第8話 最前線の街
目的地であるローデンの町に着いた。
石を積み上げた壁は分厚い。襲いかかる魔物を押し返すことを想定しているのだろう。
ところどころには見張り台が設けられ、弓を構えた人間が立ち、鋭い目で周囲を見渡している。
町というよりも、砦だ。
実際、300人に満たない住人のほとんどがハンターかその関係者らしい。
頑丈な扉に閉ざされた門は、体格のいい二人の門番が守っている。
マルタが馬車に乗ったまま近づいていくと、門番が鋭い目でこちらを見る。
しかし、マルタの姿を見るとすぐに相好を崩した。
「マルタさん、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、邪魔するよ」
どうやら顔見知りのようだ。
門番が壁の向こうに声をかけると、頑丈な門扉がゆっくりと開いていく。
石と金属で作られた門が軋みながら開き、馬車が通れるだけの大きな道が現れる。
そのままマルタは街の中へ馬車を進めた。
街は、それほど大きなものではなかった。
魔物との戦いの最前線でもあり、子供などはほとんど見当たらない。
しかし、食堂からは賑やかな声が聞こえ、武器や防具を修繕・製作しているであろう鍛冶場からは、鉄を打つ軽快な音が響いている。
周りを見渡すと、木でできた家はほとんどなく、簡素だが頑丈さを優先させたと思われる石造りの家が目立つ。
街中に魔物が入り込んだ後の戦いも想定しているのであろう。
そこら中に柵があり、また家と家の間も、ちょうど人一人が剣を振り回して戦える程度の幅に調整されている。
道も複雑に入り組んでおり、奥へ向かうにつれて細くなっている場所もある。
「町というより戦うための砦っていう感じだな」
セイラスがそう呟くのを聞くと、マルタが頷く。
「分かるかい? 魔物が入り込んできた時に、一箇所に追い込んで殲滅したり、細い路地に誘い込んで撃破したり、色々考えて作ってあるのさ」
「なるほど」
話しながら大通りを馬車で進んでいくと、広場に着き、正面には大きな建物が見えた。
二階建てで高さはそれほどでもないが、横幅が非常に長い。奥行きもかなりありそうだ。
建物の屋上には、やはり見張り台があり、鐘も設置されていた。
非常時を知らせるためのものだろう。
「着いたよ。ここが目的地、ローデンの町のハンターギルドだ」
建物に近づくと、職員らしき人物がマルタの姿に気づき、馬車を建物の脇へと誘導した。
「マルタさん、いらっしゃい。荷物は?」
「ああ、頼まれたものは持ってきたよ」
「助かります。……多いな。荷下ろしをするから、誰か手伝ってくれ!」
職員が声をかけると、男が二人駆け寄ってきて、マルタの馬車の荷台から荷物を降ろし始めた。
大きな袋や木箱が次々と運び出され、建物の脇にある倉庫へと運ばれていく。
職員は馬車から降ろして倉庫に入れた荷物をチェックし、何やら紙に記入しながらマルタと話す。
「助かりました。ちょっと最近、食料が心許なくなっていたので」
「何かあったのかい?」
「この前、別の商隊が襲われてしまいまして。護衛が何人か怪我をしたんですよ。それで代わりの護衛が準備できないということで、遅れてましてね」
「そうか」
ここの食料事情は、なかなか厳しいらしい。
一番近い町があの有り様だから、仕方ないのかもしれないが。
「ああ、そうだ。ローデンはいるかい?」
マルタがそう聞くと、職員は作業を続けながら答える。
「二階の支部長室にいますよ」
「そうか。じゃあ、ちょっと顔出してくるか。セイラス、ノエルも一緒に来い」
そう言って、マルタはスタスタと歩き始める。
この街の名前もローデン。
関係あるのかなと思いながら、セイラスは黙ってついていく。
マルタは大きな建物の中央にある正面玄関から入っていった。
中に入ると、建物の大きさに対して人はそれほど多くなかった。
その代わり、壁にはたくさんの武器や防具が用意されている。
剣や槍、盾などが壁際に並べられ、すぐに持ち出せるようになっていた。
テーブルや椅子も相当数あり、おそらくは待機場所。
さらに考えると、最終的にここへ立てこもることも想定されているのだろう。
マルタはカウンターに近づき、受付をしている男性に声をかける。
「ローデンに会いに来たよ。二階に行っていいかい?」
男性は笑顔で「どうぞ」と促した。
セイラスとノエルはマルタに続いて二階へ上がっていく。
二階には長い廊下があり、たくさんのドアが並んでいる。
そのうちの一つ、『支部長室』というプレートが掲げられているドアの前で、マルタが足を止めた。
そして、ノックする。
「ハーゲン、いるかい? マルタだ。入るよ」
(なるほど、ギルド長ね……おや、ローデンって名前じゃなかったっけ?)
