第12話 大鬼との戦い
「……悪い」
突然、思いの丈を吐き出したことでノエルを戸惑わせたことに気づき、セイラスは謝ると、黙った。
ノエルも無言で頷き、移動を開始することにする。
察知能力を使い、周囲に魔物がいないかを確認する。
魔物と戦うことを想定し、魔物は赤黒い点に見えるようにイメージしている。
近くにはいない。
森の奥の方を探っていると、何箇所か魔物が固まっているところが確認できた。
みんな、動かない。
どうやら夜は寝ているのだろう。
「確か、大鬼の群れは町から見て北西の方だったはずだ。そっちへ行ってみよう」
「はい」
背中に乗るセイラスの指示に従い、川沿いに走る。
夜の闇の中、ローデンの町から放たれる警戒の光が徐々に遠ざかっていく。
しばらく走ると、森の奥の方に大きな黒い点をいくつも感じる。
「見つけました。おそらく、ここだと思います」
ノエルの声に、セイラスは森の中を見る。
相変わらず、ちらちらと輝くエーテルに邪魔されて視界は悪いが、確かに森の奥の方に強いエーテルの光が見える。
「ちょっと、思っていたよりも強いかもね。気をつけながら近づいてみよう」
「はい」
夜の森の中は真っ暗だった。
ノエルの目は特別なものではない。
しかし、察知能力の恩恵で、大きな障害物、例えば木などがあれば、なんとなく分かる。
一方で、枝や足元の低木などまでは分からない。
ノエルの能力ならどうとでもなるので、どうするのかとセイラスが見ていると。
ノエルは自分たちの周りにエーテルで分厚い壁を作り、目の前を邪魔する枝などをへし折りながら強引に突き進んでいく。
「……」
本来なら、枝を払うやかましい音が聞こえるはずだが、音を消す力によって、それは聞こえない。
セイラスは、ノエルなら夜の森の中でも堂々と進めると思っていたが、一番の力技を選んだことに少し驚いた。
「……ノエルって、結構脳筋なんだね」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何も」
指示したのは自分だ。
そのまま背負われたまま、暗い森の中を進んでいく。
やがて、少し開けた場所を見つける。
そこに見えたものに、セイラスは驚愕した。
明かりがついている。篝火だ。
大鬼と思われるものが立ち、周囲を見回している。夜の見張りだ。
倒木を斜めに並べて三角形を作り、雨風をしのげるようにしたものがある。
……あれはおそらく、家だ。
ただし、それは一つだけで大半の大鬼は、地面に木の葉を敷き、その上で寝ていた。
「大鬼は知恵があるとは聞いていたが……」
集落を作っている。
これは、1つの文化だ。
「文化を持つ者たちが、土地を争い、奪い合っている。そうか、これは」
ある意味では、戦争なのか。
魔物も夜に寝るのであれば、夜襲もありなのではないかとセイラスは考えていた。
しかし、これでは確かに夜襲もかけられない。
幸いなことに、篝火を焚いているせいで、ノエルも普通に辺りを見渡すことができる。
それに加えて、察知能力で魔物たちの位置を把握し始めた。
「全部で三十二体いますね」
「ずいぶん増えたな」
支部長の話では二十以上とは聞いていたが、三十以上となると、また話が変わる。
一年で、それだけ増えたということだ。
このペースで増えれば、ローデンの町の戦力では勝てなくなる日も近い。
戦いに出ず、待ちに回ったローデン支部長の判断は、誤ってしまったと言っていいだろう。
セイラスは、ここに大鬼を直接見るために来た。
それに加えて、ローデン支部長の「家族に犠牲を出したくない」という言葉が胸に響き、可能であれば手を貸しておきたいとも考えた。
なお、やはりそれを実行するのはノエルであり、自分ではない。
そのため、ノエルに事前に戦力を分析をしてもらった。
「町への襲撃があった時、対応に回ったハンターたち。あの者たちが百五十人いたとして、例えばノエル一人で対抗できるか?」
町にいる間にこっそりそう聞いてみたところ、ノエルは一言だけ答えた。
「何の問題もありません」
それどころか、
「屋敷を襲撃してきたものと、それほど大差ないように思います」
とのことだった。
セイラスの目から見ると、保有しているエーテル量は屋敷を襲撃したものとは全然違っている。
