第15話 マルタ
「あ、そういえば、俺は昨日、十五歳になったぞ」
「私は先月、十五歳になりました」
「お前ら、そういう大事なことは、もっと早く言えよ……」
マルタはこぼすが、去年、二人が十四歳になったときに誕生日は聞いている。
忘れていたのは、完全にマルタのミスだった。
成人のお祝いは、場所によって異なっている。
ノエルの村では、村にしては豪勢な食事を用意する。
セイラスなら、王族として式典が開催されることになる。
ただ、二人はそういうものは求めていない。
本来は、親が喜び、祝うものだ。
しかし、二人には、その親がいない。
その後のある日、マルタは二人の成人のお祝いをしようと言って、大きめの食堂を予約した。
店の奥にある個室には、大きなテーブルが置かれている。その上には肉料理や魚料理、焼きたてのパン、色とりどりの野菜料理など、三人では食べきれないほどの料理が並んでいた。
そしてマルタは、二人にあるものを渡した。
マルタは二人に何を贈るべきか考えた結果、行商人としての許可証を渡したのだ。
これがあれば、町に出入りする際の身分証のようなものになる。
ただし、ハンター証がある今は、それほど恩恵を感じない。
しかし、これは行商人としてというよりも、一般の人として一人前になったという意味を込めたものだった。
これにはセイラスとノエルも喜んだ。
一般人……いや、一人前になれたと、マルタが認めてくれたということだ。
成人祝いということで、甘めの採点ではあるだろうとは思ったが、そこには目をつぶった。
「これは、そう簡単に発行されるものなのか?」
内心の喜びを隠しつつ、セイラスはマルタに尋ねる。
「そう簡単じゃないよ。まあ、ちょっと今回は町長に渋られたので、ちょっと強引にお願いはしたけどね」
許可証そのものよりも、マルタに認められたことが嬉しかった。
ふと、セイラスの脳裏に、以前見たマルタの過去の光景が浮かぶ。
そこには、華奢な男性と必死に働き、行商の仕事を覚えるマルタの姿があった。
その華奢な男性は、とても気さくで明るい様子だった。
その一方で、とても思慮深く、どうすれば行商の仕事ができるのかを、自分の仕事を通してマルタに覚えさせていた。
「脳筋のマルタでも取れるんだものな」
喜びからふと、セイラスは口を滑らせた。
「あん? それはどういうことだ? 行商が簡単だってことか?」
マルタが勢いよく立ち上がり、拳を握りしめる。
上機嫌で話していた空気が、一瞬で凍りついた。
ノエルが腰を上げかけたが、セイラスが手だけでそれを制する。
どうやら、マルタの大切な部分を刺激してしまったらしい。
照れ隠しでからかうような口調だったのもまずかった。
「すまない。そんなつもりじゃなかった」
セイラスは真顔でマルタに謝罪する。
マルタも大人げないと思ったのか、すぐに握った拳を緩めて席に座る。
せっかくのお祝いの空気が、ぎこちなくなってしまった。
さすがにセイラスは申し訳ないと思い、周りを見渡す。
マルタが予約した個室の外からは、酒に酔った客の大声が聞こえてくる。食器の触れ合う音や店員の足音も混ざり、店内はかなり騒がしい。
ここであれば、特に聞かれる心配はないか。
そう判断する。
「マルタ。あなたには世話になったから、伝えておこうと思う」
セイラスは一応、ノエルに目配せする。
ノエルはセイラスの考えを察すると、不自然にならない程度に、周りへ音が漏れないようにする。
勘の鋭いマルタには気づかれるかもしれないが、それもまあいいかと割り切った。
「今まで言ってはいなかったが、俺は異能を持っている」
セイラスは一度言葉を切る。
「過去を見る異能だ」
マルタは少し驚いた顔をした。
しかし、何らかの力をセイラスが持っていることは推測していたので、予想の範疇ではあった。
「その過去を見る力で、あなたの過去を見てしまった」
セイラスは静かに続ける。
「そこでは、戦うことしか頭になかったあなたが、一人の男性の仕事を見て、必死に覚えているようだった」
いつもの尊大な口調ではない。
また、仕事用の形だけの丁寧な話し方でもない。
マルタを一人の尊敬できる人物として、敬意を持ってセイラスは話した。
「その見てしまった光景を思い出して、あなた自身の努力、そして、それを背中で見せることで仕事をできるようにさせたその男性。あなたたちは、すごいと思った」
セイラスは、テーブルの上に置かれた行商人の許可証を見る。