「入っていいぞ。あと、ハーゲンって呼ぶんじゃねぇ!」
「ローデン、久しぶりだな」
「……」
ハーゲンなのかローデンなのか分からない男性は、怒った風を装いながらもマルタを歓迎し、話し始める。
その間、セイラスはその男性の頭頂部を眺めていた。
(……薄い。もしかして、それでハーゲンと呼んだのか……)
ローデンの頭頂部は寂しい状態だった。
おそらく、それをマルタは揶揄していたのだろう。
「よく来てくれたな。頼んでいたものは?」
「今、倉庫で荷下ろし中さ」
「助かった。いや、本当に助かったよ」
胃の辺りを押さえながら、ローデンは返事する。
「このままだと、あと一週間もしたら食事の制限を考えないといけないところだった。まあ、それでもすぐ次の便を手配しなきゃならんがな」
「ローデン、馬車が襲われたと聞いたよ」
「魔物どもが結構な深くまで入り込んできやがってな。護衛が何人か大怪我をした。命に別状はないんだが、代わりの護衛が決まらなくて遅れている」
お腹の辺りをさすりながら、ローデンが話す。……胃が痛いのだろうか。
「仕方ないから、こちらから人を回そうと思ってる」
「人手は足りるのかい?」
「……正直、ギリギリだな」
「そうか……」
部屋に沈んだ空気が流れる。
「そうだ、ちょっと紹介したい奴らがいるんだ」
空気を変えるように、マルタが少し声を明るくして言う。
自分たちのことだろうと思い、セイラスとノエルが前に出る。
「紹介するよ。セイラスとノエルだ。今は色々あって、私が雇ってる。ただ、ハンターにもなりたいそうだから、登録してやってくれ」
マルタはギラリとした目で付け加える。
「かなり将来有望だぞ」
「ほほう」
ローデンがこちらを向いたので、二人は改めて自己紹介する。
「セイラスだ」
「ノエルです」
「この町のハンターギルドの支部長をしている、ローデンだ。ふむ」
ローデンは、セイラスとノエルを見定めるような目で見た。
「私は正直に言って、人の強さを見分けることはできん。ちなみに、どの辺が将来有望なんだ?」
ローデンがマルタに尋ねる。
「男の方は頭が切れる。まあ、でも戦力としては期待するな。ただし女の方は、下手すると私よりも強い」
その話を聞き、ローデンは目を見開く。
「マルタより強いかもしれないだって?」
(やはり、マルタはBランクでもかなり強い方なのか)
魔物が出る危険地帯でも護衛なしで一人で行くぐらいだ。腕に覚えがあるのだろうとは思っていたが。
「ただ、色々あってね。まずは基礎から覚えさせたい。通常通りEランクからの登録でやってほしい」
「ふむふむ」
マルタが話しているのは、道中に決めていたことだ。
強さだけで言えば、マルタが本気を出していないことを差し引いても、ノエルが圧倒しているとセイラスは考えている。
マルタも、それを薄々感じ取っている。
しかし、今のセイラスとノエルに必要なのは、何よりも常識だ。
そう考えると、ハンター初心者のEランクとして、下積みから始めるのが一番だと判断した。
「分かった。まずはそれで登録しよう」
こうして、セイラスとノエルはハンターとなるのだった。




