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第19話 王子の逃亡

ロビンたちと別れたセイラスとノエル。


二人は乗合馬車に乗って、国外へ出ようと思っていた。

しかし早速、計画が頓挫していた。


「未成年の子供二人だけでは、国外には出られません」


乗合馬車の御者から、そう言われたのだ。

言われてみれば、確かに納得できる話だった。


隣町へ買い物に行くなどという軽い話ではない。

国の外に出るという重要なことを、子供たちだけで行わせるわけにはいかないのだろう。


「ハンターの資格があれば別ですが……」


ハンターには興味がある。

しかし、今はその資格を持っていない。


セイラスとノエルは、乗合馬車の停留所から少し離れた場所で、途方に暮れていた。


これからどうすればいいのか。


計画を立てたときには、国外へ出ることくらい簡単だと思っていた。

しかし実際に外へ出てみると、自分がいかに世間というものを知らないのかを実感する。




そんなことを考えているうちに、お昼近くになった。


「……お腹が空きました」


頭を抱えたまま、もう1時間近くも動かないセイラスに、ノエルが声をかける。

恥ずかしさと自己嫌悪とで動けなかったセイラスも、空腹を感じ始めていた。


「……何か食べようか」


そう言って周囲を見回したときだった。

ふわりと、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。


肉が焼ける匂いだった。

匂いのする方へ視線を向ける。


そこには、道端に小さな屋台が出ていた。


串に刺した肉が焼かれ、白い煙が立ち上っている。

焼けた肉からは脂が落ち、ジュッ、と音を立てていた。


初めて見る食べ物に、セイラスは興味を引かれた。

屋敷では見たことのない食べ物だった。


「ノエル、あれを食べてみたい」

「はい」


セイラスは屋台へ近づく。


「これを二人分たのむ」

「おう。銅貨四枚だ」

「銅貨四枚か……」


店主に言われ、セイラスは懐から金貨を取り出す。


屋敷を出るときに持ち出したお金は、金貨だけだった。

自分でお金を払ったことのないセイラスは、とりあえず金貨を差し出す。


「……おい」


店主の顔が引きつった。


「あのなあ、坊主。どっかのお貴族様なのかもしれねえが、こんな屋台に金貨のお釣りなんか払えねえよ!」


金貨一枚で銀貨百枚、銀貨一枚で銅貨百枚。

金貨一枚では、屋台で買い物をするには大きすぎる。


お釣りを払おうにも、露店の店主がそんな大量のお金を用意しているわけがない。


「……そういうものか」


金貨は銀貨や銅貨よりもかさばらない。

だから、金貨があればいいだろう。


そんな安易な考えで持ってきたのだ。


実際にお金を使ったことがない。

その弊害が、さっそく出てしまった。


困っている二人を見かねたのか、近くを通りかかった女性が声をかけてきた。

背の高い、がっしりとした体つきの女性だった。

なんとなく、ロビンと印象が重なった。

年頃はロビンよりももっと上……やめておこう。

女性の年齢に言及すると命に係わるケースがあると、本で読んだ記憶がある。


「私が払おう」


女性は銅貨を店主に渡した。


「すまない、助かった」


セイラスが感謝するが、女性は呆れたような顔で二人を見る。


「屋台で金貨を出すなんて、ありえないよ。どこの箱入り息子だい」

「……さすがに、多すぎるのは分かってはいた」

「分かってたのかい」

「ただ、どう差額を払ってもらえるのかは……」


セイラスがそう答えると、女性は大きくため息をついた。


「そもそも、払えないんだよ」

「ああ。それを今、理解したところだよ……」


立て替えてもらったお金と引き換えに、店主が焼きたての串焼きを渡す。


ノエルが受け取り、一本をセイラスに渡す。

そして二人で同時に食べ始めた。


塩だけのシンプルな味付け。

だけれど。


(悪くないな……)


