるのは気のせいなのだろうか。
牢獄の扉が閉じられる寸前で、私はもう一度アンナ姉様のことを振り返った。彼女は木の椅子に座ったまま、ブツブツと私への呪いを吐き散らしていた。もう誰に咎められることも、誰かに遠慮することもなく、自由に。
…それがアンナ姉様を見た最後だった。
◆
ディルクルムに言い渡されたのは騎士の地位剥奪の上、国外追放という罰で。カール・ゼルトナも客人としてのあらゆる地位と権利を失い、ウェール王国からの永久追放という罰が与えられた。
…爵位を持っていない上、孤児院出身であるディルクルムへの罰にしては軽いと言わざるを得ない。首が物理的に飛ばされることも覚悟の上だったのだが。
「どこへ行くんだい?」
護衛騎士として長く暮らした騎士の寮から出ていく時、不意に呼び止められた。振り返ると、そこには皇帝としての略装姿のレナート・アエテルヌスが立っていて。後ろにはソラーレの正装を着た騎士が立っている。
「レナート陛下… 俺を哀れみに来たのか?」
思わず用意してもいなかった恨み節が出てくる。だが、今日くらいは許されるだろう。ディルクルムはこの男に敗北したため、故郷を追い出されるのだから。けれど、この男を苛立たせることにさえならず、
「ただの見送りと差し入れだよ。運命の女神が微笑んだのは偶然にも俺で、君ではなかった。それだけの話だからね」
といくつかの薬草を詰め込んだ小さな革袋を手渡す。革袋はソラーレ帝国の紋章が刻まれていて、自分に使っている物を分け与えたのだというのが理解できた。…その優しささえ、恨めしく感じるけれど。
「どうするんだい? これから」
「どうもこうもない。俺は魔の森を抜けてオルトス地方を目指すだけだ。ローザを守ることさえ忘れた俺に相応しい死に方ができると良いがな」
「あそこは死に場所には最悪の場所だよ。俺とここにいるアランは魔の森で手痛い仕打ちを受けたからね。こんな薬草など擦り傷を癒す程度でしかない。潔くきれいに死ねるなどとも思わないことだ」
そう告げた顔は引き締められていて、魔の森がどれほど恐ろしいのかを語っていた。もしかしたら、本当に心配してくれているのかもしれない。
そう勘違いさせるほど、この男は慈悲深く見えた。同じほどに何を考えているのか分からないとも言えたが…
「俺自身が君の生きがいになろう。いつか復讐をしに来るといい。どこへ行っても我が帝国の噂は聞くだろう。いつか国が腐敗し、ローザ姫が苦しめられていると判った時、この首を取りにくると良い。いつでも待っているよ」
意外すぎる言葉だった。自ら命を危険にさらしてでも生きる目的を与えるなどと… だが、同時に殺されないだけの覚悟もあるのだろう。だからこそ…
「皇帝らしい傲慢さだな…! だが、当面の生きる意味にはなるだろう。判った。どこへ行っても俺はあなたを狙っていよう。ローザ姫をあなたから解放する為に。あなたこそが幸せを奪っていると知った時、その首を狩れるように」
「それでいいのさ。君にはそれが相応しい。死に急ぐなど愚か者のすることだからね。生きて強くなることだよ。ディルクルム・ラスヴェート」
そう言うと、剣を腰に佩いているディルクルムの前で背を向けてみせる。だが、どれだけ凄まじい強さを秘めているかは俺がよく知っている。そして、歯が立たなかったことも思い知らされた。
だからこそ、ディルクルムは黙って見送るしかなかった…… いつか再会する日の為に。いつ来るのかは分からないし、来ないかもしれなかったが。
第一部がこれで終わりになります(-ω-;) 聖女らしくできなかったかな。その辺りは第二部に持ち越しですね(`・ω・´)ゞ ラブ分も含めて! お付き合いくだされば幸いです。




