第1話 ある少年と少女の出会い
雪が降っていた。
ガラスの窓の外にちらつく白を見て、セイラスは懐中時計を確認した。もたもたしていたら、すぐに夜になりそうだ。
呼び鈴を鳴らし、護衛隊長のロビンを呼ぶ。
「お呼びですかい?」
すぐに騎士の鎧を着た、がっしりとした体格の男がセイラスの部屋に駆けつけた。
「外出する。馬車を出して」
「いまからですか!? 外も暗くなりますし、雪も降ってきてますぜ!」
「外出は月に3回許可されている。今月はまだ2回。問題はないはずだよ」
「雪が降るたびに出たがりますねぇ……はいはい、セイラス様のおおせのままに」
ロビンは渋々といった口調とは裏腹に、てきぱきとセイラスが外出する準備を整え始める。
「外はとても寒いですからね。風邪などひかないように、馬車の暖房エーテル機はちゃんとつけてくださいね」
世話役であり、ロビンの母でもあるロザンナが、セイラスの着替えを手伝い、外套を着せながらそう注意する。
「わかってる。僕も寒いのは嫌だ」
「それでは、行ってらっしゃいませ」
ロザンナに見送られながら屋敷を出て、ロビンが用意した馬車に乗り込む。
主人が乗り込んだことを確認すると、馬車はすぐに動き出した。夜が近く、セイラスが急いでいることをロビンが汲み取ってくれているのだろう。
門の外に出ると、護衛でもあり見張りでもある騎士たちが、無言でセイラスを見送った。
この騎士たちは、ロビンと違って愛想がないので、セイラスは好きではなかった。
御者はロビンで、護衛も兼任している。
あまり目立つわけにはいかないので、ぞろぞろと護衛をつけるわけにはいかないのだ。
セイラスは吹き込む雪に目を細めながら、流れていく町並みを見つめた。
ロザンナに言われたように、エーテルで動く暖房を起動させる。
気休め程度には、温かくなる。
馬車もあまり目立たないよう、高価なガラス窓はついていない。
「寒くないんですかい?」
「当然、寒いよ」
「ですよねぇ。そこまでして見たいなんて、坊ちゃんは雪が好きですねぇ」
「そんなんじゃない」
雪は、好きではない。
他の人には見えていないものが見えるセイラスにとって、雪はさらに視界を悪化させる。
雪に混じってキラキラと輝くそれは、エーテルと呼ばれているものだ。
セイラスはまだよく理解していないが、万物の力の源とか、母は言っていた気がする。
エーテルは、通常は目に見えない。見える者はいない。
そのはずである。
「このどこにでもある、キラキラしたものはなあに?」
尋ねたとき、普段はふざけてばかりの母が、真剣な顔で言った。
「それはおそらく、エーテルと呼ばれるものよ。他の誰にも、それが見えることは言ってはだめ。知られてはだめ。わかった?」
「う、うん、わかった」
母との会話を思い出しながら考える。
この目は何なのだろう。
この視界を邪魔するエーテルとはなんなのだろう。
エーテルはどこにでもある。
そこら中にたくさん浮かんでいるし、人や動物、植物。果ては壁や道路にもある。
「力の源」というだけのことはあって、エーテルが濃く見えるものは強い、ということだけはわかった。
特にわかりやすいのは人間だ。
それなりに多くの騎士や兵士を見たが、体の内に秘めるエーテルが濃いほど、強い。
純粋に動きが速く、力が強いのだ。
目の前で馬車を操作しているロビンは、かなりエーテルが濃い方だ。
セイラスの屋敷にいる人間の中では一番濃い。
比較対象としては、近衛騎士と同じくらい。おそらくは、それに準じる地位にいたのであろうと想像している。
母に恩があると言って、セイラスの護衛隊長に自ら志願したと聞き、感謝している。
とりとめのないことを考えていると、道沿いの店や家が減ってきた。街の外れに近づいたらしい。
街灯が灯り始め、夜が近いことを知る。
「セイラス様、どうしますか?」
もう帰るのか、ということだ。
護衛のロビンがいるとはいえ、夜に出歩くべきではないし、なにより気温もどんどん下がっている。
今日も、外れだったかな。
少し落胆しながら、帰宅を伝えようとしたとき。
『それ』が目に入った。
「馬車を止めて! すぐに!」
「な、なんですか?」
いきなりの声に戸惑いながらも、ロビンは言われた通りに停車する。
セイラスはすぐに馬車のドアを開けると、外に出る。
街の片隅。誰も見向きもしないその場所で、セイラスが見たもの。
おそらくは、自分と同じくらいの少女。
なぜ「おそらく」なのか。
よく見えないのだ。
セイラスには光り輝いて見えるエーテル。強弱はあれ、それは誰もが持っている。
しかし、目の前の少女は、かつて見たことのないほどに大量のエーテルを持っていた。
いや、正確には『包まれていた』。
セイラスの目では、まぶしくて目が眩むほどに。
「おなか……すいたな……」
少女がつぶやく。
かなり弱っているようだ。
この寒さの中で道端に座り込んでいるのだ。無理もない。
「最期におなかいっぱい、食べてみたかったなぁ……」
目の前のセイラスには気づかず、そんなことを言っている。
「おなかいっぱい食べたい、か。まだ生きているようだね」
ただし、言っていることはよくない。
本人もこのままではまずいことは自覚しているようだ。
「ロビン。この娘を馬車に連れてって」
「セイラス様、それはちょっと……」
「早く」
「ですから、それは」
「何度も言わせないで。連れてってと言ったよ」
「……はぁ。どうなっても知りませんからね」
まぶしくてよく見えない少女をしっかりと確認するため、セイラスは少女の前にしゃがみ込んだ。
「誰……?」
少女が目を開け、こちらを伺う。
「僕が誰かは、どうでもいい。このままだと死ぬよ」
近寄ったことで、ようやく顔が見えるようになった。
青い髪の、可愛らしい少女だった。
「このまま凍死か飢え死にしたくなければ、馬車に乗って」
このままではまずいとはいえ、できれば本人の意思も確認したい。
「……はい」
即答を受け、ほっとした自分を自覚した。
セイラスは自分が着ていた外套を少女に羽織らせる。
できる限り着込んでいるのだろうが、薄いボロボロの服だ。寒いだろう。
「ロビン、聞いたね? すぐに運んで」
「はいはい、了解しましたよっと。どうなっても俺は知りませんからね?」
ロビンが、気配りのできるその性格のとおり、優しい手つきで少女を持ち上げる。
そのまま馬車まで運び、座席に横たえた。
セイラスは少女の反対側の席に座る。
ロビンが御者台に乗ると、馬車はゆっくりと動き始めた。
体力は限界だったのだろう。
セイラスの外套に包まれながら、程なく少女は眠りについた。
「……母さんの、言うとおりだった」
セイラスの目や、もう一つの異能のように、母も不思議な力を持っていた。
それは、未来を視る力。
その力を使い、亡くなる前にセイラスに伝えたことがある。
雪の降る日に、街へ出ること。
そうすれば、あなたの人生を決定的に変える人に出会える。
母の言葉に従った結果、出会ったのがこの少女だ。
間違いないという確信があった。
母に感謝を伝えるように。
閉ざされたと思っていた自分の未来が拓けたことを実感するように、つぶやいた。
「キミが、僕の希望なんだね」
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