第5話 ノエルの異能 2
「まぁ、そのためには、この力をどうにかしないといけないんだけどね」
セイラスがノエルを現実に引き戻す。
「……わかりました。私、自分の力を使えるようになりたいです」
「うんうん」
「怖いですけど……何も知らないまま、誰かを傷つけるのも嫌です」
「そうだよね」
「何より、この力を思い通りにして、私は自由になりたいです!」
セイラスは満足そうに頷いた。
「じゃあ、まずはキミの異能が何なのかを調べよう」
「はい」
「幸いというかなんというか、早速見せてもらったからね……ちなみに今、体は大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です」
暖かいベッドでぐっすり寝て、ごはんも食べた。
むしろいつもお腹を空かせていた、村に居た頃よりもましなくらいだ。
「良かった。じゃあ、ちょっと見てみるよ」
そう言って、早速セイラスは凍った食堂を見渡す。
氷は壁や床、天井などにびっしりと張り付いている。
逆に、セイラスやノエルの周辺は凍っていない。無意識に避けたのかもしれない。
もしそうなら、コントロールするのは不可能ではないとセイラスは思う。
エーテルが視える目で眺めているうちに、ふとあることに気づいた。
通常、水や氷にエーテルが含まれていることは当たり前だが、この氷は『エーテルだけでできている』。
「……ん? どういうことだろう?」
一人でつぶやく。
エーテルが見えないノエルは、氷の前で首をかしげるセイラスを眺めていることしかできない。
セイラスは王宮で暮らしていたとき、何かを凍らせる異能を見たことがある。
その異能者も物を凍らせることができたが、その氷はエーテルが含まれているだけの普通の氷だった。
「ちなみに、どんなときに力が出る?」
「……えっと、悲しかったり、くやしかったりして、気持ちがわーってなった時です」
「これは?」
「……母のことを、思い出しました」
「……」
デリケートな問題だと思い、セイラスはそれ以上なにも言えなかった。
ノエルが思い出したのは母の死。
まだ自分のなかで整理できたとは思えないので、深く踏み込まれなかったことに安心する。
「さっきの話だと、怒ったときは熱くなるんだよね?」
「……そう、です」
「それも見てみたい」
「えっ」
「もちろん、危険がない範囲でね。ここだと燃えるものが多いから、移動しよう」
「……はい」
移動した先は、浴室だった。
確かにここは燃えるものが少なく、万が一火が着いてもすぐに消せるので合理的だ。
「一応ろうそくを持ってきたけど、できれば何もないところに火を出してほしいんだよね……できるかな?」
「ちょっと自信がないです。まずは、ろうそくに火をつけられるかやってみます」
そう言って、過去の嫌だったこと、起こったことを思い出そうとすると、セイラスから制止がかかった。
「ちょっと待って。今、どうにかして怒ろうとしてる?」
「え……? そうですけど……」
それを聞いてセイラスは考え込む。
「通常、異能は本人が望めば使えるのが普通だって聞いたことがある。キミが暴走するように、単に望まずに異能を使っていたのなら、普通にも使えるはずだ」
「……確かに、そうですね」
「怒るんじゃなくて、ただ単に『火をつけよう』と考えてみて」
言われた通り、ノエルは感情ではなく、単に『できる』という考えだけに集中する。
(ろうそくに火をつける…… ろうそくに火をつける……)
そうすると、すぐにセイラスが「おお!」と声を上げる。
ノエルが集中するために閉じていた目を開くと、目の前には火の着いたろうそくがあった。
あまりにも簡単にできてしまったことに呆気に取られている横で、セイラスは飛び上がって喜んでいる。
「すごい! すごいよ! 今、エーテルが火に変化した! 温度が変わるとかじゃない、変化したよ!!」
普段大人びた話し方をするセイラスが、年相応の男の子のようにはしゃいでいる。
何がセイラスの琴線に触れたのかはわからないが、喜んでいるセイラスを見て、ノエルも嬉しくなった。
「次はこの辺! この辺に火をつけてみて!」
すぐさまセイラスが無茶な要求をする。
指し示すのは、浴室の中空。
何もない空間だ。
そこに火をつけろという。
「あの……それはちょっと……何もない場所ですし、どうやって燃やせば……」
「ああ、ごめん。ちゃんと説明しないとね」
冷静さを少し取り戻して、セイラスがノエルに伝える。
「キミの異能は、おそらく温度を上げたり下げたりするものじゃない。エーテルそのものを変化させるものだ」
「エーテルそのものを変化させる……?」
「そう。今のろうそくに火がつくところを見た感じで間違いないと思う。ろうそくに火が着いたのではなく、ろうそくのそばのエーテルが火に変化してから、その火がろうそくに点火した」
ノエルはわかるような、わからないような顔で聞いている。
「エーテルが変化するのであれば、燃えるものは必要ない。今僕が指を指している場所。そこにはエーテルがたくさんある。その一つでもいいから、火に変化させればいいんだよ」
言われて、ノエルはセイラスが指差す方向を見る。
やはり何もない。
「見えてないかもしれないけど。そこにエーテルは有るんだ。そのエーテルに、火になるように命令したりできないかな」
ノエルには見えていない。しかし、先ほども言われた通りにやっただけで火がついたのは間違いない。
ノエルの命を救い、力を肯定し、信じてくれた少年。
荒唐無稽に思えても、信じてみようとノエルは思った。
(そこに有るエーテル、火になって!)
