第14話 魔物と社会のお勉強
その後は、何の問題もなくローデンのギルドまで着いた。
こっそりと自分たちに割り当てられた部屋に戻り、そのまま眠りについた。
翌朝、ギルドに併設された宿で、マルタと食事をとる。
朝食は、芋などの根野菜と少しの肉が入ったスープだった。湯気の立つ木の器から、素朴な香りが漂っている。
食べながら、マルタが口を開いた。
「アンタたち、昨日の夜、どっかに出かけなかったかい?」
マルタが、問い詰めるような目でこちらを見る。
どうやら、勘付かれていたようだ。
「昨日はちょっと寝付けなくてね。散歩にノエルに付き合ってもらって、外に出たんだ」
ひとまず、それっぽく言い訳をしてみる。
しかし、マルタの目は、まったく信用していない。
おそらく、全部分かっている。
マルタはため息を一つついた。
「まあ、そういうことにしておこうか」
そう言うと、マルタはそれ以上追及しなかった。
今日はこのまま交易都市まで戻り、もう一度、食料を運んでくるよう頼まれたらしい。
馬車一台で持ち込んだだけの食料では、やはり心許ないとのことだ。
普段、食料を調達してもらっている商隊については、次の便の目処が立った。
ただ、一応は保険のためということらしい。
また例の宿場町には泊まらない予定のため、一回の野宿を前提にローデンの町を出発する。
町を離れると馬車の車輪が固くなった地面を踏み、一定の音を響かせていく。
移動しながら、マルタと今後についての相談をする。
その結果、マルタが一応、名目上とはいえ、必要であればBランクハンターとして魔物討伐に同行してもいいと承諾してくれた。
「あんたたちは私が雇ってるからね。それとは別に、無関係なところで仕事をしてもらうのは、ちょっとね」
そういうことらしい。
正直に言って助かる。
他のハンターにどうやって声をかければいいのかも分からない。
それ以前に、ハンターの常識とは何なのかも知らない状態だ。
そんな状態で知らないハンターに頼るより、ずっといい。
また、このローデンの町への次の納品が終わったら、別の町へ向かうということだ。
店舗を持たない行商とはいえ、いや、むしろだからこそ固定の客が大切なのだそうだ。
常に定期的に納品している客が、いくつもいるらしい。
また新しい街が見られる。
そう思いながら、セイラスとノエルは、馬車の荷台から見える景色を眺めていた。
再び、交易都市へ戻る。
第一希望だった宿屋はまた埋まっていたようで、以前と同じく赤い羊亭に泊まることになった。
セイラスは以前ここに泊まったときの羊肉サンドをかなり気に入っていたので、不安はない。
翌日は、再び食料品を仕入れる。
少しだけ信用してもらえたのか、それとも単に大きな仕事ではないからか。いくつかの食料品について、どの店で買うかをセイラスに選ばせてもらえた。
先日見せた通り、どの店や露店で買うのが一番安く、良い品を仕入れられるのかを確認して、マルタに伝える。
特に問題はなかったのか、マルタは頷き、セイラスの選んだ場所でそのまま品物を仕入れた。
それとは別に、いくらかの嗜好品も仕入れていた。
どうやら、個別にローデンから依頼されていたらしい。
つまり、食料品以外にも嗜好品を頼まれる程度には、ローデンの町の食料品事情に余裕ができたのだろう。
交易都市で食料などを仕入れ、再度、ローデンの町へ向かう。
途中、あの寂れた宿場町をもう一度通る。
最初に通ったときに見た、あの物乞いの少年はいない。
大鬼が消えたことで危険が去ったという話になって、またここが活気づくのだろうか。
そうなるのならば、そのほうがいい。
ローデンの町に戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。
偵察に向かったハンターが、大鬼がいなくなったと報告してきたのだ。
まさかと思い、もう一度、別のハンターに偵察を依頼した。
しかし、やはり大鬼がいた場所には何もいなかったとのことだった。
マルタが半目でこちらを見る。
完全にバレている。
それでも、セイラスとノエルは何も言わない。
マルタはこっそりとため息をついた。