「この許可証を渡されて、本当に嬉しかった。それを隠すふりで、余計なことを言ってしまった。申し訳ない」
セイラスは真摯に謝罪する。
マルタの肩から力が抜ける。
「……仮にもあの王国の王子様が、簡単に平民に頭を下げるんじゃないよ」
「……どこまで把握してる?」
「エルランド王国には、庶子の第二王子がいるらしい。母親はどこかの貴族の娘だが、数年前に亡くなった。同時期に国王が病に伏せるようになったため、毒を盛られたんじゃないかという噂。そして第二王子はどうなったかはわからない」
マルタはセイラスをじっと見つめる。
「第二王子は特別な力を持っていてどこかに幽閉されたとも、危険を感じて身を隠したとも言われている……ってところかな。そんな力を持ってたのか。それで、あの人のことを知ったんだね」
マルタは少し間を置いてから、尋ねる。
「……じゃあ、私の子供のことも?」
「そこまでは見ていない。たまたま見えたものがあっただけだ。この力は、おそらく人の見られたくない思い出まで見えてしまう。だから、できる限り踏み込まないようにしている」
「あぁ、そうか」
マルタには、安心したような、逆にがっかりしたような、何とも言えない様子があった。
「それなら私も、言ってしまった方がいいかね」
すべての過去が見られていたのなら、言わなくてもよかったかもしれない。
しかし、勝手に見られてほしくもない。
そんな気持ちだった。
そしてマルタが、自分の過去を話し始めた。
――――
マルタは子供の頃から喧嘩が強かった。
エーテルの保有量で身体能力が変わるこの世界では、筋力の高さはあまり影響しないが、体を動かすセンスというものには、やはり差が出る。
マルタは、それがとても上手かった。
成人する頃には、ハンターになると、なんとなく決めていた。
魔物を倒し、お金を得る。
それは非常に単純で、分かりやすかったからだ。
実際にやってみて、ハンターは自分の天職だと思った。
目の前に魔物がいなければ、ひたすら魔物を探し回る。
見つけ次第、棍棒で殴り、槍で突き、剣で斬る。
そして、それを繰り返すと、さらに自分の中に力が湧いてくる。
そうやって狩りを繰り返し、自分が強くなっていくのも楽しかった。
それを続けるうちに、Bランクに昇格した。
それでも変わらず、さらにそんな生活を続けていた。
そんなある日、マルタは一件の護衛依頼を受けた。
相手は、自分と同じくらい、二十歳程度の華奢な男性だった。
行商人であり、魔物が出る可能性がある場所に行くため、護衛を雇いたいという。
ただし、あまりお金がないので、Bランクのそこそこ戦える者を一名雇うのが精一杯の金額だった。
「一人で対処できない魔物が出たら、どうするんだ?」
護衛期間は三日間。
対処可能であれば追い払ってもらえればいいが、それが無理であれば逃げてもいい、という条件だった。
魔物には会わない想定で、強い魔物に会ってしまったら、それはそれで仕方ない。
そんな依頼に、興味を惹かれたのだ。
マルタは、その青年にどうしてこんな依頼を出したのか、護衛の際に聞いてみた。
青年は一言、簡潔に答えた。
「お金がなかったから」
マルタは基本的に物欲がない。
魔物を殴れれば、それで満足していたからだ。
毎日、魔物を探し回り、とりあえず目についたものを何でもいいから倒す。
そして帰って、腹いっぱい食べて、酒を飲んで寝るだけ。
この暮らしのため、お金は貯まる一方だった。
使い道も思いつかない。
お金が足りないという、その感覚はピンとこなかった。
「へえ」
とだけ返し、その話は終わった。
青年を護衛してたどり着いた先は、小さな村だった。
家は十軒ほどしかなく、そこに住む人も五十人には満たない。
そこへ、わざわざ護衛を雇って荷物を運んでいた。
村人たちは喜び、自給自足できない塩や薬、服などを青年から買った。
しかし、その販売価格は、ここまで運んできた労力を考えると、非常に安いものだった。
「これ、儲かってないだろう」
マルタが呆れたように言うと、青年は、
「まあね」
とだけ答えた。
しかし、その顔は楽しそうだった。
よく見ると、赤ん坊を抱えている女性が何人かいた。生まれたばかりなのだろうか。
その状態で近くの町まで買い物に出かけるのは、辛いだろう。
「もしかして、そのせいか?」
青年は嬉しそうに笑顔で頷く。
「自分が子供の時に、こんな村にこういう商人が来たらいいなって思ってたんだ」
「へー」
