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第4話 賑やかな市場

市場はとても賑わっていた。


行き交う人々の服装はバラバラで、色々な地域から来ていることがうかがえる。露店に並ぶ品物もさまざまで、交易都市という名の面目躍如といったところだろう。


通りの両側には大小の露店が並び、食べ物を売る店から衣服、道具、装飾品を扱う店まである。

店先からは呼び込みの声が飛び交い、市場全体が活気に満ちていた。


「さて、まずはあんたたち二人の旅に必要な道具を買おうか」


マルタが早速言った言葉。それはセイラスとノエルにとって、喉から手が出るほど欲しかったものであった。


「まずはテントか」


元々、マルタが一人で野宿する時は、荷台の中に場所を作って寝る。

わざわざテントを張る必要もないし、そもそも持ち運ぶ必要もなくなる。

手っ取り早かった。


しかし、二人を連れて行くとなると話は変わる。

二人が覚えたい常識には、おそらく野宿や旅のノウハウも含まれていると考え、野宿の仕方も教えるつもりだった。

そのために必要なものを買い集める。


テントは、4本の棒を立てて上に布を張るだけの簡易的なものだ。

育ちがいいと思われるセイラスに、厳しい条件でも眠れるようになってもらう必要があると考えた。


テントの他には、寝袋、寝袋の下に敷くマット、簡単な炊事道具など。

また、セイラスの服も買い替える。


なお、もともとセイラスが持っていた服は、マルタがあてがあるとのことでまだ持っている。

ちゃんとした店に持ち込めば、かなりの金額になるとのことだ。



明かりや火をつける道具も買おうとしたが、それなら持っているとセイラスが止めた。

荷物の中にあった、それが可能となるエーテル機械を見て、マルタも納得して頷いた。


「他に何か必要なものは?」


セイラスが質問すると、マルタが少し考えてから、一つのエーテル機械を提案した。

自分が持っているそれを見せる。


形はシンプルな球状で、台座の部分にはいくつかのダイヤルとスイッチがついていた。


「これは、何かが近づいてきた時に知らせる道具だ」


聞くと、この道具を設置して範囲を指定すると、その範囲内に一定以上の大きさの生き物が近づいた時、音が鳴って知らせるらしい。


一人旅で行商をしているマルタにとって、野宿の際には必ず必要なものだった。


「確かに便利な分、高価な機械で、提案するか迷ったんだが……」


そう言いながら、マルタはセイラスを見る。


「お前は金を持っているしな。持っておいた方がいいと判断した」


セイラスはそれを聞き、まず思い浮かんだのはノエルの能力だった。

ノエルの異能を応用して使えるようになった、周囲の人物を把握する力。それとかなり近い性能だ。


ということは。


これを作った人間は、エーテルの性質を知っているはずだ。

もしくは、ある程度まではエーテルというものを把握しているということだ。

セイラスは、これを作った人間に興味を持った。


「わかった、購入を検討する。ところで、これはどこの誰が作ったものなんだ?」

「うん? 誰が作ったかはわからないが、工業都市で作られたはずだ。いつからかは分からないが、結構前からあるはずだぞ。まあ、それなりに値段はするから、誰でも持っているってわけじゃないが」

