九話 月明かりで暴かれる憤怒と嫉妬
神殿の敷地内を馬で駆け抜けると、警備兵に混じって馬に乗ったレナート・アエテルヌスと護衛騎士達が待ち受けていた。
「どけ!! 俺はローザ姫を自由にしたいだけなんだ!!」
「そうはさせないよ。なにしろ俺の花嫁なのだからね…!!」
そう返したレナートの着ている白銀の鎧が月明かりに照らされて、淡く光った。…目線があったと感じた途端、胸の奥底がドクリと脈打ち、憤怒にも似た感情が心の奥底から突き上げてくる。…明確に殺意が湧いた。
「馬を狙え!! ローザ姫を無傷で守るんだ!!」
警備兵と護衛騎士達へ命令しながら、自身も剣を抜いて馬を駆り、まっすぐにディルクルムを追いかけてくる。
「ローザ姫の心はいつだって自由だった!! だからこそ、俺の護衛を癒してくれたんだ…!! 自由な中にあふれんばかりの優しさがあったから…!」
「いいや! それは違う!! そんな偽りの自由に何の意味がある!? 俺が自由であるように、ローザ姫も自由であるべきだ!!」
馬上で激しい剣戟を繰り広げながら、舌戦を同時に繰り広げてしまう。馬から引きずり降ろされても止められない。
ずっと好きだったローザ姫、ずっと打ち明けずにいるつもりだった思慕。文字通り聖女そのものだった彼女を、軍事力と権力でただの女に貶めてしまうのが許せなくて。だけれど、この上なく羨ましくもあって。
「俺に権力があれば何か違ったのか!?」
「否定はしないよ。だけどね。ローザ姫の心を射止められなかったのは君が臆病だったからだ!! 臆病者の君はただ黙って見詰めていることが精々だったのさ!!」
幾度目かに切り結びながら痛い所を突かれて逆上し、はっきりとした殺意を抱く。神域のように扱うだけで勝手に満足して、彼女の真意など欠片も考えてはこなかったからだ。
「貴様に彼女のなにが判る!? ウェール王国の象徴なんだぞ!! 一国の皇帝ごときが手にしていいわけがないだろう!? 永遠に聖女であるべきだ!」
視界の端に馬へ取り残されたローザ姫が女騎士の手で救出されている。そんなことも頭に入らないほど怒りに狂っていた。この男を殺したい。それしか考えられなくなっていて。
「残念なことに俺はほしいと思ったものは迷わない主義なんだよね!! 何を代償にしようと、必ず手に入れる…!! それが一国の象徴であってもだ!!」
二人のすさまじい剣戟を警備兵と護衛騎士達が固唾をのんで見守っている。神殿の外へ出たこともないローザ姫でさえ、声を掛けられずにいる。そんな中、黒一色の魔物めいた何が森の奥から風のように駆け抜けて、一直線にローザ姫へ襲い掛かり…
「ローザ!!」
叫んだのはディルクルムではなくレナートで。ディルクルムがローザ姫の方を振り返った時にはローザはレナートに庇われていた。
「邪魔よ!!」
狂ったように叫びながら短剣を振り回しているのは、アンナ・マルティウスだった。黒一色の粗末な服を着ているが間違いない。
「アンナ姉様! どうしてそこまでなさるんですか!?」
「ずっとこうしたかったのよ!! お前さえいなければ、私は皇后になることができたのだから!! 命令しても失敗ばかりで信用できない。それなら私が自分でやればいいんだわ…!!」
ローザだけを狙って短剣を振り回しながらも、叫ぶさまは狂気に囚われているとしか言いようがなかった。
「あなたとのお見合いを断ったことは申し訳ないと思っているけれどね… だけれど、ローザ姫への数々の仕打ちだけは許せないな…!!」
初めてレナートが怒りを微かに露にしたと思った途端、アメジストの目が金色に輝き、短剣が融け落ちて地面に落ちた。
「アンナ・マルティウス殿下を捕えよ! 聖女の殺害未遂だ!! この場にいる全員が証人である!!」
レナートの怒りをむき出しにした命令で護衛騎士と警備兵達が動き出し、尚も呪詛めいた言葉を吐き散らす彼女へ一斉に襲い掛かり、機械的に捕えていく。
「ディルクルム・ラスヴェート、聖女ローザ・アルバ姫様の誘拐未遂により、同行して頂きます」
護衛騎士の一人が近付いて剣を取り上げる。だが、曖昧に頷くこと以外、何もできなかった。なによりも大事に思っていたローザ姫を挑発されてのこととはいえ、忘れ去ってしまっていたなどと…
好きだったはずなのに、彼女の危機の際に反応できず、レナート・アエテルヌスへの殺意に思考を完全に支配されてしまっていたなどと……
「カール・ゼルトナ、ローザ・アルバ殿下への誘拐未遂と殺害容疑の最重要参考人として同行してもらうぞ!」
「はいはい。分かってますって… それにしてもとんだ王女様だぜ。俺に命令しただけじゃなく、自分で殺そうと動き出すだなんてなあ」
「詳しいことは城で聞く! 黙っていろ!!」
カール・ゼルトナが警備兵に剣を取り上げられ、連行されながら愚痴めいたことを吐き捨てている。身分に守られていない彼には重罪が課されるだろう。…爵位を持っていないディルクルムも同様に。
そう考えてみても仕方ないと思うだけで後悔などしていない。それよりも、視界の隅でレナートに抱き上げられているローザ・アルバ姫の方が気にかかった。
「ローザ姫… 俺は……」
好きだったなどと、どの口で言えるのかと考えてしまう。
「ディルクルム、あなたの幸せを祈っていますから」
レナートの腕に守られながらも、ローザ姫が微笑を浮かべながら告げた。…どれだけ努力してもディルクルムではこれがやっとだった。けれど、レナートの前では違う。一人の女として心から寛ぎ、笑う事が出来ているのだろう。
「ありがとう。あなたを幸せにしてみたかった。それだけが俺の望みだったから」
そう告げて、城への連行を急ぐ護衛騎士に従った。それがローザ・アルバ姫と最後の逢瀬だった……
お待たせいたしました( ^^) _旦~~ ちょっと地味かな(-ω-;) アクション苦手なんです。活字の世界で動きを表現するのだけはね。克服できません。第一部の終了が見えてきました(`・ω・´)ゞ 第二部はもう少し甘くなったらいいな(´・ω・)(・ω・`)ネー お付き合いくだされば幸いです。




