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第6話 未来への希望

こうして、ノエルの屋敷での生活が始まった。


朝になると、ロザンナが屋敷へやってくる。

食事を作り、掃除をして、洗濯をする。


必要な仕事を一通り終えると、日が暮れるころには、屋敷とは別にある自分の家へ帰っていく。


ノエルはロザンナから、まずは掃除から教わることになった。


ロザンナとしては、それが一番簡単であろうと思ったこと。

加えて、屋敷が広く、一番自分が負担に感じることであったからだ。


ロザンナは一つ一つ丁寧に教えてくれた。


「掃除はしっかりと隅々まで。見えないところこそ、埃が溜まって汚れるものです」

「はい」

「あと、ガラス窓は水拭きしたあとは、必ず柔らかい布で拭き直すこと。水跡が残ってしまいますから」

「……わかりました」


ノエルは真剣に頷く。


仕事を教えてもらえることが嬉しかった。

ここにいていいのだと思えるから。


しかし、ノエルにとっては、この屋敷の掃除はとても怖いことでもあった。


この屋敷には、ノエルがいままで見たこと、触ったことのないものがたくさんある。


ガラス窓や、部屋に置かれた暖房の機械。

調理場には火が出る設備があり、水道をひねれば水が出る。

浴室へ行けば、今度は温かいお湯まで出てくる。


「これもエーテル石を使っているのですか?」

「そうですよ」


ロザンナが答える。


エーテル石とは、魔獣の体の中にある、エーテルを溜め込む器官のようなものだ。

これらの機械は、そのエーテル石を動力として使えるように加工し、動かしている。


「便利ですね……」

「ええ。この屋敷は昔からそういう設備が整っているのです」

「……あのガラス窓とかも……もしかしなくても、すごく高いものですよね……?」


ロザンナはノエルの心配を察して、にっこりと微笑む。


「絶対に、壊さないでくださいね?」

「は、はぃっ!?」


変な声が出た。

自分の想像通りであるようだと、ロザンナの圧力で背筋が凍る。


おっかなびっくり掃除するようになってしまったノエルを見て、ロザンナはちょっと脅かしすぎたかな、と後悔した。


一つだけ、ロザンナから注意があった。


「それと、セイラス様の書斎には入ってはいけませんよ」

「はい」


主人の部屋だ。

当然と言えば当然であろう。


「セイラス様は本がお好きですからね……本の置き場所がちょっと変わっただけでも不機嫌になってしまうのです」


ロザンナが苦笑する。

思っていたよりも、柔らかい理由だった。


「大切な本がたくさんあります。あの部屋だけは、セイラス様がご自身で片付けるとのことですので」

「わかりました」


ノエルは素直に頷いた。


一方。


その話が聞こえていないセイラスは、乱雑に本が重ねられた書斎でくしゃみをした。


「しばらく掃除してなかったからな……片付けるか……」


渋々、重い腰を上げていた。




そして、ノエルの新しい服も用意された。


仕事をするときの服。

それとは別に、普段着るための服。

靴も、下着も、必要なものを一通り揃えてもらった。


「……こんなに、いいんですか?」

「必要なものですからね」

「……大切に使います」


新しい服を抱えたノエルは、嬉しそうに何度も眺めていた。

これまで自分が持っていたものとは比べ物にならない。


けれど。


これを着て屋敷の外に出ることはできない。


理由は簡単だった。

セイラスの立場が複雑すぎるからだ。


第2王子でありながら王宮には住んでおらず、この屋敷に軟禁されている。

そんなセイラスのそばにいる少女が、外に出ようものなら、何かのトラブルに巻き込まれることが容易に予想される。


「遊びに出たい年頃でしょうに……ごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です」


ノエルは素直に承諾した。

本心だった。


まだ子どもであるセイラスはおろか、ロザンナでも想像はつかないのだろう。

あの寒村での、いつもお腹をすかせて、寒さに凍えながら寝る日々は。


冷たい風雨にさらされずに仕事をし、満足できるほど食べ、温かい布団で眠る。

ここは、昔夢見た、天国のようであった。


仕事が終わりロザンナが帰ると、セイラスとノエル、二人の時間が始まった。


「今日は、これを試そう」


セイラスが本を開く。

それは誰かの手記で、魔物との戦い方の基本のようなものが書いてあった。


異能を持つ人間は多くはないが、魔物と戦う者たち……ハンターには、それなりにいる。


異能は千差万別だが、ある程度は似通ったパターンになるようだ。

そのため、戦いの際の異能の使い方についても少し触れていた。


「この人は、触れたものを柔らかくする異能を持っていたらしい」


火や雷を出す、という直接攻撃のようなものは屋敷の中では使えないので、派手ではないものを選んで試していく。


「柔らかく……ですか?」

「うん」

「……それで、どうやって魔物と戦うんでしょう……?」

「直接、魔物を殴るらしい」

「……殴る」


魔物を殴る。


実際に魔物を直接見たことのないノエルには、そんなことが可能なのか想像もつかなかった。

理解できないことは置いておくとして、まずは試してみる。


ノエルが、練習用に庭から拾ってきた木の枝を手に取る。


(柔らかくなれ……柔らかくなれ……あ、これじゃダメ)


変化のない木の枝を持ち直す。


「その枝の中にもエーテルは含まれている。そのエーテルを動かすイメージはどうかな?」


横からセイラスが声をかける。


木の枝の中のエーテルを動かす。

ノエルは悩んだが、具体的なイメージが出ない。


(木の枝の中のエーテル……どうか、この木を柔らかくして)