マルタは生返事をしたが、その楽しそうな顔だけが印象に残った。
それからも、たまにその青年から出る護衛の依頼を受けた。
やはり、小さな村を回るのは商売としては成立しないのだろう。
その依頼は、たまにしか出なかった。
たまに出るその依頼を、心待ちにする自分にマルタは気づいた。
月に一回あるかないかのその仕事を十回ほど受けたとき、マルタは青年に切り出した。
「お前の仕事を手伝ってやろうか?」
「え?」
「いちいち、大金を出して護衛を雇うより、私をそのまま雇うのはどうだ?」
「それは助かるけど、あまりお金は出せないよ。見ての通りの仕事だから」
ちょっとした期待と、断られる恐れから、青年はこわごわと確認した。
「問題ないよ。金は貯め込んでるし、使い道もないし。それより、なんか単に魔物を殴るだけなのも飽きてきたんだ」
それは半分本当で、半分嘘だった。
魔物と戦って倒し、自分が強くなっていくのを実感するのは、依然として楽しい。
ただ、本当にそれだけでいいのかと、最近少し思うようになったのも本当だ。
「まぁ、私が飽きるまでだけどな。それでよければ」
「ああ、ぜひ雇わせてくれ」
青年は、心から嬉しそうに微笑んだ。
そして、その笑顔を見たマルタも、また微笑むのであった。
そうして青年がマルタを、行商人見習いとして雇うことになった。
それからそれほど時間はかからず、二人は恋仲になった。
マルタは、自分が正しいと思うことをして、人に喜んでもらうことで笑顔になるその青年のことを、すでに気に入っていた。
そして青年もまた、力強く豪快なマルタに惹かれ始めていた。
二人とも、お互いにないものを持っていたのだ。
ほどなくして二人は結婚し、一人の女の子が生まれた。
子どもは、とても可愛かった。
しかし、子供を育てている間、マルタは仕事を手伝えない。
マルタは悩んだが、子供は一人だけとし、その後、再び仕事に復帰するようになった。
そして仕事を再開するにあたって、貯めていたお金を使って浮き石を使った荷車を購入した。
車輪のついた荷車では、子供を連れて長距離を移動するのがかわいそうだと思ったからだ。
結果的に、それは非常に役に立った。
冬、雪が降り始める頃。
普通の荷車では動けなくなるような場所でも、浮き石を使った荷車であれば、マルタが引っ張って、どこへでも行くことができる。
ハンターとして長年活動してきたマルタは、人よりもかなり多くのエーテルを吸収しており、頑丈な体を持っていた。
夫と子供を荷車に乗せ、積もる雪をかき分けて、自分たちを待つ村へと向かった。
確かに寒かった。
しかし、後ろを振り返ると、荷車の上で申し訳なさそうな顔をしながら、夫が優しい顔で娘を毛布に包み、温めていた。
そして到着した村では、心からの歓待とお礼を受けた。
マルタはその時、確かに幸せだった。
しかし、娘が五歳になったある日、魔物の襲撃を受けた。
魔物の襲撃自体は珍しくない。
はぐれの狼型や猪型に出くわすことなどは、しょっちゅうだ。
そして、その程度、マルタにとっては敵ですらない。
しかし、その日は数が多かった。
小鬼型の魔物が、森の街道の方から駆け寄ってきた。
数は、十体程度。
「ちょっと、ここで待ってて」
夫と子供に近づけるわけにはいかない。
夫と子供を守るため、できるだけ遠くにいるうちに倒す。
そう考えて走り出し、すぐさま敵を倒し始める。
数打ちの安物の剣で、一体、二体と斬り倒していった。
その時、不意に背後から悲鳴が聞こえた。
マルタが驚いて後ろを見ると、小鬼が二体、自分の夫と娘に迫っているのが見えた。
おそらく、森の中に潜んでいたのだろう。
しまった。
油断した。
見落とした。
マルタは引き返し、走り始めた。
しかし、家族を守るために離れた距離が、家族を守る時間をマルタに与えなかった。
どこかで小鬼が拾ったのだろう。
錆びたナイフ。
それが、我が子をかばった夫に突き立てられるのを、マルタの優れた動体視力で見た。
そして、すぐさま夫の影に隠れた我が子にも、そのナイフが突き立てられた。
マルタの喉から絶叫がほとばしる。
自分でも何を叫んでいるのか分からないまま、夫と子供に群がる醜悪な魔物たちを斬り飛ばした。
娘は、すでに息がなかった。
夫は最後に、
「ごめん。守れなかった」
と言って、目を閉じた。
日の光が遮られる森の街道で、魔物と死体と、もう二度と動かない家族に囲まれながら、マルタは絶叫し、泣いた。




