第6話 魔物との初めての戦い
これから向かう町の名前は、ローデンという。
今は、その町がこの辺りでの魔物との戦いの最前線らしい。
そのため、のんびりと畑を耕すなどという余裕はなく、食料は常に必要とされている。
マルタが今回、食料品ばかりを運び込んでいるのは、そういうことだった。
「魔物と戦っている町が危ない……負けそうなんですか?」
「すぐに負けるって話じゃない。ただ、ちょっと雲行きが怪しいかな」
どうやら、強力な魔物が群れで住みついたらしい。
大きな被害はまだ出ていないが、魔物の数は減らせていない。
その魔物たちが繁殖したり、新たな魔物が流れてきたりしたら一気に情勢が悪くなる。
そういった意味で、危うい状況なのだという。
「強い魔物か、どんなやつなんだ?」
「大鬼って呼ばれている。二本の角が生えてて、体がでかい。知恵もある。何より馬鹿力だ。そいつの棍棒でぶん殴られたら、ひとたまりもない」
「なるほど」
それは本で読んだことがある。
普通の人間なら、一対一で勝つのは難しい相手だそうだ。
そのまま魔物の数が増えたら、確かに大変なことになる。
「援軍は来ないんですか?」
ノエルが聞くと、マルタは難しい顔をする。
「ハンターギルドには、特に強いやつらがいて、常に危険な戦場を助けに飛び回ってる。だけど、ここよりも戦いが激しいところはいくらでもあるんだ。まだ負けるとは決まっていないから、呼びにくいんだろう」
マルタはそう言って、街道の先へ視線を向ける。
「でも、どうしようもなくなってから呼んだとして、間に合うとは限らない。難しいところだ」
「そうなんですね」
セイラスは考え込む。
「大きい鬼の魔物か。見てみたいけど……まあ、そうはいかないよな」
「当然だろう。お前なんか、片手ひとひねりされてしまう」
「分かってるって」
「大丈夫です。セイラス様は私が守りますから」
ノエルがそう言うと、マルタが注意する。
「ノエル、その考え方は……改めたほうがいいかもな」
マルタは少し間を置いてから続けた。
「お前には守れる力があるかもしれない。だが、ちゃんと守りたいなら、守りたい人間を危ないところに近づけないことが一番だ」
「……」
「お前が目を離した隙に、セイラスが襲われたらどうする?」
「セイラス様から離れるつもりはないですが……確かにそうですね。分かりました」
ノエルは納得し、大人しく素直に頷いた。
「最前線は町の向こうだ。だが、そこだけにしか魔物がいないというわけではない。迷い込んでくる魔物も多くなってくるから、注意してくれ」
「分かった」
「分かりました」
ノエルとセイラスが同時に返事をする。
「分かってもらえたようで助かる」
マルタはそう言って、荷台の周囲を見回した。
「あとは今夜の見張りの話だ。ここら辺はまだ魔物が出る可能性が低い。だから、みんな一旦ここで休憩を取るんだ」
休んだ形跡がたくさんあるのは、そういうことかとセイラスは納得する。
街道脇の開けた場所には、いくつもの轍や踏み固められた地面が残っている。
「ただ、せっかくだから夜の見張りってのをやってもらおうと思う。セイラス一人では無理だろうから、ノエルと一緒にやってもらおう」
「そうすると、二交代制か」
セイラスが確認する。
「寝ている途中で起こされて、そのまま眠い状態で出発するのは結構辛いから、先に私、その後にお前たちがやってみることにしよう。どうだ?」
マルタの提案に、セイラスたちは了承する。
「今は全部教えてもらっているところだ。言われた通りにするよ」
ノエルも横で頷いている。
「よし。それじゃあ、あの月があの辺まで行ったら起こしてくれ」
そう言って、マルタは空に浮かぶ三日月を指さした。
そして、そこから四十五度ほど離れた場所を指し示す。
エーテルが視界を邪魔するため、セイラスの目には、遠くにある月は見にくい。
そのため、懐中時計を取り出して時間を確認する。
「だいたい三時間くらい、ということか?」
