第5話 棄てられる町
市場から戻り、マルタと合流した。
二人の腕に巻かれたブレスレットを見て少しニヤニヤしたが、特に何かを言うことはなかった。
昼時になっていたため、近くの屋台で軽く昼食をとる。
「さて、早速だが、仕事がある」
「わかりました、マルタさん」
突然丁寧にしゃべり始めたセイラスに、ぎょっとする。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか……お前にそんなに丁寧に話されると違和感がすごくてな……」
「僕はマルタさんに雇われていて、これからは仕事の時間です。雇い主に対して丁寧に話すのは当然だと思います」
つらつらと話すセイラスを、マルタは不気味なものを見るような目で見ている。
突然丁寧に話して驚かせたのはわざとだが、商談の場を乱さない話し方ができるというアピールでもあった。
もともと、尊大な態度は力の弱い自分を隠すための鎧だ。
セイラスの本質では、ない。
マルタの言う仕事とは、仕入れだった。
芋、小麦粉、果物、それに酒など。浮いた荷台の利点として、重さが影響しないことを理由に、重量のあるものも構わず買っていく。
荷台には次々と木箱や麻袋が積み込まれていく。それらを載せても、荷台が沈む様子はない。積み荷の重さなど関係ないかのように、静かにその場に浮かんでいた。
セイラスは食料品が多いことに気づいた。
「食べ物ばかりですね」
「食料が少ないところに行くからね」
マルタがやや真剣な表情でそう言う。
「まあ、本当はお前たちみたいな子供は危ないから連れて行きたくはないんだけれど……まあ、大丈夫だろう」
そう言って、マルタはノエルを見る。
それは、危険のある場所へ行くということだ。
セイラスとノエルは気を引き締めた。
その晩はそのまま、もう一度宿に泊まり、翌日出発する。
「今日は早速、野宿になるよ」
マルタはそう言っていた。
期待半分、不安半分といった気持ちで、セイラスたちは荷台に乗り込んだ。
通りを行き交う人々の少ない時間に、三人は町を出た。
半日ほど街道を進み、買っておいた羊肉サンドを昼食にして、移動を再開する。
交易都市が管理している村々の耕作地帯を抜けると、荒れた土地が目立つようになってきた。
畑の数は減り、道の両脇には草の生えた空き地が増えていく。遠くに見えていた建物も少なくなり、街道ですれ違う人間もかなり減っている。
「ちょっと寂しくなってきましたね」
ずっと外を見ていたノエルが、そうつぶやく。
ノエルは流れていく景色が気に入ったのか、いつも外を見ている。
うとうとしていたセイラスは、その声を聞いて外を見た。
「確かに、人の気配が少ないな」
今は仕事の時間ではないとの判断し、元の口調に戻している。
「誰もが安全だと思えるところを抜けたってことだよ。ノエル、ちょっと気を引き締めな」
マルタからの注意を受けてノエルは頷き、荷物の中に入れていた剣を腰に帯びる。
「おっ、剣を使うのかい?」
マルタが、ノエルが武装するところを初めて見て、そう言った。
「はい。剣を教えていただける人に恵まれたので」
「そっか。私はこれだよ」
ノエルにそう返すと、マルタは自分の武器を荷台の脇から取り出してみせる。
それは、金属の柄の先にトゲのついた球体が取り付けられた、いかにも威圧感のある武器だった。
「それは、モーニングスターっていうやつか?」
本で読んだことがあったような気がして、セイラスが聞いてみる。
「あぁ、その通りだよ。まったく、知ってることと知らないことの知識が偏ってて、よくわからないね」
マルタはそうつぶやきながら、武器の状態を確かめるように、手に持ったモーニングスターを軽く振る。
凶悪な形をした武器が、風を切る音とともに振り回される。
「随分ごつい武器を使うんだな」
「女一人の旅だからね。一通りの武器は使えるが、舐められないように見た目を重視してはいる」