倉庫へ荷物の納品を終え、支部長室へ向かうと、ローデンが出迎えた。
「おーい、また来たぞ」
「失礼します」
マルタとノエルが挨拶し、セイラスも会釈だけして入室する。
「……来たか」
ローデンが何とも言えない表情でこちらを見る。
マルタではなく、セイラスとノエルを順番にちらちらと観察している。
そして、意を決したように話しかけてきた。
「……大鬼を倒したのは、お前たちか?」
特に驚きはない。
Bランクでも強い方であるマルタが、自分より強いかもしれない、という子供たちを連れてきた。
そして、すぐに大鬼がいなくなった。
関連性を考えないほうがおかしい。
「ええ、まあ、そうです」
その質問を予期していたセイラスは、あっさりと答える。
「ただ、我々が倒したということは、できれば秘密にしておいていただきたいです」
細かい事情まで話す必要はないだろう。
それだけ言うと、ローデンは深くため息をついた。
「分かった。通りすがりの、どこかのAランクが気まぐれに倒していった、ということにしておこう…… まあ、無駄な救援要請を出したということで、本部からはかなり絞られるだろうがな」
そう嘆くようにつぶやくが、その声には、喜色が含まれているのを感じた。
マルタは予想していたようで、何も言わない。
「助かる」
しかし、Aランクハンターというのはそういう扱いなのか……と思っていると、マルタが口を挟んだ。
「ローデン、私はハンターは引退していたつもりだが、ちょっとの間だけ復帰するよ」
「どういう風の吹き回しだ?」
「こいつらに常識ってやつを教えないといけないからな」
そう言って、親指でセイラスたちを指差す。
「あぁ、ぜひそうしてくれ」
ローデンが髪を散らしながら、そう答えた。
それから数か月をかけて、いくつかの町を巡った。
とはいえ、基本のルートはある程度決まっている。
地域ごとにある大きな都市をベースに、その周辺の町へ荷物を運んでいく。
だいたい、どの時期にどんな荷物や商品が欲しいのかということは、あらかじめ話し合っているのだろう。
どこの町でも、マルタは歓迎された。
そして、セイラスが驚いたのが、町だけではなく、小さな村落もまんべんなく回っていたことだ。
小さな村落では、基本的に貧しく、現金をあまり持っていない。
そのため、行商人がわざわざ遠くまで来てくれることは少ない。
村人たちは、必要なものをまとめて買うため、代表者が遠くの町まで出向くのが通常だという。
それをわざわざこちらから訪れ、必要な荷物を持ってきてくれる。
小さな村にとっては、非常に助かることなのだろう。
そうやって日々を過ごすうちに、セイラスは気づいた。
エルランド王国に、入っていない。
王国の中で命を狙われる可能性があるセイラスたちに配慮しているのだろう。
王国の金属や宝石、布などは比較的高値で取引される。
マルタにとって旨味のある仕事や商品を扱わないというデメリットを受け入れてまで、自分たちを連れ歩き、色々と教えてくれるマルタには改めて感謝した。
冬が近づいてきた。
そこで、冬の過ごし方について相談することになった。
「冬の間はどうするか、いくつか考えている」
マルタが提示した案は三つ。
一つ目は、どこかのハンターの町で魔物を狩って過ごす。
二つ目は、大きな都市で休暇がてら小商いをして過ごす。
三つ目は、小さな村を巡り、薪や食料が足りていないかを確認し、不足している村に赤字にならない程度に売って回る。
マルタが話し終えたとき、三つ目を選びたいと言った。
故郷を思い出したのだ。
凍えるような冬の村。
薪が足りなくなり、寒い思いをしたこと。
食べ物が足りず、亡くなった子供や老人。
「そうか」
マルタは優しい顔をした。
「これはね、もともと旦那がやりたかったことでもあるんだよ」
そう言った瞬間、再びセイラスの過去視が発動した。
まだ若いマルタと、華奢な男が、笑い合いながら荷台を引き、雪の中を進んでいく。
降り積もった雪が道を白く覆い、二人の足跡だけが長く続いていた。
凍えるような寒さの中、それでも二人は楽しそうだった。
ノエルの希望もあり、冬の間は小さな村を可能な範囲で巡ることになった。
