第13話 さらなる目的
大鬼を殲滅したノエルは、念のため辺りを確認した後、セイラスのところまで戻ってきた。
「終わりました」
息一つ乱さず、顔色一つ変えていない。
「大鬼と戦ってみて、どうだった?」
「そうですね。正直言って、まだこのくらいであれば余裕があります」
平然と答える。
「しかし、いつも使っている炎の矢では一撃では倒せませんでした。そうなると、あのレベルの数に囲まれた時、セイラス様を守りきれない可能性があります。そういった意味では、まだ私は実力不足ですね」
「なるほどね」
戦うだけ、勝つだけなら何の問題もない。
ただし、足手まといであるセイラスを守りきるかどうかに不安が残る、といったところか。
しかし、長い付き合いのセイラスには、ノエルの顔に「褒めてください」と書いてあるのを読み取った。
「でもよくやった。すごい。やっぱりすごいな、ノエルは」
セイラスがそう言うと、ノエルが少し頭を下げる。
手を伸ばしやすくなった青い髪のその頭を、セイラスが撫でる。
しばらく無言の時間が続くが、ノエルが満足そうにしているのを、それとなくセイラスは感じた。
ノエルの頭を撫でながら、セイラスは考えを巡らせる。
Bランクで、おそらく上位と思われるマルタ。
そのマルタが、勝てるかどうか分からないと言った大鬼。
さらに想像ではあるが、その大鬼が特殊個体化した状態でも、ノエルは圧倒した。
順当に考えれば、ノエルはAランク。
人間離れした実力である、ということは間違いないだろう。
それはある程度、予想通りでもあった。
ただし、「人間離れしている」というくくりだけのAランクであれば、その中でどの位置にいるのかというのは分からない。
特別なのはきっと、自分たちだけではない。
慢心しないようにしなければと、セイラスは改めて自戒する。
一通り頭を撫でられて、ノエルが満足したと察したあたりでセイラスが手を止めると、ノエルが姿勢を正して改めてセイラスに向き直る。
「ここは、どうしましょうか?」
倒した大鬼たちをどうするか、ということだろう。
「マルタの話では、魔物の死体は新たな魔物を呼ぶらしい。さらに言えば、先ほど見た、魔物のエーテルを吸収する光景。それを考えると、この大鬼たちのエーテルを他の魔物が吸収する恐れもある」
死体があれば、ローデン支部長たちも安心するかとは思う。
けれど、そこは大目に見てもらおう。
そう言って、セイラスはノエルに大鬼たちの亡骸の処分をお願いする。
「分かりました」
ノエルはそう言うと、以前、屋敷で襲撃者の痕跡を消した時のように処理していく。
マルタから魔物のエーテル石の取り出し方を教わってはいたが、さすがにこの大鬼たちのエーテル石を持ち込むわけにはいかないだろう。
少し惜しい気もしたが、そのまま焼いてもらう。
炎が次々と亡骸を包み、暗い森の中に赤い光が広がる。
しばらくすると、あちらこちらに焼け跡と灰などが残るのみとなった。
「それでは、戻られますか?」
「ああ」
セイラスは返事をするが、その場から動かない。
ノエルが怪訝そうな顔をしている。
「何でしょう?」
「さっき、俺が言ったことだけど」
「川を渡った後、セイラス様が言い始めたことでしょうか」
「やはり、人間の世界がここまでっていうのは、狭すぎると思うんだ」
ノエルは黙って聞いている。
「世界を巡りたい。その世界を記したい。自分たちの生きた証を残したい。その考えは変わらない」
一呼吸置いて、セイラスは改めて言う。
「でも、自分たちの旅。それは、今の人間たちが住んでいる世界だけではなくて、この先、魔物がいて進めない、はるか先。そこまで俺は旅してみたい」
ノエルは目を瞬かせる。
それは、今まで誰もできなかったこと。
それをやりたいと、セイラスは言っている。
「分かりました。お供します」
ノエルは即答する。
その返事に、セイラスは満足したようだった。
だからこそ、その笑顔に含まれている感情には、喜びだけではないことが、少しノエルには引っかかった。