確かに、体格はいいとはいえ、マルタは女性だ。
しかも、高価な荷台に、たくさんの荷物を積んでいる。
よからぬことを考える者がいないとは言えない。
しかし、その持ち主がこんなえげつない武器を振り回しているのを見れば、確かに、ちょっとした出来心程度ではちょっかいをかける気にはならないだろう。
「そろそろ魔物が出るのか?」
武器を準備した二人に、戦う力がないセイラスが質問すると、少しだけ言いにくそうに、マルタはセイラスに答える。
「魔物が出る可能性は、まだ低い。ただちょっと……人間にも気をつけないとね」
「どういうことですか?」
セイラスが聞く前に、同じ疑問を持ったノエルが質問する。
「まあ、しばらく行けばわかる。……食いつめた人間は、何をするかわからないんだよ」
荷台の中に沈黙が流れ、そのまましばらく街道を進み続けた。
ほどなくして、遠くに人が作った建物が見えてくる。
しかし、よく見ると様子がおかしい。
今朝出発した立派な町の立派な外壁と違い、遠くに見えるその集落らしき場所には、ボロボロになった木の柵が見えるだけだった。
建物も多く、元々は少なくない人数が住んでいたのではないかと思われたが、壊れている建物がいくつも目についた。
屋根が崩れ落ちた家や、窓が割れたままになっている店。
街道沿いの景色からも、町全体が手入れされていないことが分かった。
「なんか、ボロボロだな」
セイラスが見たままの感想を言う。
マルタはちらっとセイラスを見た後、少し寂しそうな顔をした。
馬車がそのまま進むと、町の門が見えてきた。
一応、門の体裁は保っているが、所々、木が朽ちたところが見える。
門は開け放たれていて、門番が一人だけいた。
「入るよ」
「ああ」
交わされた言葉は、それだけだった。
荷物のチェックどころか、誰であるかの確認もしない。
これでいいのかと思ったが、険しい表情を浮かべているマルタを見て、セイラスは口をつぐんだ。
町の中へ入る。
「一応言っておく。そろそろ夕方だが、この町には泊まらない。ここからしばらく離れたところまで進んでから、野宿するよ」
詳しくは説明しない。
見れば分かるということだろう。
そう思い、警戒しながら街の中を見る。
大通りを進んでいく。
浮いている荷台の上からは分かりにくいが、石畳の大通りは手入れされておらず、あちこちが壊れかけている。
石畳の隙間からは雑草が伸び、道端には崩れた石が転がっている。車輪がない荷台は問題なく進んでいくが、地面を歩く馬は足元の障害物を避けるようにして進んでいた。
大通りの両脇には、店や屋敷、建物がいくつも見えたが、ほとんどが閉まっている。
道行く人も少なく、活気が全くない。
……たまに見る人間は、マルタの高価な荷馬車を値踏みするように見ている。
そのまま進み、町の中心部へ向かう。
本来なら一番賑わっている場所であるが、そこもあまり変わらなかった。
いくつか大きな建物があり、営業しているのが見える。
宿屋のようだ。
街道沿いでもあるし、この町自体が宿場町なのだろう。
しかし宣言通り、宿屋には見向きもせず、マルタはそのまま馬車を進めた。
周りに人がいないことを確認し、一応、マルタに尋ねる。
「宿屋は営業しているみたいだったけれど、泊まらない理由は?」
「……荷物が取られかねないからね」
短い返答だった。
思っていたよりも、この町は厳しい状況のようだ。
ノエルを見ると、鋭い目で周りを警戒している。
おそらく、敵意を感じ取るための能力も使用しているのだろう。
セイラス自身は何もできないため、ぼうっと街を眺め続ける。
すると、視界の端に人が座り込んでいるのが見えた。
自分と同じくらいの年齢に見える、痩せ細った少年。
目の前に箱を置き、感情のない目で、近づいてくるマルタの馬車を見ている。
「物乞いか」
知識としては知っているが、初めて見る。
なぜかその少年があの雪の日のノエルと重なり……次の瞬間。
