第1話 自治都市セレト
エルランド王国を出て数時間。
初めて見る国外の街道を、マルタの馬車に乗ってセイラスとノエルは進んでいた。
辺りには、広大とは言えないが、耕作地帯が広がっている。街道の両側には畑が広がり、緑の作物が並んでいる。
所々で畑仕事をしている人を見かける。
遠くの方には家が固まっている。木造の家々がいくつか集まり、その周囲から畑が広がっている。
おそらく、あの村に住んでいる人たちなのだろう。
「こんなところで畑を作っているのか?」
「ああ。この辺は魔物がほとんど出ないからね。畑で作物を作っている村が多いかな」
「そうなのか」
街道は十分に広く、馬車が二台、余裕を持ってすれ違えるほどだった。
道の表面は土が踏み固められており、馬車の車輪が通った跡がいくつも残っている。
時折、荷物を積んだ馬車が前方から現れ、その横を旅人が歩いていく。
武器を持つ人も少なくはないが、軽装の旅人や商人らしき人が多かった。
魔物と遭遇しても、せいぜいが弱いものだということなのだろう。
「ちなみに、ここは何ていう国なんだ?」
屋敷にあった地図には、ここは「交易都市」とだけ書いてあった記憶がある。
「あぁ、ここは国ではないね」
「国じゃない? どういうことだ?」
「自治都市セレトってところだよ」
「自治都市?」
「そう。自治都市というのは、国ではなく、その町一つだけで周辺を統治している都市のことだ」
マルタはそう言ってから、少し説明を続ける。
「お前、人間と魔物で生息圏の奪い合いをしていることは知っているか?」
「ああ、知っている」
「魔物を追い払って、町や村を作ったり、逆に町や村があった場所が魔物に奪われたりということが繰り返されている」
屋敷で見た資料から考えると、ここ100年で20か所の町を奪って、40か所の町を奪われたということか。
「そうした土地で、魔物を追い払って人間の土地にした場合、その時の一番の功労者、またはその団体が、その土地を手に入れることができる」
「……そういう決まりなのか」
「まぁ大概は揉めるけどね。その際に、自分たちで国を起こしたり、そのままその町一つで暮らしていったり、様々だ。ここは、そうやって手に入れた土地を、そのまま統治しているんだ」
マルタはセイラスをちらりと見て言う。
「国を作ったとして、いいことも悪いこともあるからな」
セイラスは自分の国のことを考え、そのまま黙った。
日が暮れ始める頃、目の前に高い塀に囲まれた町が見え始めた。
街道の先に、灰色がかった壁が横に長く伸びている。いくつもの建物の屋根がその向こう側から顔を出し、街の入り口へ向かって人や馬車が集まっていた。
「ああ、見えてきたぞ。あれが交易都市セレトだ」
初めて見る、国外の大きな町。
セイラスとノエルは、期待に胸を膨らませた。
街に入るのは簡単だった。
さすが交易都市と呼ばれるだけのことはある。
門番もいるが、規定の金額を払うだけで、そのまま通過が許可された。
門の脇には簡素な詰め所があり、何人かの兵士が待機している。大きな門扉は開かれたままで、後ろからも荷物を積んだ馬車が次々と入ってくる。
警備的にそれで大丈夫なのかと思ったが、中に入って合点がいく。
街の中には、街道よりもさらに広い道があった。
たくさんの人が行き交い、いくつもの店が並んでいる。
道の両側には木造や石造りの建物が連なり、店先には商品が並べられている。食料や衣類、日用品らしきものを扱う店があり、軒先にはそれぞれの店を示す看板が掲げられていた。
そして道端には、さらにそれ以上の露店が出ている。
簡素な木箱や台の上に商品を並べた店が道沿いに続き、その間を人々や馬車が行き交っている。荷物を抱えた商人や買い物袋を持った人、馬を引く者など、様々な人が混ざり合っていた。
その人混みの中に、多くの衛兵たちがいるのが見える。
「衛兵が多いな」
セイラスがマルタに話しかける。
「ああ。見ての通り、この町には誰でも入るのは簡単だからな。だから、中で騒ぎを起こされないよう、警備をする人間がたくさんいるんだ」
「なるほどな」
セイラスは納得する。
ノエルは、今までに見たこともないほどたくさんの人々に興味津々で、さっきから辺りをキョロキョロと見回している。
ここでは、あの能力も使いにくいだろうな。
あの能力とは、周りにいる人間に敵意があるかどうかを感じ取ることだ。