マルタには及ばないが、王宮にいた騎士団の者たちのエーテル量と遜色はない。
では、マルタだったらどうかと聞いてみたところ、
「マルタさんの全力を見ていないので何とも言えませんが、負けるイメージはありません」
はっきりと断言した。
そういった漠然とした根拠ではあるが、マルタが一対一で戦えるかもしれない相手であれば、奇襲すれば、ノエルならある程度倒せるだろうと踏んでいる。
しかし、今日学んだことがある。
相手のことを知ることが、戦いに勝てる可能性を、大きく左右することを。
それなのに、相手のことを知らないどころか、今まさに、自分の想像を超えた知能を持っていることまで知った。
しかもやつらは、1体1体がマルタと同等のエーテル量を保有している。
セイラスは考える。
「どうしますか?」
ノエルが聞いてくる。
魔物を。
大鬼を、今倒すべきかということだろう。
気付かれている気配はなく、奇襲できる。
ほぼ確実に勝てるとは思っている。
だが、そこに賭けるのは、家族も同然であるノエルだ。
もしノエルを失ってしまったら。
そう考えると、決断が下せない。
ノエルに何かあった時、それは自分の人生が、ある意味で終わる時だとセイラスは考えている。
セイラスが悩んでいるのを察し、ノエルが心配することはないという。
「セイラス様。大丈夫ですよ」
「……そうか。そうだな」
普段だったら、もう少し躊躇したかもしれない。
しかし、ノエル本人の後押しと、先ほど自分の中に浮かび上がった黒い感情。
それが抑えきれず、セイラスは言った。
「ノエル。こいつらを殲滅してくれ」
「分かりました」
即答だった。
それとともに、ノエルの右手に何もないところから剣が現れる。
正確に言えば、セイラスの目には、エーテルが物質化し、剣を形作った。
屋敷の地下室にあった、母の残してくれた剣だ。
これはかなり有用な能力で、習得するのに苦労したが、非常に便利である。
馬車では、マルタに見せるために実物の剣をわざわざ準備したが、今のノエルは、いつでも、一瞬で、何もないところから剣を作り出せる。
これは使える用途が非常に幅広い。
例えば、武装を禁止されたとしても、ノエルには、何の意味もない。
また、もし今持っている剣が壊れたとしても、再びエーテルから同じものを作り出せる。
問題点としては、手から離れた瞬間、剣の物質化が解除されてエーテルに戻ってしまうことくらいだ。
その剣を構え、ノエルは戦闘を開始する。
ただ、やはりできる限り無駄な危険にはさらさせたくない。
「ノエル、先に見張りを倒して。それから寝ているやつを一体一体、気付かれないように倒していこう」
「分かりました」
特に反論はせず、ノエルはそれに従う。
ノエルはまず、見張りをしている大鬼に対して炎の矢を当てる。
繰り返し練習したので、もう無意識のように使える炎の矢。
一瞬のうちに作り上げられた炎の矢が、大鬼の頭に向かって飛ぶ。
瞬時に矢は二体の大鬼の頭を貫通し、見張りの二体は、どさりと音を立てて倒れる。
その音に気づいた大鬼が、何体か目を覚ました。
ノエルはそれを見ると、起き上がりかけた鬼たちにも同じように炎の矢を当てる。
そこでセイラスは、ある違和感に気づく。
遠くから倒したせいか、倒した魔物のエーテルがほとんどノエルの方に来ない。
それどころか、木だけで作られた三角屋根の方に吸い込まれていく様子が見えた。
「何かが……エーテルを吸収しているのか?」
人間が魔物のエーテルを吸収するのだ。
逆に、他の何かが魔物のエーテルを吸収してもおかしくはないように思える。
セイラスのその違和感の答えが出ないうちに、ノエルは走り出し、討ち漏らした大鬼にとどめを刺し始めた。
寝ている鬼も関係なく、命を刈り取っていく。
そうして危なげなく、大鬼たちを討伐していった。
「大鬼の強さが分からなかったが、まあ、今はまだ無理するところではないな」
セイラスはそう考えていた。
その時、直接ノエルがとどめを刺した鬼から出たエーテルも、三角屋根の方に吸収されていることに気づいた。
「ノエル、気をつけろ。三角屋根の方、なんかやばそうだ」
「分かりました」
ノエルが油断なく剣を構える。
