第9話 知らない、地下室
「……地下?」
ノエルの言葉に、セイラスは考え込む。
そんなものがあるとは聞いていない……が、そもそも母からは、この屋敷に住むようにとしか指示されていない。
そして、この屋敷は母個人の所有物となっていたため、王宮の人間たちも何も知らず、「そんなものを持っていたのか」程度の認識であった。
であれば、誰も知らないのは当然か。
「そうなのか。どの辺にあるかわかる?」
「えっと……」
ノエルは目を閉じる。
「ここ……ではなくて。もう少し向こうです。細くて降りていくような空間があるので、入口だと思います」
そう言って、書斎の奥を指差した。
窓際ではなく、反対側。
どうやら、屋敷の中心に向かって伸びているようだ。
ひとまず、ノエルが指差す方向に向かう。
そこには本棚と、入り切らなかった本が乱雑に積まれている。
いつも見慣れている場所だ。
特に違和感は感じられない。
「……とくには、何もないな」
「でも、空間はこの下からできています」
それなら、隠し扉かな。
そう考え、積み上がった本をどかし始める。
「あ、私がやります」
言うと同時に、ノエルがてきぱきと本をどかし始める。
重い本を危なげなくまとめて持ち上げ、素早くどかしていく。
セイラスは、自分は手を出さないほうが早いと判断し、ノエルに任せる。
「しかし、何度見ても早いなぁ……」
素早く、正確な動き。
こんな仕事が早い使用人は、王宮でも見たことがない。
……これだけの身体能力があれば、普通は戦闘職についているだろうから、当然ではあるが。
それほど時間がかからずに、あたりが片付けられた。
久しぶりに見えた床を、じっくりと調べる。
よく見ると、わずかに隙間があるのがわかった。
「ここで間違いなさそうだ」
しかし、開け方がわからない。
「どこかにレバーはないかな?」
ノエルと一緒にくまなく探すが、これといったものは見つからなかった。
「どうしますか?」
「うーん……まぁ、今急いで開けないといけないわけでもないから、明日にしようか」
3年もの間、知らずに生活していたのだ。
気づいたからといって、今すぐ開けなければいけないわけではない。
「ちなみに、庭にいる人間はあれからどうしてる?」
それよりも、気になってしまうのは、侵入者……見張りと思われる人間だ。
「2人とも、同じ場所から動いていません」
ノエルからすぐ返事があった。
やはり気になって、ずっと確認していたのだろう。
「この2人と、駐屯所の……怪しい3人は、見張っておきます」
ノエルは少し言葉を選んで言う。
「……うん、任せたよ。お願い」
負担になるだろうとは思ったが、自分も気になることは確かだ。
今夜はなかなか眠れないだろうな、とセイラスは思った。
その夜、セイラスは夢を見た。
まだ幼いとき。
何も知らず、母親に守られていた頃。
セイラスから見た母は、陽気な人だった。
飄々として、時には人をからかって遊ぶ。
でも、その人が本当に嫌がることはせず、逆に人が望んでいることを察して喜ばせることが得意だった。
多くの人に好かれ……自分も母が大好きだった。
そんな母との記憶の一つに、パズルがあった。
母がパズルや謎解きに嵌まっていたことがあり、自分で考えたパズルやなぞなぞを、セイラスが解いて遊んでいた。
ある日、母がとても難しいパズルを用意してきた。
どうしても解けなくて、四苦八苦している自分を、母がニコニコというよりもニヤニヤして見ている。
それが悔しくなって、自分はあの異能を使った。
結果、解かれてしまったパズルを見て、母は頬を膨らませていた。
『もう、ズルいわよ。それを使われちゃったら、どんなパズルでも意味が無くなっちゃうじゃない』……
翌日。
ノエルは屋敷の仕事をいつもよりさらに早く終わらせ、1人でロビンの訓練を受けに行った。
昨日とは異なり、すでに技術的な訓練を始めたらしい。
基礎体力はすでに並みの子どもではないと見抜かれているせいだ。
セイラスは、訓練の足手まといであると突きつけられて、少しへこむ。
なお、朝の時点で見張りなどの状況を聞いたところ、別の人に交代したらしく、昨日とは異なる場所に、依然として2人が庭に潜んでいるらしい。
ノエルはやはり嫌なのだろう。
窓から屋敷の中が見える位置に、あまり近づかなくなった。
逆に、セイラスはいつも通りに見えるよう心がけた。