なかば無理やり、お願いするように意識する。

すると、手に持った木の枝がふにゃり、と曲がった。


「……できた?」

「できたね。やっぱりすごい。ちなみに、どうやったの?」

「えっと、お願いしてみました。この枝を柔らかくしてくださいって感じで」

「お願いして……」


セイラスは絶句する。


そんな曖昧な方法で、他者と同じ異能を使えてしまうのか。


「もしかして……」


セイラスはふと思いつき、別の木の枝を少し離れた場所に置く。


「この場所でも、同じようにできる?」

「やってみます」


ノエルは同じように、少し離れた木の枝のエーテルに対して、木の枝が柔らかくなるように念じる。


「たぶん……できました」

「エーテルが動いたのは視えたけど、どうかな……ああ、できてる」


やや驚愕した顔で、セイラスはふにゃりとした木の枝を手に取る。

他者の異能を真似するどころか、簡単に上回ってしまった。


「これは……想像以上だ」


溢れ出そうな興奮を抑えながら、セイラスは呟く。


自分が一体なにをしたのか。

その自覚はないが、セイラスの望み通りになったことは理解し、ノエルは満足していた。


その後も、色々な異能を試した。


光を作る。壁を作る。物を動かす。


セイラスが実際に見た異能。

本に書かれていた異能。

思いついた使い方。


それらを、一つずつ試していった。


そして、ある程度を試した頃。

セイラスはひとまずの結論を出した。


「どうやら、キミの異能は、ほとんどなんでもできると考えたほうが良さそうだ」

「……なんでも?」

「まだ想像の段階だけど、キミがイメージできるものなら、ね」

「なるほど……」


ノエル自身にはエーテルが見えない。

それでも、セイラスが説明したものをイメージできれば、エーテルを変化させることができる。

セイラスは、その事実をかなり重要なものだと考えていた。


そして同時に。


「これは、誰にも知られないほうがいいね」

「……はい」


ノエルも頷く。


セイラスには、エーテルを見る目がある。

ノエルには、エーテルそのものを変化させる異能がある。


どちらも、普通ではない異能の中でも、さらに特殊だ。

異常と言ってもいい。


知られれば、一体どんなことになるのか。


「僕の目のことも、キミの力のことも秘密だ。これは絶対に、ね」

「……わかりました」


ノエルにも、自分の異能の特殊性を理解してきていたため、素直に頷く。


これは、二人だけの秘密。




その日の練習が終わろうとしたとき。


セイラスは、ふと周囲を見た。

いつものように、空中にはエーテルが浮かんでいる。


当然のように、セイラスやノエルの周囲にも。


「……これ、取り込めないかな」

「何をですか?」

「空中にあるエーテル」


セイラスは考える。


人間はエーテルを体に溜め込むことで強くなる。


以前、王宮からこの屋敷に移動するときに、魔物と遭遇したことがある。

大きめの犬のような、数匹の魔物だった。

王国の中でもたまにあることで、騎士たちは落ち着いて対処していた。

そして魔物にとどめを刺した瞬間、飛び散ったエーテルが騎士たちに取り込まれていくのを見た。


それと同じように、初めてノエルが異能を扱えるようになった日に、食堂のエーテル氷を解除したとき。

魔物を倒したときのように、エーテルがノエルの体に取り込まれるのを見た。


ということは、必ずしも魔物を倒したときのエーテルである必要はないということ。


それなら。


空気中にあるエーテルを直接取り込めば、もっと簡単に強くなれるのではないか。


「試してみよう」

「はい」


とはいえ、セイラス自身もどうやればいいのかわからない。


エーテルは見える。