ノエルが見ると、今まさに三角屋根の中から、周りの大鬼よりも一回り大きな大鬼が出てくるのが見えた。
おそらく、仲間たちのエーテルを吸収したのはこいつだろう。
セイラスの目には、滲み出すような大量のエーテルが、その大鬼の体内に蓄えられているのが見える。
「魔物も、他の魔物のエーテルを吸収することができるのか?」
そういえば、特殊個体の魔物という話を読んだことがある。
まれに、魔物の中に強力な個体が混じることがあるという、あれだ。
外見は他の魔物とそれほど変わらないのに、異常に強い。
長く生きたからとか、いくつかの説があったが、原因は判明していないはずだ。
「そうか。こうしてできるのか」
そんな場違いなことを考えていると、エーテルによって光って見える大鬼が周りを見渡した。
同胞がみな倒れ、亡骸になっている様子を見る。
「グオオオオオ!」
怒りとも悲しみとも取れる雄叫びが響く。
「そうか。魔物達も、同胞が死ぬのは悲しいのか」
セイラスは淡々とその様子を分析する。
そして観察を続けていると、大鬼の右腕の周りのエーテルが、他とは違う光をまとっているのに気づく。
「あれは……」
昔、王宮で見た異能者。
また、初めてノエルを見たときに、体の中ではなく、体の外側に莫大なエーテルをまとっていたこと。
それらから、推測していたことがある。
異能者は、体内だけではなく、体外にもエーテルをまとっている。
「ノエル、大鬼の右腕に気をつけろ! 何かの異能を使うかもしれない!」
ノエルは言われた内容に一瞬驚くが、油断なく身構える。
それと同時に、大鬼が光り輝く右腕を振り上げ、空中を殴りつけた。
瞬間、まばゆい光線が一直線に走るのを、セイラスは見た。
それは炎の塊のように見えたが、ノエルの後ろにあった大木を穿ち、その先にあった岩をも砕いた。
轟音とともに木片と岩の欠片が飛び散り、森の一角が大きく削られる。
「これはすさまじいな」
セイラスは感嘆する。
「あれではローデンの町の外壁も一溜まりもないだろう」
しかし、セイラスは心配していない。
ノエルは素早くよけ、すでに大鬼の左手側にいた。
どんな攻撃か分からないため、念のために余裕をもったのと、セイラスを巻き込まないように位置取りを変更したのだ。
今、ノエルはセイラスから見て、大鬼を挟んだ向こう側にいる。
相手の異能は見た。
今度はこちらの番とでもいうように、ノエルは炎の矢を一本作り、大鬼に向けて飛ばす。
大鬼はその矢を、エーテルをまとった腕で振り払った。
「ノエルの矢を防がれるのは、初めて見たな」
しかし、そうはいっても、ノエルは本来、もっと多くの矢を同時に作り、飛ばせる。
また、これまでは倒すときには相手の死角に発生させ、急所に直接当てていた。
「相手の強さを測っているのか」
セイラスはノエルの意図を把握した。
ノエルは次に、剣で斬りかかる。
大鬼はその剣を腕で受け止める。
血は流れるが、切られることはなく止められた。
「ほほう」
今のは、狼型の魔物とマルタが戦ったときの攻撃速度と同じくらいに見えた。
それを止められたのを確認し、ノエルは徐々に攻撃の速度を上げていく。
セイラスの特別な目と頭は、ノエルと大鬼の攻防を見逃すことがなかった。
しかし、常人には不可能な動きのこの戦闘が、いったいどんなレベルで行われているかまでの判断はつかない。
ノエルの攻撃速度は、さらに上がっていく。
四方八方から斬りかかる。
大鬼は腕で体を庇い、剣を防ぎ続ける。
だが、ある速度まで速くなると、大鬼の防御が間に合わなくなってきた。
その隙を見つけると、ノエルは力を込め、大鬼の特殊な右腕を切断した。
「グガッ!」
大鬼は思わず、切られた右腕を押さえる。
その隙にノエルは一旦距離を置くと、先ほどと同じように炎の矢を放った。
「グウッ!」
大鬼はもはや払うことも避けることもできず、胸に無防備に矢を受ける。
胸を大きく抉られたが、大鬼はまだ生きていた。
それを見て、ノエルは初めて顔をしかめる。
しかし、すぐにノエルは大鬼に斬りかかり、その首をはねた。
確認すべきことは終わったとばかりに。
こうして、ローデンの近くに住み着いた大鬼三十二体は、全て討伐された。




