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第8話 2年後、10歳 2

ロビンの訓練は初日ということで、まずは木刀を持ち、素振りを100回程度行ったところで一旦終了となった。


体の大きさに合わせて短く軽くした木刀にもかかわらず、セイラスの腕はパンパンになっていた。


なお、ノエルは涼しい顔をしている。

ロビンからも筋が良いと褒められていた。


なお、セイラスは逃げなかったことを褒められた。


「まず、剣はかならず毎日振るように。1日さぼれば、取り戻すのに3日はかかる。継続することは、必須だ。もしこの先、違う武器を選ぶとしても、それは変わらない」

「はい」


訓示は完全にノエルのみに向けている。

セイラスに対するくだけた口調ではなく、指導者としての厳しい態度で臨んでいる。


……確かに、そもそもセイラスは護衛対象であり、中途半端に戦う力を持つ必要はない。


それよりも、同じ屋敷に常に居り、普通の子どもとは思えないノエルを鍛えてセイラスを守ってもらうほうが妥当だ。


「あと、これはまだ早いかもしれないが……戦いは、決して1対1とは限らない。目の前の敵だけに気を取られないように。特に今の実力であれば、セイラス様を逃がす時間稼ぎをするのが精一杯だと思うが、逃がした先に敵がいたら本末転倒だ」

「……はい」

「常に周囲に注意を向けること。後ろから来るかもしれない。横から来るかもしれない。足元に何かあるかもしれない。ありとあらゆる可能性を考えるんだ」

「はい」

「それに、魔物は正々堂々正面からくるとは限らない」

「……」

「だから、『気配を感じる』ことができるようになれば、生き残れる確率はぐっと上がる」


ノエルは黙って聞いている。


「気配か……そういえば前に、敵意を感じない、とか言っていたな」


横から口を出したセイラスに、ロビンは答える。


「ええ。似たようなものです。目で見えるものだけじゃない。音、匂い、空気の動き」


ロビンは少し考えた。


「あとは……直感ですかね」


言語化できない感覚なのだろう。バツが悪そうに、ロビンはそこで説明を止めた。


セイラスは考え込む。


気配。敵意。あるいは殺気。

そういったものを感じられるようになれば、それは間違いなく役に立つはずだ。


ロビンの訓練が終わった後、セイラスがノエルに話しかける。


「どうだった?」

「剣のことについては、まだわかりません。でも、戦う力が必要なのは間違いないと思いますので、続けようと思います」

「あとは、最後の話だね」

「……気配、ですよね。どうやったらわかるようになるんでしょうか……」


セイラスは、ふぅ、とため息をつく。


「ノエル。キミにはあの力があるだろう?」

「……っ、そうですね。その手がありました!」


セイラスは、なんでまずそれが思い浮かばないのか、と不思議に思った。


しかし、それは仕方のないこと。


セイラスはエーテルが視えているため、ノエルの異能がとてつもない可能性を秘めているものだということがわかる。

反対に、ノエルにとっての異能は、『セイラスの言った通りのことをすれば、何かができる力』という認識だ。

エーテルが見えないノエルには、なぜそうなるのかの過程がわからず、セイラスの言った通りになったという結果のみ。


二人の認識には、ややズレが生じていた。


「とりあえず、やってみます」


ノエルは目を閉じる。


周囲に存在する『はず』のエーテル。

しかし、ノエルにはそのエーテルを知覚できない。

そのうえで、どうやってエーテルを使って気配をわかるようにすればいいのか。


「………」


しばらく考えるが、思い浮かばない。

助けを求めるようにセイラスを見ると、彼もまた思案していた。


さすがにノエルに丸投げというわけにはいかない。


(気配……気配か。そもそも何なんだよ、気配って)


説明できない曖昧な感覚を、異能でどうにかしろ。

我ながら、ノエルに無茶を言ったなと後悔する。


「いや、待てよ……そうか! 気配を感じる必要はないんだ!」

「え? どういうことですか?」


突如声を上げたセイラスに驚きつつ、ノエルが尋ねる。


「気配を感じようとするのは、あくまでも手段なんだ。そう考えると、簡単な話だ。周囲に敵がいないか、を調べればいい」

「……なるほど、そういうことですね」


ようやく迷路の出口が見つかり、ノエルはほっとする。


「それでは、この屋敷の周りに危なそうな生き物がいるか調べてみます」

「!! ダメ、それはダメ!」

「ど、どうしてですか?」


突如、すごい剣幕で止めに入ったセイラスに驚く。


「『生き物』なんて漠然とした対象だと、そこら中の虫やら草やらも全部含まれるかもだよ。頭が割れちゃう」


過去に似たようなことをして、死にそうな目に遭ったセイラスが忠告する。


「この屋敷の周りにいる人間がどこにいるか、ぐらいがちょうどいいんじゃないかな」

「そう……なんですね。ありがとうございます。まずはそうしてみます」


セイラスに言われた通りに、人間のみ探すことにする。

ただし、人数だけではなく場所もわからないと意味がない。


少し考えて、ノエルはこう念じた。


(この屋敷の周囲にいる人間が、どこに何人いるか。敷地の場所やどの部屋にいるかなどを、私の頭の中にイメージをください)