「そうか」


工業都市。

エーテル機械はすべて、そこで作られていたはずだ。

名前は確か、ファクトリア。


もしかしたら、自分と同じようにエーテルが見えるか、もしくは他の方法で認知することができる者がいたのかもしれない。


いつか、行ってみたい。



露店や店を巡り、市場の真ん中程度まで来た。

今まで買った荷物は、全てノエルが背負っている。


「セイラス、これを見て何とも思わないのか?」


少しだけ責めるような口調で、マルタが言う。


「……何も思わないわけがないだろう。でも、どうしようもないんだよ」


心からの嘆きの声が出る。


「私は大丈夫ですよ」


軽々と荷物を持ちながらノエルのフォローが入るが、セイラスの中に罪悪感は残る。


「悪い。余計なことを言った」


事情を思い出し、素直に謝るとともに、やや強引にマルタが話を変える。


「ところで、市場に行けば、お前が役に立つところを見せてもらうっていう話はどうなった?」

「あぁ、じゃあ、そろそろいいかな」


そう言って、セイラスは周りを見渡す。

そこで近くにあった露店にある果物を指さした。


「名前は知らないが、あの果物。確か、市場に入って右側三軒目の露店で売られていた。そこでは銅貨十枚で十五個だった」


セイラスは果物をさらにじっと見る。


「しかし、この店の場合、銅貨十枚で二十個。そして、おそらくあっちの店よりも物がいい」

「ほほう?」


マルタが興味深そうに聞く。


「次に、こっちの芋を売っている露店だが、同じ芋が市場に入って左側、五軒目にも売っていた。品質は同じくらいだが、量り売りの値段はこちらの方が二割ほど安い」

「なんだって?」

「品質の方は、正直、自信があるとは言えないが、量と価格については間違いない。まあ、おそらく立地の問題なんだろうが」


市場には同じ種類の商品を扱う店も多く、少し離れた場所に似たような品物が並んでいることも珍しくない。

セイラスは、それらを一つずつ確認するように眺めていた。

品質については、含まれているエーテル量からの推測だ。


「こんな感じで、俺はいつ、どこで、何が、いくらで売られていたかをかなり正確に記憶できる。まぁ、全てのことを完璧に、とはいかないが」


セイラスは続ける。


「俺は商売についてちゃんと分かっていないし、マルタが何をどこへ売ろうとしているのかも把握していないから、何が役に立つ情報なのか分からない。でも、商談に立ち会って、マルタが必要な情報が何か分かれば、それを横からアドバイスできるんじゃないかと考えている」

「……ちょっとここで待っててくれ」


そう言って、マルタは市場の入り口の方へ走って行った。

市場の人混みをかき分けるようにして遠ざかるマルタを、セイラスとノエルはその場で見送る。

しばらくして戻ってくると、マルタは難しい顔をしている。


「お前の言っていた通りだった。値段は間違っていないし、品質も私の見立てとかなり近い。これは……」


何かの異能を使っているのか。

しかし、『訳あり』の人間の異能を軽々しくは聞けない。


「まあ、俺は体が弱い。代わりに頭がいい。そんな感じに思っておいてくれ」

「そうだな。分かった」


セイラスのごまかしに、マルタが乗ってくれた。


「セイラス、お前が役に立つことは分かった。じゃあ、朝の話はそういうことで決定だな。報酬は……ひとまず試用期間ということで、衣食住の保証だ」

「報酬はそれで問題ない。分かってもらえてよかった。では、これからよろしく」


あくまでも主目的は常識を身につけることだ。

三人は頷き合った。



「セイラス様」


あまり発言していなかったノエルが、セイラスに声をかけてくる。


「なんだ?」


少しためらうように、おそるおそるノエルが言った。


「……私、市場をもっと見てみたいです」

「そうだな。俺もそうしてみたい」


セイラスは同意する。

しかし、ノエルが背負っている大量の荷物に目が行く。

これを持って市場を巡るのは、さすがに邪魔だ。


「そういうことか。じゃあ、荷物は私が預かっておくよ。宿に置いてくる。勉強にもなるだろうし、あんたたちは二人で市場巡りをしてきな。念のため、荷物を置いたら戻ってくるから、昼前にまた市場の入り口で集合しよう」