ノエルは十三歳にして、すでにAランクハンターの実力を持っている。
そのノエルは、自分に対して命の恩人としての恩義を感じ、何でも言うことを聞いてはくれる。
ノエルの性格を考えると、たとえどんな無体なことを言っても、おそらくその命令に従うだろう。
しかし、逆に考えれば。
ノエルがセイラスの命令に従うことをやめた時。
ノエルが、セイラスについて行きたくないと思った時。
セイラスの旅や人生は、終わる。
ノエルはセイラスの命令に従い、何でも言うことを聞き、まるで便利な道具のように振る舞っている。
だが、実際のところ、セイラスの命を握っているのはノエルの方だ。
ノエルのことは大事だ。
家族や、自分の半身であると考えていると言ってもいいだろう。
そして、おそらくだが、ノエルも同じように考えているとセイラスは感じている。
しかし。
たとえ一心同体だとしても。
自分の命が、自分ではない誰かに握られているという事実は、セイラスの心の中にトゲのように刺さり、抜けなかった。
ローデンの町への帰り道。
またノエルはセイラスを背負って走っていた。
月明かりの中、来た道を軽快な足取りで進んでいく。
来る時に作った氷の橋を渡り、しっかりと橋を消しておく。
途中で気づいたロープも飛び越え、東側の壁際まで近づいてきた。
やはり、東側の見張りは薄い。
ノエルたちは外に出た時と同じように、光を遮断した状態で壁を飛び越えようとする。
「……ところで、何でまた俺を抱きかかえたんだ?」
ノエルは、背負っていたセイラスを胸の前で抱きかかえている。
「……思いっきり高く飛ぶ場合はこちらの方が安全ですので」
ノエルが答える。
ちょっとだけ口ごもったことにセイラスは気付いたが、気にしないことにした。
「まあ、いいけどさ。じゃあ、よろしく」
自分がなんとなく気恥ずかしいだけで、特に何が悪いわけでもないので了承する。
セイラスの了解を得て、ノエルは闇夜に紛れながら高く飛ぶ。
そのまま音もなく壁を乗り越え、街の中へと入っていった。
しかし、その時。
「今、何か動かなかったか?」
見張り台で辺りを警戒していた男が、何かを見つける。
(油断したか)
もともと町の見張りの人間たちは、外からの襲撃を警戒している。
中から出るものは想定していなかった。
しかし、いくら魔物が少ない東側とはいえ、真面目に注意していたのだろう。
侵入の気配をわずかながらでも察知し、警戒している。
一人のハンターが、見張り台から降りてきた。
「さて、どうするか」
今は黒い靄に包まれている状態で、暗闇ならばいい。
だが、街中は案外、街灯などの光により明るい。
もぞもぞ動く黒い影は、やはり見つからないとは限らない。
「こっちの通りの隅に隠れよう」
セイラスが、先ほど通ったときに確認していた町の家や通りを思い出し、ノエルに行き先を指示する。
ノエルがそこの道を覗き込む。
「行き止まりですが?」
「いや、だからこそ大丈夫なんだ」
そう言って、ノエルに抱きかかえられたまま指示すると、暗がりの行き止まりまでたどり着く。
そこには街灯の明かりも届かず、黒い靄になっている二人には、確かに絶好の隠れ場所だった。
ハンターの足音が聞こえてくる。
慎重に武器に手をかけながら、辺りを見回しながら近づいてくるようだ。
ノエルに抱えられながらしゃがみ込んだため、セイラスはノエルに覆いかぶされるような形になっていた。
見張りをしていたハンターがセイラスたちに気付かず、通りすぎていくが、念のためしばらくじっとする。
外には届かないほど小さな音で、ノエルの心臓の音が聞こえてくる。
ノエルの体温は暖かく、少しいい匂いがした。
(あぁ、これは……)
安心する。
この少女に守られていると感じる。
しかし。だけど。
セイラスの中の黒い何かと、ノエルに対する信頼がせめぎ合う。
ただ、今は――
優しく包まれているこの感覚に、身を委ねることにした。