屋敷では、こんな食べ方をしたことはなかった。

それだけで、新鮮で味わい深く感じる。


女性は、二人が食べ終わったのを見計らって言った。


「あんたたち、一体何なんだい?」


お金を立て替えてもらったこともある。

無視するわけにもいかず、セイラスたちは屋台から少し離れて、女性に向き合った。


「親が死んでしまって……。別の国に行って、ハンターになってみようと思っている」


セイラスは、あらかじめ考えていた言い訳を口にする。


女性は二人の姿をじっと見る。

そして、すぐに首を横に振った。


「嘘だね」

「……」

「そんな上等な格好をして大金を持っている子供が、わざわざハンターになろうなんて思わない。別の国ならともかく、この国の子供なら特に、ね」


確かに、その通りだった。


魔物の脅威が少ないこの国で、わざわざハンターになろうと思う者は少ない。


生活に困っているわけでもない。

これだけのお金を持っていれば、一目瞭然だ。


さらに言えば、この国で魔物に恨みを持ち、戦おうとする動機も考えにくい。


説明に困り、セイラスが口ごもっていると、女性が尋ねてきた。


「訳ありかい?」


返事に困る。


確かに訳ありではある。

だが、素直に「訳ありだ」と言うのも憚られた。


セイラスが黙っていると、女性は続けた。


「坊主は、ハンターにはなれるとは思えない。……だけど、逆に嬢ちゃんは何者だ?」


女性の視線がノエルへ向く。


「強いやつ、特有の圧力があるねぇ」


ノエルの表情は変わらなかった。


「箱入りの坊っちゃんが、お気に入りの使用人を連れて家出……っていうのが一番ありそうだが」


そこで女性は、ふと表情を変えた。


「……血の匂いがする」


セイラスは驚いた。


この女性は、思っていた以上に察しがいい。

誤魔化さない方がよさそうだ。


そう考え、セイラスは要点だけを話すことにした。


「正直に言って、訳ありだ。この国から出たい」


セイラスは女性の目を見た。


「そして、俺が常識に疎いことも理解している。この国から出るにはどうしたらいいか、教えてほしい」


それを聞き、女性は少し悩んだ。


血の匂いがする子供たち。


そして、この子供たちは国から出たいと言っている。

まずは、はっきりさせなければならない。


この子供たちは被害者なのか。


それとも……加害者か。


「血の匂いがする理由を聞いてもいいかい?」


セイラスは正直に答える。

そちらの方が、信用を得られる可能性が高いような気がした。


「命を狙われている。それを撃退した。それだけだ」


セイラスは淡々と事実を話した。


「この国から出たいのも、命を狙われているからだ」


今はそれだけではないが、原因の大部分ではある。


女性はしばらくセイラスを見つめていた。

やがて、ふっと息を吐く。


「嘘は、ついていないようだね」


嘘をつけばすぐにばれ、正直に話せば嘘をついていないとすぐに分かる。

なぜだろうか。

自分が嘘をつくのが下手なのか、この女性が特別なのか、それともその両方か。


「分かった。何とかしよう」

「……いいのか?」


思わず、セイラスはそう返してしまう。


「命を狙われてるんだろ?」

「あ、ああ」

「深くは聞かない方がよさそうだが、この国の貴族連中はアレだからねぇ……。子どもが命を狙われてるっていうなら話は別だよ」


やはり、この国の貴族に問題があることは、一般にも知られているようだ。


「そうか……それは本当に、助かる」

「私の名前はマルタ。あんたたちは?」

「セイラス」

「ノエルです」

「そっか。じゃあ、まずはセイラス。ちょっとお前は着替えな」

「着替える?」

「その服は目立ちすぎだよ」


セイラスは自分の服を見下ろした。


染みひとつない白いシャツと黒いズボン。

何か飾りがついているわけではないが、よく見ると艶やかな光沢がある。


「目立つから着替えると言っても、持っているのはみんなこんな感じの服なんだが……」


マルタは大きくため息をついた。


「……なるほどね」


そう言うと、マルタは近くの店へ入っていった。


しばらくして戻ってきたマルタの手には、男物の服があった。


「これに着替えな」

「ちょっと大きい気がする」

「文句言うな。そのうち大きくなるさ。あと、その服は私が買い取るよ。目立つつもりはないんだろう?」


セイラスは受け取った服を見つめる。


「私は行商人をしている。その私が、あんたたちを雇っていることにする。そうしておけば、国を出るだけなら基本的に問題はない」