これだけたくさんの人間がいると、頭の中の処理が追いつかなくなる可能性がある。
あと、誰が誰なのかも分からない。
そうなると、危険に対しては、ちゃんと自分の目で見るしかない。
セイラスは、せっかくなので、自分の目で周りの人間がどれだけのエーテルを持っているのかを観察してみる。
昔は負担だった、この特別な目。
だが、ノエルの役に立ったこともあり、今ではそれほど嫌いではない。
むしろ、せっかくの能力だから有効活用しようと考えられるようになっていた。
市場を行き交う商人や買い物客、そして納品に訪れた農民など。
やはり一般の人間には、内包しているエーテル量はそれほど多くない。
衛兵を見てみる。
こちらはやや多くのエーテルを持っている。
昔の自分の屋敷にいた騎士たちには及ばないが、多い方なのではないだろうか。
しかし、平均が分からないので判断がつかない。
その後に、ノエルを見る。
何年ものエーテル吸収の成果により、もはや把握できないほどのエーテルを保有しているはずだが、それを抑え込んでいるため、ぱっと見ではそれほど目立つものはない。
しかし、じっと目を凝らしてみると、その体の奥に凝縮された底知れないエーテルを感じることは可能だ。
「何でしょうか?」
じっと見られていることに気づいたノエルは、不思議そうにセイラスを見る。
「いや、何でもないよ」
ごまかして、最後に御者席で馬車を操るマルタを見た。
マルタのエーテルの保有量。
それは、どう見ても衛兵たちよりはるかに多かった。
「さて、ひとまず宿を決めて飯にしよう」
馬車に乗ったまま大通りを進み、マルタが目星をつけているいくつかの宿を目指す。
暗くなってきた大通りには、街灯に照らされながら行き交う馬車の車輪の音や、人々の話し声がまだ響いている。
露店を広げていた者達は撤収を始めているが、代わりに辺りには料理と酒の匂いが漂い始め、夜の街へと様変わりしていた。
一軒目は、馬車小屋がいっぱいだったため諦めた。
二軒目は、馬車小屋が空いていることと、部屋にも空きがあることが確認できたため、そこに決めた。
三階建ての、なかなか大きな建物だ。
木材を多く使った建物で、正面には大きな扉があり、その上には宿の名前を記した看板が吊り下げられている。建物の脇には馬車を入れるための小屋も見えていた。
看板を見ると、「赤い羊亭」とある。
中に入ると受付のカウンターがあり、そこには店主と思われる赤いもじゃもじゃ頭の男がいて、来客を歓迎する。
セイラスは看板の意味がなんとなく分かった気がした。
壁には宿泊客向けの注意書きらしき紙が何枚か貼られていた。
マルタが店主と話し、馬車を預けること、それと部屋を二つ取ること、また食堂で夕食をとると告げている。
他にも何か話した後、お金を支払って戻ってきた。
「いくらなんだ? 自分たちの分は自分で払う」
「いいんだよ。気にするな。……と言いたいところだが、そういえば金は持ってるんだよな」
「ああ。金貨だけはな」
マルタは少し考えた後、自分に金貨を一枚渡すように言った。
言われたまま、セイラスが金貨を一枚渡すと、代わりにマルタは銀貨を九十六枚、銅貨を百枚渡してきた。
「お前たちの宿泊費や食費、あと王国で買ったお前の服代とかで、銀貨三枚。これがお釣りだ。あ、一応言っておくが、ぼったくりはしてないぞ。まあ、相場が分からないだろうから、信じてくれとしか言えないが」
そう言いながら、マルタは笑う。
しかしまだお金の相場は分からないが、セイラスが見ていた限り、受付でマルタは銀貨五枚以上を支払っていた。
宿に馬車の預かりと部屋二つでその金額。
それとセイラスに買った服に加えて、今夜と明朝の食費は出してくれるという。
それを考えると、むしろ少なめにしている可能性がある。
俺がお金を持っていることは知っているだろうに。
これまでの会話の中から、やはり自分たちを子供扱いしているのだろうと推測する。
「いい人ですね」
ノエルが横からそっと呟いた。
同じ結論に達したのだろう。
「ああ、確かに」
「飯食いに行くぞ。腹が減った」
二人の会話を聞こえないふりをしてマルタが言い、宿屋の食堂へと向かっていった。
二章開始です。
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