第18話 ロビン
「ロビン、それにロザンナも」
突然声をかけてきたのは、その二人だった。
ノエルも、敵意のないその二人には注意が遅れ、気づかなかった。
……警戒を疎かにしていた。
ノエルは一人で内省する。
「セイラス様、やはりご無事でしたか!」
ロビンが、ほっとした声でセイラスの無事を喜ぶ。
ロザンナも安心したような顔をしている。
ロビンから話だけは聞いたのだろう。
「とうとう、出発するのね」
ロザンナが声をかけてくる。
「ノエル。その服、似合っているわよ。……やっと、着てもらえたわね」
「はい、ありがとうございます」
ノエルの服は、成長するたびにロザンナが買ってきてくれていた。
外に出る機会はないので、無駄になる可能性が高い。
それでも、自分の服がないのはかわいそうだと、ノエルの身長が伸びるたびに、ロザンナはノエルの服を買ってきてくれていた。
そうして今、自分が買ってきた服がノエルに着られている。
それが、言いようもなく嬉しいのだろう。
「セイラス様、大丈夫だとはおっしゃっていましたが、心配しましたよ」
「ロビン、すまないな。黙っていて。……まあ、この通り、ノエルのおかげで無事だよ」
言われて、ロビンはノエルを見る。
「剣を教えていて、こんなものじゃないとは思ってはいましたが……これほどとは」
どんな異能を持っているのか。
……いや、これは聞かない方がいい。
「セイラス様は、これからどうなさるのですか?」
ロザンナが聞いてくる。
この二人になら、別に伝えても構わないだろう。
「乗合馬車に乗って、この国から出るよ。それからはいろんな場所を巡ってみたいんだ」
「旅に出るということですね。どこかにあては……」
「ない。ないというか、行きたいところが多すぎる」
それを聞き、ロザンナは微笑む。
「そうですか。それはそれで、いいことだと思います。乗合馬車は、ここから東に向かっていくと大通りがありますので、そこから街道へ向かっていけば分かりますよ」
「そうか。ありがとう」
一番知りたかったことを知ることができた。
とても助かる。
「ロビンとロザンナには、お礼を言いたかったんだ」
最後に会えてよかった。
「本当に、今までありがとう」
今まで、俺の知らない色々なことから、俺を助けてくれていた。
ようやく、そういうことが分かったのだ。
ロビンとロザンナは、何も言わずに微笑んだ。
そこで、ふっとロビンの雰囲気が変わる。
「セイラス様。一つだけ確認したいことがあります」
「何だ?」
「昨日の中庭での襲撃。それを撃退したのは、ノエルで間違いないですね」
「ああ、そうだよ」
それを聞き、ロビンはノエルを見る。
ノエルを見据えたまま、ロビンはセイラスに頼む。
「ノエルと立ち合わせてください」
「それは、どういうことだ?」
「昨日の襲撃。それをすべて撃退したのは見事です。ですが、それが一時的なものではなく、これから先、私に代わってセイラス様をお守りできる。その確信が欲しいのです」
「そういうことか……」
気持ちは分からないでもない。
「ノエル、どうだ?」
「私は大丈夫です」
「よし。ならいいだろう。では、ロビンに怪我をさせないように、手を抜きながら圧倒して見せてくれ」
そんな無茶なことを言う。
この言葉を聞き、ロビンは困惑し……なんとも言えない笑みを浮かべた。
今の一言は、ロビンのプライドをひどく傷つけるものだ。
しかし、その言葉を聞き、ロビンが表した感情は、怒りではなく笑み。
ロビンが望んでいるのは、やはりそういうことなのだ。
ロビンの優しさを、改めて知る。
「分かりました。先生であるロビンさんに、私がどれだけ強くなったのかを、ちゃんと見てもらいます」
「ああ、見せてくれ。セイラス様を守れることを。セイラス様を守るのが、俺よりもノエルの方がふさわしいということを」
――――――
その日、近衛騎士であるロビンは、第2王子セイラスの部屋の警備についていた。
複雑な立場ではあるが、国王の血を引いている。
近衛騎士が守るに値する人物だ。
また、その部屋には母であるエリアもいる。
側室にはなっていないが、古い貴族の出であるため、高貴な身分であることは変わらない。
未来が視えるとの話だが、その件についてはよく知らない。
それよりも、飄々としていたずらっぽい性格に見えて、随所に感じられる気配のある女性、という印象のほうが強い。
そして、愛嬌がありながらも美しいその容姿も好ましかった。
そうしてやる気が十分なロビンであったが、隣に立つ同僚が、普段と違う陰鬱な雰囲気であることが気になっていた。
何かあったのか。
話をしようとしたとき、部屋の中からエリアが飛び出してきた。
「ロビンさん。今から十分以内に、第1王子殿下の部屋へ行って」
「……第1王子殿下の?」
「いるはずの見張りがいなかったら、迷わず扉を蹴破って」
あまりに唐突な話だった。
「理由をお聞きしても?」
「王妃様と第1王子殿下が危ないの!」
エリアの表情には、いつもの余裕がない。
「もし間違っていたら、責任は私がすべて負うから」
そして、悔しげに眉を寄せる。
「しまったわ。セイラスのことばかりで、周りに注意がいっていなかった。お願い、急いで!」
「……承知しました!」
半信半疑のまま、ロビンは駆け出した。
背後では、エリアが他に誰かいないか、呼びかける声が聞こえる。