だが、触れられるわけではない。


「えっと……その、空気を集める感じ、かな」

「空気を?」

「違うな……」


セイラスは頭を抱える。

どう説明したものか。


「もっとこう……エーテルを、自分の中に引きつけて、押し込む感じ」

「引きつけて、押し込む……」

「そう」

「こう、ですか?」


ノエルが集中する。


イメージは、周りにある何かを、体の中に吸い込むように。


(私の体の中に入ってきて)


しばらくして。


空中に浮かんでいたエーテルが、ノエルの体へ近づき、吸い込まれるように入っていく。


「……!」


セイラスが目を見開く。


「いいよ、動いてる! エーテルがキミの体の中に入っていく!」

「本当ですか?」

「うん! その調子!」


どんどんとエーテルがノエルの体の中に吸い込まれていく。

ノエル自身には、感じることはできない。

しかし、体の中に力がみなぎるような気がした。


「これを毎日やれば、強くなれるんじゃないかな」


セイラスは興奮気味に言う。


なるほど、とノエルは考え、エーテルの吸収を続ける。

しばらく続けたそのとき。


「……うっ……」


ノエルは突然の気持ち悪さに襲われた。


「……!? 大丈夫!?」

「……だ、大丈夫、です。ちょっと気持ち悪くなってしまって……」

「そうか……たぶん、一気に取り込むと、体がつらくなっちゃうんだね」


そんなにうまい話はない……いや、現状でも十分、想像できないほど理想的な状況だが。


「僕もやりたい。やってみてほしい」


セイラスも同じようにエーテルを取り込みたいと考え、ノエルに依頼する。

調子が悪くなったため椅子に座って休んではいるが、ノエルはセイラスの要望に応え、周囲のエーテルがセイラスの中に入っていくように念じる。

周囲のエーテルが自分に近づいてくるのを視て、セイラスは期待する。


ところが。


「……あれ?」


思ったほど取り込めない。


少しだけ入ってくるのは視える。

けれど、ノエルのときほどではない。


「どうしましたか?」

「うーん、集まってきてるのは視えるんだけど、キミのときみたいに体の中には入ってこないんだよね」


理由はわからない。


「私のやり方が違うんでしょうか……? もう一度やってみますね」


ノエルは改めて、今度はさらに強く、セイラスの中にエーテルが入るように念じる。


エーテルはそれに応え、先ほどよりも多く、早くセイラスの元に集まってくる。


しかし。


「やっぱり入ってこないなぁ……」

「そうですか……」


残念そうに言うセイラスに対して、うまく声をかけられない。


「まぁ、これまでうまくいきすぎてたから、これもいろいろ試してみよう」


エーテルの量こそが強さなのだとすれば。


毎日少しずつでも取り込んでいけば、数年後にはどうなるだろう。


セイラスは想像する。


今の自分は弱い。

子どもであることを差し引いても、自由にならないことが多すぎる。


けれど数年後。


自分とノエルの体には大量のエーテルが満ちていて。

ノエルの力も、もっと自由に使えるようになっていて。


そうしたら、もっと自由に生きられるのではないか。


母が言った、自分の未来。

それを、自分の手で掴めるかもしれない。


「……ふふ」


セイラスの口元が緩む。


数年後の自分たちを想像するだけで、胸が躍った。

読んでいただきありがとうございます。


ストックが続く限り、1日1話、投稿していこうと思っています。


面白い、続きも読みたいと思っていただけましたら、評価をいただけると励みになります。

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