何気なく取り出したセイラスの懐中時計に、マルタが驚く。
懐中時計は非常に高価だ。
持っている人はとても少ない。
「まさか、懐中時計を持ってるなんてね。想像以上のお坊ちゃんだったよ」
マルタが物珍しげに懐中時計を覗き込む。
そして、内蓋に刻まれた紋章を見て、絶句する。
「……」
セイラスもその視線の先に気づく。
(しまった。これは失敗したか)
母からもらったプレゼントであり、お気に入りの懐中時計。
無意識に使っていることと、マルタに心を許し始めたため、油断していた。
内蓋に刻まれているのは、間違いなくエルランド王族の紋章。
知見の広いマルタならば、知っていてもおかしくはない。
マルタはしばらく黙っていた。
しかし、そのことについて何も口にすることはなかった。
「その時間の認識で大丈夫だ。じゃあ、最初の見張りは任せたぞ」
そう言って、馬車の荷台に寝るために入っていった。
見なかったことにしてくれるらしい。
セイラスは自分の迂闊さを悔やみながらも、初めての夜の見張りを始めた。
夜の見張り。
正直言って、暇だった。
旅行記などで何度か野宿のシーンを読んだことがあるので、ある意味、イメージ通りといえばイメージ通りだ。
街道の遥か先まで続いているが、エーテルに邪魔されてその先は見えない。
風で草むらが揺れていて、セイラスの目には無数に浮かんでいるエーテルと戯れているようにも見えた。
横にノエルがいて、話し相手になってくれるのが救いだった。
本来であれば、ちゃんと辺りに注意を払うべきなのだが、ノエルが能力を駆使して周囲を警戒しているのでセイラスは楽だ。
今は一定以上の大きさの動物や魔物、人間などに注意を払うよう調整しているらしい。
今のところ、自分たちに敵意を向けるようなものはいない。
「星が綺麗ですね」
「……そうだな」
実際はセイラス自身はエーテルが邪魔をして星が見えていない。ただ、否定する必要もないだろうと、ノエルに合わせる。
「屋敷のある街では、夜になると街灯がついていて星が見えにくかったんです。でも昔住んでいた村では暗かったので、こんなふうに綺麗に見えていました」
「そうなのか」
そんな他愛もないことを話していると、あくびが出た。
「セイラス様は、お休みになっていても大丈夫ですよ」
そういえば、ノエルは疲れた様子も見せていない。
エーテルによって強化された体力のせいだろうか。
「ノエルは眠くないのか?」
「はい。大丈夫です。眠ろうと思えば眠れますが、マルタさんが長めに見張りをしてくださるようですし」
時間を考えると、マルタはセイラスたちの約二倍、見張りをしてくれる計算になる。
体力のないセイラスにとっては、非常にありがたかった。
セイラスの眠気がピークになりそうになった時、マルタを起こす前にマルタが起きてきた。
「そろそろ交代しようか。何か気づいたことはあったかい?」
「特にないです」
ノエルが答える。
「分かった。じゃあ、後は私がやっておくから、二人は寝なよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「……ありがとう」
そう言って、二人はあらかじめ準備していた簡易テントの下の寝袋に入る。
「背中がゴツゴツする」
セイラスがこぼすと、ノエルが言う。
「私のマットも使いますか?」
「いや、大丈夫。こういうのにも慣れないとな」
そう言っていると、眠気に勝てず、硬い地面に関係なくセイラスは眠りに落ちていった。
翌朝。
眩しい日差しによって、セイラスは目を覚ます。
横でも、ほぼ同時にノエルが目覚めたようだ。
「あ、起きたか」
あの後ずっと見張りをしていたマルタが、起きてきた二人に声をかける。
「どうだ、初めての野宿の感想は?」
「……体が痛い」
「何と言うか、新鮮です」
セイラスとノエルが、それぞれ答える。
マルタが笑う。
「最初はそんなもんだ」
そして、少し真面目な顔になって続ける。