その声を背にして走り、第1王子の居室へ向かう。
そして……足を止めた。
部屋の前に立っているはずの近衛騎士が、いない。
「まさか……」
その瞬間、扉の向こうから、かすかな悲鳴が聞こえた。
ロビンは迷わなかった。
「失礼します!」
扉を蹴破る。
目に飛び込んできたのは、剣を構える近衛騎士と、その奥で怯える王妃と第1王子。
もう一人の近衛騎士は、既に血を流して床に倒れていた。
ロビンは考えるより前に駆け出した。
近衛騎士……いや、裏切り者が、突然現れたロビンに驚き、王子とロビン、どちらに向かうべきか逡巡した。
その一瞬で、ロビンは抜剣し、斬りかかる。
対応が遅れたその裏切り者の手から、仲間の血に濡れた剣が弾き飛ばされる。
「そのまま手を上げて、動くな!」
喉元に剣を突きつける。
まずは、なぜこんなことをしたのか。
それを訊かねばならない。
そう考えた瞬間だった。
騎士が腰から予備武器のナイフを抜く。
「くっ!」
まだやる気か。
ロビンがとどめを刺すべきか迷った瞬間、相手はそのナイフを、誰でもなく自分の喉へと突き刺した。
「くそっ……! 何だって言うんだ!」
ロビンは近くにいた兵士へ王妃と第1王子任せると、近衛騎士長への報告のため走り出そうとして……重要なことに気づいた。
「……セイラス殿下!」
自分は、第2王子の護衛を別の騎士に任せたままだ。
嫌な予感がした。
直後、遠くから剣戟の音が響く。
ロビンは踵を返し、全速力で駆けた。
第2王子の部屋。
そのドアは開け放たれている。
「殿下! エリア様!」
飛び込んだ部屋には、動揺して荒い息を吐く2人の兵士と、血を流して倒れている騎士。
……そして、傷つき血を流しているエリアだった。
「エリア様、 ……お怪我が!」
「あぁ、ロビンさん……王妃様と第1王子殿下は大丈夫だった?」
最初に気にするのは、他人のこと。
「騎士が1人、やられていましたが、王妃と殿下はご無事です。それよりも、お怪我が……」
「見た目ほどひどくはないから、大丈夫」
そう言いつつも、顔色は良くない。
状況がわからず、うろたえたままの2人の兵士に、医者を呼ぶように指示する。
おそらく、この2人が駆けつけ、第2王子とエリアに襲いかかった騎士を倒したのだろう。
それは本来、自分の役目。
「ついさっき、国王陛下、第1王子、第2王子が、同時に近衛騎士の裏切りによって襲われる未来が視えた」
「……!」
「陛下は自分で撃退するわ。ああ見えて、強いのよ」
少しだけ自慢げに、そうに言う。
「王妃様と第1王子殿下は、そのままだと命を落とす。だから、行ってもらったのよ」
「それなら、先ほどの兵士たちを向かわせれば……」
そう言うと、エリアは少し困った顔をする。
「そうするとね、あなたがこの騎士さんに刺されちゃうの」
「……!」
「いきなりあなたは刺されて……でも、最後の力を振り絞って、相打ちに。強いわね、あなた」
エリアは冗談めかして言う。
「でも、その代わりに大怪我を……」
「死ぬ人が減るのなら、それでいいでしょ?」
本当になんでもないと考えている。
その一言に、ロビンは言葉を失った。
後日、この一件でロビンは近衛騎士副長へ抜擢された。
第1王子を救った功績と、裏切った騎士の1人が副長であり、そのポストが空いたためだ。
なお、複数の近衛騎士が裏切った理由は分からなかった。
身元の確かな者たちばかりであり、何者かに弱みを握られていたのではないかと考えられた。
しかし、ロビンにとっては、それらよりももっと重要なことがあった。
自分が命を懸けて守るべき人間に、逆に守られた命。
ロビンは、エリアという女性に、尊敬を越えた感情を抱くようになっていた。
――――――
ノエルとロビンが立ち会う。
まずは最初に、ロビンが準備してきた二本の練習用の剣を使って、剣での立ち会いを行う。
勝負は一瞬。
ロビンが反応することもできずに、気づいた時には、ロビンが持つ木の剣が折られていた。
「では、もう一つ。昨日も見せたものを」
ノエルが自分で持っていた木剣をロビンに渡し、素手で向き合う。
その木剣でロビンが切りかかると、見えない壁に阻まれた。
直後、ロビンはその見えない壁に弾かれるように、吹き飛ばされる。
圧倒という言葉では足りない。
ロビンは、手も足も出なかった。
ロビンは倒れたまま、空を見ていた。
あの雪の日、セイラスが連れてきた、このノエルという少女。
戦ってみてわかったのは、結局、どれだけ強いのかさえわからないという、その一点のみ。
エリアは生前、ロビンとロザンナに対して、
「私になにかあったら、できる限りでいいから、この子を頼むわね」
と、冗談めかして言っていた。
本当に、冗談だと思っていた。
しかし、本当にエリアが亡くなってから、自分がこの少年を守るのだと、ずっと気負ってきた。
あの時助けられたこの命は、そのために。
しかし、自分1人ではもう守り切れない。
そう嘆くしかない状況になってしまっていた。
だが、そんな危機などなかったかのように、セイラスとノエルは今、囚われていた屋敷の外にいる。
セイラスはもはや、ロビンに守られる少年ではない。
これから二人は、どこへでも。
好きなところへ行き、好きなように生きるのだ。
ロビンは、自分の役目が終わったことを、今、実感した。




