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第2話 軟禁王子 1

セイラスはこの国、エルランド王国の第2王子だ。

ただし、政治的な様々な要因が絡み合い、今はヴェルナという街にある、セイラスの母であるエリアが遺した屋敷に軟禁状態となっている。

エリアは貴族ではあったが、家出のような、追い出されたような、微妙な立場であったらしい。


エリアは未来視の異能を持っていた。

その異能を上手く使い、瞬く間に個人としての財産を築いた。


何かが流行って価格が高騰する。

何かが不足して誰もが欲しがる。


そんなタイミングでいつも、「こんなこともあろうかと思ってね」と澄ました顔で、いつの間にか買い集めたものを売って、お金を増やしていた。


そして、貯めたお金でいくつかの山を買うと、そこからは貴金属や宝石などが産出され、エリアは瞬く間に大金持ちとなった。


そうなると、通常は妬みを買うものである。

しかし、エリアはその能力や財産を惜しみなく人助けにも使っていたので、味方も非常に多かった。


そんなエリアが、ある日、妊娠した。

男の子――セイラスを産み、そしてその父親が……国王であった。


国王には王妃がおり、少し前に第1王子が生まれたばかりだった。


王宮は蜂の巣をつついたような大騒ぎだったらしい。


貴族の血筋とはいえ、側室でもない女が王の子どもを産んだのだ。

しかも、国王はその子をはっきりと認知した。


それなら後からでも側室に、と周りの家臣たちは考えたが、なんと本人が断り、国王も側室にするつもりがないらしい。

であれば王宮から出ていくのかと思えば、エリアは子どものセイラスと共に王宮に住み着いた。

わけがわからないと、周囲はひどく混乱したそうだ。


そうして複雑怪奇な立場の第2王子となったセイラスは、子どもにしては早い時期に字が読めるようになり、王宮では本ばかり読んで過ごした。


読む本は、母のエリアが勧めてくれたものを読むようにしていた。

セイラスの好みを知り尽くしているかのように、興味を惹くものばかりだったので、セイラスは不満はなかった。


しかし、そんな日も終わりを迎える。


国王とエリアが2人で歓談していたとき。

2人が飲んでいたお茶に毒が入れられたのだ。


エーテルで強化されている人間は、生命力も強くなるので、毒にも強い。

しかし、その毒は耐性を上回る強力なものだった。


王侯貴族はエーテルの保有量が多い者がほとんどであるため、確実に殺意を持って入れられたものだ。

その毒を入れた犯人は、古くから仕える信頼されていた使用人で、理由も話さずに自害し、真相は謎のままとなった。


国王は意識不明の重体となり、母も死の淵に立った。


そこで『用意していた遺言書』を渡すと共に、セイラスに最期の言葉を遺した。

遺言書には、セイラスは王宮から出て、成人までこの屋敷に住まわせるように書いてあった。


そこで自ら志願したロビンのほか、様々な派閥から様々な思惑で揃えられた護衛の騎士たちと、ここで住むようになった。


「……と、いうわけだ」


延々と自らの素性を語ったセイラスは、目の前で固まっているノエルを見る。

長く喋り続けたせいで乾いた喉を、果実水で潤す。


ノエルはまだ固まったまま、口をパクパクとさせている。


何を聞けばいいのか、何を話せばいいのか。

情報量が多すぎて混乱しているのだろう。


とりあえず落ち着くまで待とうと、昨日、道端で行き倒れていたときとは全く違う、小綺麗になった少女を眺めていた。





思い出すのは、昨日の夜。

あれからは大変だった。


身寄りのない子どもを突然連れてきたのだ。

世話役のロザンナは、かんかんになってセイラスを叱った。



かわいそうなのはわかる。

ただし、これからどうするつもりなのか。

一晩泊めて食事を与えて、また外に出すのか。

冬の間だけ面倒を見るのか。

引き取り手を探すのか。


え? この屋敷に住まわせる?

セイラス様、あなたは自分がどのようなお立場かわかっているでしょう?

素性のわからない人間をそばに置くのは難しいのです。

そもそも……。



ロザンナのお小言は1時間ほど続いた。


もしセイラス様に害を為そうとするものだったらどうするのですか、とロビンにも飛び火し、敵意は感じなかったから大丈夫だと言い訳していた。


敵意とか感じられるんだ、すごいなぁ、などと考えていると、聞き流していることにロザンナが気づき、深いため息をつかれた。


「ひとまず、ここに住まわせることは譲るつもりはないんですね?」

「うん、それは絶対」

「気持ちはわかりました。……正直、私だけでセイラス様のお世話をするのは難しいと感じていたので、使用人見習いとして雇う方向で考えましょう。あとは、周りの人間がどう受け取るかですが……ロビン、あなたはどう思いますか?」