自分があそこに座り、道行く人に食べ物を乞う姿を幻視した。
「……」
子供好きのマルタがどうするのか気になったが、マルタは険しい顔のまま、そのまま馬車を進めた。
セイラスが幌の隙間から後ろを見ると、空虚な目がこちらの馬車を見続けていた。
朽ちかけた宿場町を素通りし、暗くなりかけたところで野宿をすることになった。
街道の脇の開けた場所には、踏み固められた跡や馬車の轍、馬の蹄の跡などが残っている。
ここで野宿や休憩をする人が、ある程度いるのだろう。
初めての野宿。
まず食事はどうするのかと考えていたところ、マルタは普通に機械式のコンロを取り出して火をつけ、鍋でスープを作り始めた。
「木を集めて、焚き火をするのかと思ってました」
ちょっと拍子抜けしたノエルがそう言ったが、セイラスもなんとなくそういうイメージだった。
マルタはにやりと笑う。
「普段使ってるものを使うほうが楽だろ?」
初めての野宿に身構えていた二人に、身も蓋もないことを言った。
「まあ、あんたたちは野宿に慣れてないから、最初から無理することはない。これがない時にどうするかは、おいおい教えるよ」
そうしてしばらくすると、スープが出来上がった。
湯気の立つ鍋から、温かな香りが漂ってくる。
三人はパンと一緒に、簡単な夕食をとった。
そこで、セイラスは疑問に思っていたことをマルタに質問する。
「さっきの通り過ぎたあの町。あれは一体何なんだ?」
マルタは少し暗い声で答える。
「あれは、これから廃棄される町だよ」
「廃棄?」
「ああ。見ただろう。もう、あそこにはほとんど人は住んでいない。人が減れば活気が減る。活気が減れば、また人が減る。その繰り返しで、あの有様さ」
そこで、ふとセイラスは先ほどの街の外れで見た物乞いの少年を思い出した。
聞くべきではないのかもしれない。
それでも、口に出してみた。
「マルタ、あなたは子供が好きだろう? 道端にいた子供に、食べ物を与えるかと思った」
「ああ、あれか……」
マルタは少し悔しそうに言う。
「セイラスの言っていることは合ってる。私は子供は好きだし、実際に食べ物はあげたいとも思う。だけどね」
何かを思い出すように、マルタは空を見上げる。
暗い夜空には星がたくさん瞬いている。
その中には、三日月が浮かんでいた。
「実際、そうしたことがあったんだ。売り物にする予定だった箱から一部の食べ物を取り出して渡した……そうしたら、物陰から一気に子供たちが集まって、私の馬車の荷台に群がってきたんだ」
マルタは空になった自分の皿を、そっと地面に置いた。
「あっという間に、積み荷を持ってかれちまった」
感情を込めずに、話を続ける。
「生きていくためには仕方ないんだろう。でも一時だけで、その先の面倒は見られない。そして、自分の全ての荷物を渡してやるほどの覚悟もない。だから、それからは関わらないようにしている」
「でも、私たちの時は助けてくれましたよね」
ノエルがそう言う。
「お前たちは別だよ。だって、お前たちは自分たちだけでもそのまま生きていけるだろう。だから、ちょっと横から手を差し伸べるだけでいい」
マルタは視線を落とす。
「だけど、あの子たちは違う。全ての面倒を見なければいけない。そこまでの覚悟はないんだ」
マルタは悔しそうな顔をしている。
セイラスは、あの少年に自分を重ねたことは口にしなかった。
話を変えることにする。
「ちなみに、あの町はどうしてああいうふうになったんだ?」
マルタは、セイラスがわざと話を変えたことに気づいたようだった。
そして、少し間を置いて答える。
「この先に行けば分かる、と言いたいところだが……心構えは必要だ。ちゃんと説明しておこう」
マルタは、暗闇の向こうへ視線を向ける。
「この先にある町。それが今、ここら辺では魔物との戦いの最前線になっている」
マルタの視線の向こうには、夜の闇に包まれた街道が続いていた。
「あそこが今、危ないのさ」