すると、頭の中に屋敷の外観と、光る点のようなイメージが浮かぶ。


「あっ……すごい!」

「え、ど、どんな感じ?」


エーテルは視えても、ノエルの頭の中は見えないセイラスが、興味津々で聞いてくる。


「そうですね。今、私の頭の中にこの屋敷全体が見えるようなイメージが浮かんでます。光る点があるのですが、これが人のようです。今、屋敷の中には書斎に二人いるだけです」


間違いなく、セイラスとノエルだ。


「門のあたりに二人。これは門番をしていただいている方たちですね。駐屯用の小屋には7名、この中にロビンさんもいるかもしれません。塀の外を歩いている二人は、おそらく見回りの人で……あれ?」


そこで、違和感に気づく。

屋敷の塀の中。庭の隅に1人、反対側に1人の反応がある。


その意味に気づいた瞬間。


背筋に冷たいものが走った。


「セ、セイラス様……」

「どうした?」

「庭の隅に2人……だれかが、います……」

「……! そう、か……」


セイラスは一瞬ビクリとしたが、焦らずに少し考える。


「ノエル、今キミの中に有るイメージで、僕達2人に敵意……攻撃する意思とか、そうしたいと思ったり、実行したりする可能性のある人はいるか、確認できる?」

「あ、はい。試してみます」


言われた通り、もしそういう人間がいるのであれば黄色い点になるよう、念じてみる。


結果として、今庭にいる誰かは、白いままだった。


しかし……。


「庭に入ってきている2人は、該当しませんでした。ただ……」


口ごもるノエルに先を促す。


「ただ、何かな?」

「……敵意あり、となった人が、駐屯小屋に、3人、います……」


ノエルが告げた言葉を聞き、セイラスは目をつぶる。


わかっていた、つもりだった。


自分は非常に複雑な立場で、母は暗殺されるほど、敵が多い。

だからこそ、自分はこの屋敷に閉じ込められているし、見張られていると。

頭では理解してはいた。


しかし、こう明確に突きつけられると、やはりショックは大きかった。


「セイラス様……だ、大丈夫なのでしょうか……?」


ノエルが不安そうに聞いてくる。


無理もない。


莫大なエーテルを持ち、子ども離れした身体能力を持っているとはいえ、ノエルは喧嘩すらしたことのない、10歳の女の子だ。


セイラスも同じようなものとはいえ、巻き込んだのは自分だ。

自分が落ち着かないと。


「とりあえず、いまのところは何も起きないから安心していいよ。庭にいる2人は、敵意がないなら、多分僕たちを見張っている人だ。何かをしてくるわけではない」


自分に言い聞かせるように、ノエルに説明する。


『敵意』と判断される根拠がわからないので、実際はどうなのかわからない点については伏せておく。


「駐屯所の3人も想定の範囲内かな。母は味方も多かったけど、敵も多かった。お金もたくさん持ってたから、それを狙ってる人もいると思う。でも、そうじゃない人も多いから、僕のことを狙ってても、どうこうはできないよ」


あくまでも安心させるためにそう伝える。

しかし、それなりに付き合いの長くなってきたノエルには、セイラスが隠している不安は見通されていた。


「そうなんですね。安心しました」


それでも承知の上で、ノエルはそう答える。

セイラスもまた、恐れているのを感じ、ノエルは逆に覚悟が決まっていくのを感じた。


ノエルが助けられた時。

セイラスはノエルのことを『希望』だと言ったではないか。

そして自分は類まれな力を持ち、今では身体能力は常人を超えている。


確かに、実戦の経験はない。

だれかと戦ったことはない。

ただ、持っていた……いや、セイラスに見出され、育てられたこの力はきっと本物だ。


であれば。


この力は、この人を守るために。


「害がないなら、放置しておくということでいいのですね?」

「あ、うん……そうだね」


突然、ノエルの雰囲気が変わったような気がして、セイラスは戸惑う。


「あと、改めて敵がいるということが明確になりました。明日からは、訓練は本格的にロビンさんにやってもらおうと思います。あと、やはりセイラス様は守られるべきお立場なので、参加するのは私で十分かと」

「そ、そうかな……いや、そうだね……」


ノエルの視線の圧力に負け、了解する。


覚悟の決まった目だった。


どうして突然、そんな状態になったのか理解ができなかったが……少しだけ、安心した自分を、セイラスは自覚した。


「この能力は便利ですね。できれば常に、もっと便利に使えるように……あれ?」


突然、ノエルが書斎の床を見る。


「どうかした? まだ、だれかいるの?」


この真下にだれかいたら嫌だなぁと思いつつ、ノエルに尋ねる。


「あの、この下にとても大きな地下室があるようなんですが……ご存知ですか?」


……え?


そんなのは、知らない。



読んでいただきありがとうございます。


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