そう念じた瞬間。
何もない空中に、火が燃え上がった。
自分で行ったことにもかかわらず、信じられない思いで浮かぶ火をノエルは見つめた。
やっぱり母さんは間違っていなかった、と狂喜乱舞していたセイラスが、しばらくすると駆け寄ってきた。
まだ困惑から抜け出せないノエルの手を握り、叫ぶ。
「キミの力は、最高だ!」
セイラスに両手を握られ、ノエルは目を丸くする。
「……そう、なんですか?」
「うん。すごいよ。エーテルそのものを変化させられる異能は、僕は見たことも、聞いたこともない」
ただし、通常エーテルを見ることができる人はいないので、実際のところはわからない。
ただ、エーテルが視えるセイラスとの相性は非常にいいと思う。
いったい、ノエルはどんなことができるのだろうか。
試したいことが色々あって、セイラスは興奮を抑えきれない。
一方、自分がどんなすごいことをしたのか実感がないノエルは、少し冷静になってきた。
いままでずっと悩み、苦労していたこの異能なのに。
この王子様の言うとおりにしただけで、あっという間に原因が判明し、思い通りに使うこともできた。
命を助けられ、住むところと仕事をもらえたことも含めて、たった一日でノエルの人生は激変した。
まるで夢のよう。
でも、夢じゃないことは確認した。
セイラス様。
この方は、私の命の、心の、そして人生の恩人だ。
この恩は、いったいどうやって返せば……
「よし」
ようやく興奮が収まってきたセイラスが声を上げる。
「とりあえず、ロザンナが帰ってくる前に、もとに戻そうか」
「……! そ、そうですね」
「まずは、この火を消してもらおう。火に変えたように、エーテルに戻せば大丈夫だと思う。……たぶん」
さすがに初めてのため、想定どおりにいく保証はなく、セイラスの声が尻すぼみになる。
「やってみます」
空中で燃えたままの火を見ながら、その火が消えることを念じる。
そしてしばらくすると、火は……消えなかった。
「あ、あれ?」
思った通りにならず、ノエルは焦る。
静かに、期待に満ちた視線で見ていたセイラスが声をかける。
「今、その火を、どういう風にしようとしたの?」
「ええと、普通に消えるように考えました……」
セイラスは少し考え、答える。
「たぶんだけど、『消す』ことをイメージしたからじゃないかな。この火はエーテルが変化したものだから、『戻す』ようなイメージのほうが良さそうかな」
「……なるほど、ですね。やってみます」
ノエルは、改めて念じてみる。
(火になったエーテルを、元に戻す)
その瞬間、目の前の火が消えた。
セイラスの目には、火の状態からエーテルに戻った様子がはっきりと視えた。
ノエルはほっとする。
自分の意思で変化させ、自分の意思で元に戻せる。
これならもう、万が一の暴走も、自分で抑えられそうだ。
「よし、予想通りだ」
予想通りと言いながらも喜びを隠せないセイラスを見て、ノエルも嬉しくなる。
「あとは食堂だね。行こう」
「……はい!」
コツがわかっていたので、食堂のほうは簡単だった。
氷の状態になったエーテルを元に戻す。
そうイメージするだけで、凍っていた床や壁が元に戻っていく。
「問題なさそうだね。そうだ、一気に食堂全体が凍ったんだから、逆もできるはず……ノエル、食堂全体を一気に元に戻してみて」
「……! はい、やってみます」
ノエルは意識を食堂全体に向け、氷になっているエーテルを元通りにすることをイメージした。
瞬間。
すべての氷が消えた。
そしてセイラスの目には、氷から再度形状を変化させたエーテルが、輝きながら部屋の中に飛び散る様子が映った。
(……おや?)
そのうちの一部が、ノエルに吸収されているように視える。
(あれは……)
目にした状況を考察しようとしたとき、ノエルの嬉しそうな声で考えが中断される。
「できた! できましたよ、セイラス様!」
「……ああ、すごいよ。本当にすごい」
ふと持ち上がった疑問を一旦忘れ、セイラスはノエルを褒める。
本心だった。
「……これなら、いろいろできそうだね」
「いろいろ、ですか?」
「うん」
今まで見たことのある異能、それと本で読んだことのある異能。
もしかしたら、その中にも再現できるものがあるかもしれない。
「ただいま戻りました」
玄関からロザンナの声が聞こえた。
間に合った。
想像していたよりぎりぎりだった。
セイラスとノエルは冷や汗をかきながら、元いた椅子に座り直す。
しばらくすると、食堂に大量の荷物を持ったロビンを連れたロザンナが入ってくる。
「……なんだか、食堂の中が寒くありませんか?」
「き、気のせいじゃないかな……」
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