そう言って、マルタは二人を自分の馬車のところまで案内した。

二頭立ての馬車。しかし馬車の荷台には車輪がなく、荷台が地面に直接置いてある。


「……なんだこれ」

「おっ、知らないか」


マルタは得意気に笑った。


「浮遊都市でしか採れない、浮石を使った特製の荷台だ。行商人なら、みんな欲しがる。高いんだよ」

「なるほど……?」


地面に置かれた荷台の何がいいのかわからず、空返事をしながら二人は言われるまま、馬車の荷台に乗り込む。


荷台には幌がかけられていたので、セイラスはそこで着替えることにした。


着替えた服は、白っぽいシャツと、黒っぽいズボン。

普段着ているものに似ているようで違う。


肌触りも粗く、少しゴワゴワしている。


「なるほど……」


セイラスは服の袖をつまんだ。


「普段着ている服は、確かにいいものだったんだな」


今まで当たり前だと思っていたものが、当たり前ではなかった。

そんなことに、改めて気づかされる。


セイラスが脱いだ服を、ノエルが丁寧に畳んでおく。


しばらく待っていると、用事を済ませたマルタが戻ってきた。


「準備はできたかい? この国を出て、次の町まで半日だ。やり残したことは?」


セイラスは少しだけ考えてから、ノエルを見た。

ノエルは無言で頷く。

そして、セイラスははっきりと答えた。


「ない」



マルタは頷くと、馬車を動かす準備をする。

何かの機械を操作すると、荷台がゆっくりと空中に浮き始めた。

セイラスは、思わず目を見開いた。


「……荷台が浮いている」


浮いた荷台は、セイラスの腰あたりの高さまでに静かに宙に浮き、静止した。

地面から浮いているというのに、荷台はほとんど揺れない。

しっかりとした安定感がある。


「……どうなっているんだ?」


セイラスたちが驚いているのを満足そうに見て、マルタは満面の笑みだ。


「これを馬で引くのか?」

「そうだ。荷物の重さで馬が疲れることがなくなるから、便利なんだよ」

「なるほど」

「それじゃあ、いくよ」


掛け声とともに、馬たちがゆっくりと歩き出す。

それに引かれて、浮いた荷台も滑るように動き出した。



二人を乗せたマルタの馬車は、町の門へ向かって進んでいく。


やがて門を抜け、街道へ出る。

町の喧騒が少しずつ遠ざかっていく。


街道とはいえ、土が踏み固められているだけだ。

ところどころ石が露出しているし、凹凸もある。


しかし、浮いた荷台に乗ったセイラスは、それらに影響されることなく、揺られずに運ばれていく。


「ほとんど揺れない……。これは確かに、いいな」


自慢の馬車を褒められているのが聞こえ、マルタがこっそりと笑みを浮かべた。


ノエルは初めて乗る馬車に密かに興奮し、幌の隙間から、流れていく景色をひたすら眺めている。


しばらくすると、遠くに巨大な門のようなものが見えてきた。


国境だ。


地図で見て、すぐそこだと理解はしていた。

それでも、実際に目の前にすると、この町が思っていたよりもずっと国の端にあったのだと、改めて感じる。


国境の検問は、思ったよりもスムーズだった。


マルタが行商人であることの証明書のようなものを門番に見せ、門番は荷物を簡単にチェックする。

その際に門番が、荷台に乗っているセイラスたちを見る。


「この子供たちは?」

「雑用をやってもらうために雇ってるんだ。どうやらハンターになりたいらしくてね」


マルタは平然と答えた。

セイラスたちがハンターになりたいのは嘘ではない。


「それまでのつなぎとして、ちょっと働いてもらっているんだ」

「そうか。頑張れよ」


門番は二人を見て、そう言っただけだった。

そうして、馬車は国境を越えた。


最初に躓きかけたが、国外への脱出はあっけなく成功した。


セイラスは振り返る。


遠ざかっていく国境の門。

その向こうには、今まで暮らしていた国がある。


王宮とあの屋敷以外を目にすることはほとんどなかったが、もう戻ることはないかもしれない。


初めての屋敷の外。

初めての町の外。

そして、初めての国の外。


旅先に、当てはない。

それでも、胸の奥には確かな希望があった。


セイラスとノエルの旅が、始まった。


読んでいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけたら幸いです!


これで、第一章完となります。

次話より第二章です。

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