実際にやってみると、とてもきつい。
「寒すぎるんだけど……」
セイラスは戦力外で、ずっと荷台で毛布にくるまっている。
エーテル保有量による生命力の差もあるのだろう。
マルタとノエルは平気な顔をしていたが、セイラスには信じられない。
なお、雪の中では馬が通れないため、馬は町に預けてマルタかノエルが手で荷台を引いていた。
浮石によって空中に浮いている荷台は、こうやって人間の手でも引くことができる。
「そうか。このために、この荷台なのか……」
セイラスは、ようやく合点がいった。
村に着くたびに、喜ばれた。
薪が心もとなくなっていた。
食料が底をつきかけていた。
そのような村が多かった。
そういった村では、村人に対して赤字にならない程度の、ぎりぎりの安い金額で必要最低限のものを売っていく。
ちなみにセイラスとノエルは知らなかったが、ノエルの住んでいた村の状況は、他の村と比べてもさらにひどいものだった。
その村を管理する貴族は、その年に取れた作物の量に関係なく、一律に重い税を課していた。
そのため、ノエルの村は常に貧困に苦しんでいた。
そこまでではないにせよ、やはり小さな村は余裕がなく、苦しい生活を余儀なくされている。
支払いはぎりぎりで、物々交換になる場合もあった。
はっきり言って、商売にはならない。
「これ、儲かってないよな」
セイラスがマルタに言う。
「まあな」
マルタが返事をする。
しかし、特に機嫌が悪そうなわけではない。
「赤字にはなってないんだから、それでいいだろう」
軽く言うが、これではただの慈善活動だ。
しかも、それを個人でやっている。
……いや、個人だからこそできるのだろう。
たくさんの人を雇い、店を持ち、馬などを所有していたら、維持費なども非常にかかる。
雇っている人間たちの生活も考えなければいけない。
さらには、魔物のいるこの世界では、物をどこかに運ぶだけでも、護衛を雇わなければならない。
「赤字でなければいい」などとは、普通の商人が言える言葉ではない。
しかし、マルタは個人だ。
すでに馬車は持っており、気にしなければいけないのは馬二頭。
今は一応、セイラスたちを雇ってはいるが、高い給料を求めているわけではない。
普通なら雇わなければいけない護衛も、マルタには不要だ。
そう考えると、普通の行商と比べれば、かかる経費は比べ物にならないほど少ない。
だからこそ、こんな趣味のようなができるのだ。
さらに言えば、その経費の低さで物を安く売ってしまうと、本来は他の行商人の反感を買う。
しかし、こんな貧しい村々を回るような行商人は他にいない。
競合がいないという意味でも、問題が起こる可能性は低かった。
ノエルは喜ぶ村人達を見て、ぽつりとつぶやいた。
「これがうちの村にも来てくれれば、母さんは……」
その声は、マルタには届かなかった。
最初の冬を越えた後、ある意味では、セイラスとノエルの日々の生活は単調な繰り返しになっていた。
同じルートで同じ町を通り、同じ人に対して、同じものを売る日々。
それに飽き始めていることを察すると、マルタはローデンや、その他のハンターの町にセイラス達を連れていき、魔物を狩った。
これまでに見たのは、狼型や豚型のほか、鷲型や鴉型などの空を飛ぶ魔物。
集落を持ち、武器を携えた小さな鬼の形をしたもの。
川の中にいる魚型のもの。
群れからはぐれたのか、単体で行動している大鬼。
様々な魔物を狩った。
その都度、その魔物の特性や注意するところ、弱点、そしてエーテル石の取り出し方などを教わっていく。
珍しいものでは、狸型の魔物というものもいた。
これは尻尾が美味しいということで、尻尾だけは売れるらしい。
「魔物の肉を食べると気持ち悪くなるんじゃないのか?」
セイラスが聞く。
「それでも食べたいっていう変わったやつは、一定数いるんだよ」
マルタは複雑な表情で答えた。
魔物の狩りについても慣れてくると、日々の目新しさは減っていった。
しかし、逆に言えば、それは普通の生活に慣れてきたということでもある。
そして、いつしかノエルも、少しずつこの世界の常識を身につけていった。