そしてその日の夜。
また2人で書斎に集まると、セイラスが宣言した。
「ここの隠し扉を開けようと思う」
「……!? 開け方がわかったのですか?」
「いや、わかってない。わからないから……これから、ズルをする」
セイラスは、エーテルが見えるという特殊な能力がある。
その能力とは別に、おそらくは母譲りの異能を持っていた。
それは、『過去視』。
そこにあるもの。場所。人。
それらの過去の情報を読み取ることができる。
それを使えば、過去にこの扉がどうやって開けられていたのかを知ることができる、とノエルに説明した。
「そんな異能を持っていらしたのですね…… 何でいままで教えてくれなかったんですか?」
ノエルが拗ねるふりをする。
「地味だし、使う機会がないんだよ。だから、いままで教えるタイミングがなかったんだ」
「そうですか? 使い方によっては便利そうですけれど」
ノエルの言うことには一理ある。
気楽に使えるのであれば、だが。
「正直、使うのはつらいんだ。昔使ったときは1日寝込んだ」
「………」
ノエルは絶句する。
地味なのにそんなリスクがあるのなら、確かに進んで教えようとはしないだろう。
「申し訳ございませんでした。……ちなみに何に使ったか聞いても大丈夫ですか?」
「パズルの解き方がわからなくて、答えを見るために」
「………」
ノエルが黙ってしまった。
呆れたような視線を感じる。
その反応は予想していたので、一応説明する。
「昔、母が作ってくれたパズルがすごく難しくてね。パズルの答えが知りたくて出来心で使ってみたんだけど……欲しかった情報の何百倍もの情報が一気に頭の中に流れ込んできた」
ノエルが口を挟まないので、セイラスは続ける。
「パズルの完成情報は見つけて、忘れないうちにパズルは解いたんだけど、そのあとは倒れてしまって……。起きた時にはすごく叱られたよ」
「……そういえば昨日、私が多めに情報を集めようとしたのを止めたのは、そのせいですか……」
「うん、そうそう。あれは経験しないに越したことはないと思うよ。僕ももう、味わいたくはなかったんだけど……」
セイラスは隠し扉と思われる場所を見る。
「母が本気で作った謎解きだと、僕には解く自信はない。でも、これだけ大掛かりな仕掛けを作ったってことは何かあるはずだから……使うよ」
セイラスは覚悟を決める。
おそらくは相当きつい思いをするだろうけれど。
母がセイラスにここに住むように伝え、その屋敷に地下室が隠されている。
未来の視える母が指示したことだ。
何もないはずがない。
自分は、それを見てみたい。
「いくよ」
誰に対してでもなく呟くと、セイラスは過去視の異能を使用した。
瞬間。
あたりに漂うエーテルが一気にセイラスのところへ飛び込んできた。
「うっ……」
大量のエーテルが、セイラスの周囲をぐるぐると回りながら、エーテルが保持している過去の情報を強制的にセイラスに見せる。
水。畑。畑。土。人。人。穴。石。階段。部屋。人。本棚。母。本。扉。開。
「っ! ここか……!」
セイラスは過去視を止め、母が扉を開けた瞬間の情景のみを必死にイメージする。
「この本とこの本はここ……こっちの本棚にはこの本……」
過去を視て、母が行っていた手順通りに本を置き換える。
「この本は逆さまにして……最後にこの本を本棚の上……!」
母は最後に、大きく重い、黒革の本を本棚の上に置いていた。
しかし、大人の母は手が届いた本棚の上に、身長の足りない自分には手が届かない。
頭の中で過剰な情報がぐるぐると回り、目も霞んで立っていられなくなる。
もうどうしようもないと意識を手放しかけた時、心配そうにこちらを見ているノエルと目が合った。
「……! 貸してください!」
それだけでノエルは意図を察し、黒革の本を受け取ると、本棚の上に軽々と飛び乗った。
「その……端のくぼみのところ……!」
「わかりました!」
最後の力を振り絞ったセイラスの言う通りに、手に持った本をくぼみに嵌める。
その瞬間。
重厚な見た目に反して滑らかに床が開き、地下へと降りる階段が目の前に現れる。
「やりました! セイラス様、開きましたよ!」
喜ぶノエルの声に笑みを返そうとしたが叶わず、セイラスは意識を手放した。
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