「お嬢ちゃんをつれてくるところは『見られて』いたから、大丈夫だとは思うぜ。客観的に見ても、死にそうな孤児を助けただけだからなぁ」


まぁ、いちゃもんはどうやってもつけられるから、絶対とは言えないけどな、と小さく付け加える。


「そのへんは、我々大人たちがなんとかしましょう。子どもを助けることができるなら、それに越したことはありませんから」






ノエルが目覚めたのは、今まで見たことのない立派な部屋だった。


「ここはどこ……? わたしは、たしか……」


意識を失う前の出来事を思い出す。

寒さとひもじさに覚悟を決めたとき、黒い少年に着いてこいと言われた。


そのあとの記憶はないが、今こうやって暖かいベッドで目を覚ましたということは、助けられたのだろう。


体を起こし、部屋を見回す。

豪華ではないが、作りの良い調度品が置かれている。

今ノエルがいるベッドもふかふかで、シーツの手触りも気持ちいい。

見た目よりも実を取る人の家なのかもしれない。


「あ、あれってもしかして、ガラス窓?」


透明な板の向こうに景色が見える。

工業都市と呼ばれる場所でしか作れない、高価なもののはずだ。

この家の主は、やっぱりお金持ちのようだ。

好奇心に勝てず、ガラス窓に近づいてみる。


「うわぁ、本当に透明だ」


外はすでに明るかった。

昨日降っていた雪も止んでいる。


ガラス窓の珍しさにしばらくぼーっとしていたが、ふとした瞬間に足から力が抜け、尻もちをついた。

暖かいベッドでゆっくり寝られたとはいえ、2日以上何も食べていないのだ。

体に力が入らない。


こんこんこん、とドアをノックする音が聞こえる。


「起きましたか?」


女性が声をかけてきた。

物音がして、ノエルが起きたことに気づいたのだろう。


「あ、はい。起きました。おはようございます」


扉越しに挨拶すると、ドアが開かれた。

背筋の伸びた、年配の女性だ。


「おはようございます。昨日はよく眠れましたか? 勝手ながら着替えさせていただきましたが、少し大きかったようですね」


言われて初めて、自分が着替えさせられていることに気づく。


考えてみれば、自分が着ていたあの汚れた服で、このベッドに寝たら汚してしまう。

当然と言えば当然だろう。


「娘の古着で申し訳ないのですが、この屋敷には女の子のための服がありませんので」

「いえ、とても着心地のいい服です。ありがとうございます」


お礼を言うと、女性は微笑んだ。


「申し遅れました、私はロザンナといいます。あなたのお名前は?」

「あ、あの……ノエル、です」

「ノエルさんね。お腹が空いているでしょう? 食事にしましょう」

「……はい」


ノエルは言われるまま、女性の後ろをついていく。


廊下を歩いている間も、落ち着かない。


昨日まで、道端で凍えながら死ぬのを待っていた。

それが今は、暖かい立派な屋敷の中を歩いている。


案内された部屋には、食事の用意がされていた。


白湯と柔らかく煮込まれた、湯気の立つスープ。

そして、柔らかそうな小さなパン。


「……美味しそう」


ノエルが思わず呟く。


「ええ。ですが、いきなりたくさん食べてはいけませんよ」

「え?」

「しばらくの間、食べていなかったのでしょう? 胃に負担がかかりので、まずはスープから。パンも、よく噛んで食べるのですよ」


言われたとおり、ノエルはスープから口に運ぶ。


「……おいしい」


お腹の中と、胸の奥がいっぱいになる気がした。


ロザンナは急かさず、ノエルがゆっくり食べるのを見守っている。


次に、パンを少しだけちぎって食べる。

村で食べていた固いパンとは全然違う。


言われたとおりによく噛んでから、飲み込む。


「あれ……?」


ノエルの目から、一筋の涙がこぼれる。


なぜ自分が泣いているのかわからないまま、ノエルは食べ続けた。

体が、生き延びたことを実感し、安心したのだろう。


ロザンナは微笑みながらノエルを見ている。


やがてノエルは食べ終わり、空になった食器を片付けながらロザンナは言う。


「よかったですね」

「……はい」

「お腹いっぱい食べたかったそうですが、今日のところはこのくらいにしておきましょうね」


昨日、自分が口走っていたことだ。

あの黒い少年が伝えたのだろうか。

ノエルは顔を赤くする。


食事を終え、少し時間が経った頃。

部屋の扉が開いた。


「ロザンナ、あの子は……ああ、起きたんだね。ご飯は?」

「今、食べ終わったところですよ」


ロザンナが答える。


昨日の少年だった。

黒い服に、黒い髪。

昨日はよく見えなかったが、こうして明るいところで見ると、やはり自分と同じくらいの年齢に見える。


「あっ……」


お礼を言わないと。


焦るが、とっさに声が出てこない。

村では友達がいなかったせいか、喋るのは得意な方ではない。


それでも、ロザンナにはちゃんと答えられた。

なぜか、少年の深く黒い瞳に見られると緊張してしまう。


「僕の名前はセイラスだ。君は?」


口ごもるノエルに構わず、少年が名乗る。


「……ノエル、です。あの、昨日は、ありがとうございました」

「ノエルだね、よろしく。昨日のことは構わないよ。僕が勝手にやりたくてやったことだ」


そう話すセイラスを、ロザンナが咎めるような目で見ている。


セイラスは、ロザンナと目を合わせないようにしている。


何かあったのかな、とノエルは思うが、セイラスが話を進める。


「そういえば、僕が誰か、聞かれていたよね。それをまず説明するよ」


そして、ノエルが想像もしなかったような自己紹介が始まり――――――

読んでいただきありがとうございます。


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