「ちなみに、ここはある程度安全で、魔物は来ないという前提で考えている。だから寝袋で寝てもらったけれど、魔物が出るところでは寝袋には入らず、武器を手放さないようにしておきなよ」
「分かりました」
マルタが朝食の準備を始めたので、ノエルがそれを手伝う。
セイラスは寝ぼけた頭でふらふらしており、何の役にも立たなかった。
「軽く食べたら、すぐに出るからな。昼過ぎには目的地に着くはずだ」
朝食を終え、三人は再び街道を進み始める。
朝の空気が清々しい。
ようやくセイラスの頭が冴えてきた。
夜営地を出てしばらく進んだところで、そっとノエルがセイラスに耳打ちする。
「この先に何かいます。数は八。おそらく魔物と思われます」
セイラスはそれを聞き、マルタに声をかける。
「マルタ、ノエルが気づいた。この先に魔物がいそうだ。マルタは分かるか?」
「いや、分からないな。確かなのかい?」
「それは分からない。何しろ、今まで魔物と戦ったことなんてない」
「そうか。それで、何で分かるのかは気になるが……」
そう話していると、マルタの脇に置いてあったエーテル機械から音が鳴る。
市場で、寝る時に便利だと言っていた、魔物の接近を知ることができる機械だ。
「正解、みたいだ。ノエルはこの機械よりも、もっと優秀なようだね」
マルタは音を止め、前方に注意を払う。
馬車を停め、武器を持って馬車から降り、戦闘態勢に入った。
訓練されている馬ではあるが、魔物を見て興奮状態になられてはたまらない。
マルタは何かの機械を操作した。
すると浮いていた荷台がゆっくりと下がっていき、地面についた。
「それは?」
「ああ、荷台の鍵、みたいなものだ。今の場所から動かないようにするためのね」
「なるほど。そうすれば、馬が慌てて走り出したりして、荷台ごとどこかに行ってしまうこともないと」
「そういうことだ……っと、見えてきたね」
マルタが馬車を守るように、前進していく。
ノエルも剣を抜き、いつでも戦えるように準備してマルタの後を進む。
セイラスは迷ったが、少し離れてついていくことにした。
マルタがちらりとセイラスを見る。
だが、止めない。
おそらく、それほど強力な魔物ではないため、大丈夫と判断したのだろう。
そして、ようやくセイラスの目にも魔物の姿が入る。
それらは、一見すると犬のようだった。
しかし、灰色がかった毛並みの体は大きく、牙も鋭い。
だが、保有するエーテル量はそれほど多くはなかった。
「狼型八匹。まあ、大丈夫だろう。私が蹴散らすから、ノエルはセイラスを守っていてくれ。私たちには大した敵ではないが、セイラスは危ないからな」
それを聞いて、ノエルは頷き、やや下がる。
元Bランクハンターの戦い。
どうやって戦うんだろうか、気になる。
セイラスが興味津々で見ていると、魔物たちとマルタが接敵する。
襲いかかろうとした魔物が動き始めるよりも早く、一体の頭が吹き飛ぶ。
マルタがモーニングスターを振ったのだ。
戻す勢いで、もう一体を叩き潰す。
素早く位置を移動すると、同じような要領で、さらに二体を倒した。
あっという間に、魔物の数が半分になる。
「こういう群れの魔物はね、囲まれると面倒だから、囲まれる前にやっちまうのが一番なのさ」
簡単そうに言うが、そんなに簡単にできることなのか、セイラスには判断がつかない。
「ノエル、あんたもやってみるかい?」
経験を積ませる意味と、実際にノエルの強さも見たいのだろう。
「はい、やります」
ノエルが声を上げると、マルタがちらりと目配せする。
残り四体のうち、二体を素通りさせた。
駆け寄ってくる魔物の前に、ノエルが立ちはだかる。
二体の魔物が飛びかかろうと、後ろ足に力を溜めた瞬間。
それぞれの魔物の首が飛んだ。
「ほう、やるね」
すでに残りの二体を仕留めていたマルタが、ノエルの剣の冴えを褒める。
こうして、セイラスとノエル……いや、ノエルの魔物との初めての戦いが終わった。