「分かった、助かる」

「ありがとうございます」


そう言ってノエルは荷物を渡し、マルタはその荷物を持って宿へと戻って行った。



「さて、どこへ行こうか」

「このまま、まっすぐ市場を見ながら歩きたいです。見たことのないものばかりで、とても楽しいですから」

「そうか。確かに、言われてみればその通りだな」


セイラスは同意する。


「このままのんびり市場を見学してみよう」

「はい」


ノエルが嬉しそうに返事をした。

そのまま二人は市場を歩く。

目的もなく、今まで見たこともないものが売られているのを目にする。それだけで楽しい。


一応、昨日マルタにお釣りと称して崩してもらった銀貨と銅貨を、二人で分けて持っている。

聞くと、ノエルが屋敷で働いていたときの給金も、年に一回、金貨で支払われていたとのことで、ノエルも細かい貨幣を持っていなかったためだ。


なお、寒村から出てきた学のない平民、しかも子どもの使用人に、金貨で給金を支払うことは普通あり得ない。

ロザンナがどれだけノエルを評価していたかを知るだけの金銭感覚を、この二人はまだ持っていなかった。



市場には食べ物だけでなく、旅に使う道具や衣服、珍しい工芸品なども並んでいる。

店先を覗くたびに、見たことのない品物が目に入る。


たまに気になるものがあれば店に寄るが、それが必要なものか、妥当な値段なのか、全く判断がつかないため、結局、冷やかしになることが多い。


それでも、二人で歩く初めての市場は、楽しかった。


しばらく歩いて行くと、ノエルが一つの露店に向かって歩いて行った。

セイラスがついて行って、店先を覗き込む。


そこにはアクセサリーが並べられていた。

指輪やブレスレット、ネックレス、イヤリング。

宝石を使っているのだと思うが、それほど輝いて見えないため、質はあまり良くないのだろう。


ノエルは珍しそうに、鈍くキラキラと光るアクセサリーたちを眺めている。

露店の小さな台には、さまざまな色の石が並び、日差しを受けるたびにかすかな光を返している。


そんなノエルの後ろから、セイラスも、見るともなく見ていた。

その時、一つ気になるものが目に入った。

それは、青い宝石のついたブレスレット。


全体的に宝石とはいえ濁っていて、質は良くないのだろうが、一部だけ綺麗に青く輝くところがあった。

その青が、ノエルの髪の色をイメージさせた。


「店主、そのブレスレットは?」


セイラスが声をかけると、まだ若い露店店主が答える。


「これは、サファイアを使ってます。僕はまだ修行中なので屑宝石なんですが……出来には自信があります」

「いくらだ?」

「えっと、これなら銀貨一枚です」

「じゃあ、それをくれ」


代金を払ってブレスレットを受け取ると、そのやり取りを黙って見ていたノエルの左手首に、巻いた。


「この石の、一番綺麗な部分がノエルの髪の色と似てて、つけてほしいと思ってね……うん、似合っている」


ノエルは驚いたまま、手首のブレスレットとセイラスの顔を交互に見る。


「……よろしいのですか?」

「ああ。こういうのの良し悪しは分からないし金銭感覚もあれだが、銀貨一枚なら安いと思ったんだ」


言外に、銀貨一枚以上の価値があると言われた店主は、少し嬉しそうにしていた。


「でしたら、私はこれを」


ノエルが、黒っぽい宝石のついた似たようなブレスレットを指差す。


「オニキスのブレスレットですね。それも、銀貨一枚です」


代金を支払うと、ノエルも「失礼します」と言って、同じようにブレスレットをセイラスの左手首に巻いた。


ノエルの柔らかくて細い指が、セイラスの腕に触れる。

そうして巻いてもらった黒いブレスレットを、改めて見る。

(これは結構、嬉しいものだな)


「お似合いですよ」


満面の笑みで、ノエルが言う。


「ありがとう」



自分の作ったブレスレットをお互いに巻いて、嬉しそうにしている少年と少女を、アクセサリー屋の店主はずっと笑顔で眺めていた。



誤字報告をいただきました、とても助かります!

まさかあんな誤字が残っていたとは汗


意図した表現以外は、ありがたく修正させていただきましたm(_ _)m

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