第17話 脱出
キンッ、という甲高い音とともに、兵士の剣は見えない何かに弾き返された。
「……へ?」
それが、その兵士の最後の言葉だった。
頭に焼け跡のような穴を開け、その兵士はその場で倒れ、息絶えた。
その様子を眺めてから、少年はポツリと呟く。
「攻撃と防御が通用することは確認できたな。もう、練習はいいか。残りを片付けよう……あ、言っておいたように、1人は残しておいて」
「はい、わかりました」
その声が聞こえた瞬間。
リーダーは、これから蹂躙でも殺戮でもなく、ただの『後片付け』が始まるのだということを理解してしまった。
戦いが始まる前、セイラスは緊張していた。
22人以上の、武装した人相の悪い男たち。
それが今、自分の家の周りを囲み、自分たちを殺すために入り込もうとしている。
震える足をグッとこらえ、歩く。
「ノエル、準備はいいか」
「はい」
ノエルも若干、緊張しているように見えるが、セイラスほどではないようだ。
覚悟を決めている。
なら、自分も覚悟を決めないとな。
「保有しているエーテル量を見た感じでは、強い人は誰もいない。多分大丈夫だと思うけど、盾は張っておいて。実際の効果を見てみたい」
ノエルの作る、エーテルの不可視の盾は、ノエル自身の攻撃も防ぐ。
問題はないと思うが、実際の効果も見てみたい。
「あと、できる限りいろんな能力を使ってみようか」
セイラスの、勝って当然との指示を受け、微かにあったノエルの手足の震えも、完全に止まった。
「さあ、行こう」
声と共に、セイラスが玄関の扉を開ける。
そして初陣という名の、ノエルの能力試運転が始まった。
気がついた時には、侵入してきた男たちは残り1人になっていた。
他の者たちに指示を出していたので、おそらく隊長なのであろう。
尋問して誰が指示をしたのか確認すべきだろうか?
少し悩んだが、隊長に近づいた瞬間、過去視が勝手に発動し、その隊長に命令している人物が見えた。
「ああ、この人なのか」
感じた感想は、それだけだ。
もう自分たちはこの国から出る。今後、関わり合いになることはないだろう。
ただ、もし再びこの国に入ることがあるのならば、気をつけておいた方がいいかな。
そう思い、顔だけは覚えておいた。
襲撃者の隊長は今、見えない鎖のようなもので、無理やり動きを封じられている。
話すこともできない。
過去視で勝手に見えてしまったので、尋問も不要だ。
わがままを言って、この隊長だけはセイラスがとどめを刺す、とノエルに伝えている。
これはただのわがままだ。
自分が狙われ、その自分は手を汚さずに、ただずっと後ろでノエルに守られている。
そしてこれからもずっと同じことが繰り返されるだろう。
かといって、自分がどうにかしようと前に出るわけにはいかない。
単に、前線で戦う者の邪魔になるだけだ。
だから今、最初のこの時だけでも、自分が命じた結果が起こした結末を見届けること。
そして自分が一体、何を命じたのかを、自分で知ること。
それだけはやりたかった。
今、目の前には、動けない襲撃者の隊長がいる。
身長差で狙いにくかったが、動けないその男の首に、セイラスは全力でナイフを突き刺した。
刃が肉に埋もれていく、嫌な感触。
これは忘れてはいけないものだと、心に刻む。
首から吹き出した血は、ノエルが作った壁により、セイラスの体には届かず、汚れない。
しかし、セイラスの持つナイフには赤い血がべっとりとついており、足元には男が壮絶な表情で死んでいる。
手に残った嫌な感触と、死んだ男の顔。
これを、これからずっと、自分の代わりにノエルにやってもらうのだ。
それを忘れてはならないと、セイラスは自分に誓った。
屋敷の庭に散らばった襲撃者の亡骸の処分を、ノエルに頼む。
ノエルが頷くとともに念じると、それらが一斉に炎に包まれる。
辺りを漂う嫌な匂いに、セイラスは吐き気を覚えたが、ぐっと堪える。
それほど時間がかからずに、亡骸は全て骨となった。
ノエルは焼け残った骨や装備品などを一瞥すると、再度念じる。
すると、それらは一斉に姿を消した。
正しくは、セイラスの目から見ると、エーテルとなって飛び散った。
物質としての姿を失い、エーテルとなったのだ。
これは、ノエルの習得した特殊な能力の1つだった。
条件があるが、応用次第ではかなり有用であるとセイラスは考えていた。
まさか最初の使い道が、証拠隠滅になるとは思わなかったが。
襲撃を想定し、撃退してから堂々と屋敷から出ていく。
その方針にしたとき、決めたことがある。
「襲撃者は1人も逃がさないようにして。あと、できれば証拠は残さないようにしたい」
「……それは、どうしてですか?」
ノエルの当然の質問。
それを行うのは、自分なのだから。
「理由はいくつかある。まず、圧倒的な力を見せながら、誰も殺さない。これは一番まずい」
特殊な異能は、目をつけられる。
しかも、それが襲いかかる敵も殺せないような甘い子どもだとすれば、逆に執拗に追いかけられる。
自分ならそうする。
「次に、襲いかかってくる者だけを倒し、逃げる者は追わない。悪くはないけれど、今後の展開が読めなくなる」
ノエルが圧倒的な力を見せ、敵わないと逃げ出した者が、ノエルの強さを報告したらどうなるか。
危険だから手出し無用となればいいが、逆にノエルの力に興味を持たれる可能性もある。
それが怖い。
「では、能力は使わずに、剣だけで倒すのは?」
「……俺の自己保身で悪いんだけど。俺を積極的に消したい勢力が2つあるようなんだ。強いけど、剣士がいるだけと判断すれば、追っ手が来ると思う」
「それで、全員を……ということですね」
「ああ」
襲撃した者たちが、誰も帰ってこない。
屋敷はもぬけの殻で、何が起きたのかもわからない。
襲撃を指示した者は、不気味に思うだろう。
何も考えずに追撃は指示できないはずだ。
「本当は、屋敷も燃やしてしまった方がいいんだけどね……」
合理的に考えようとしながら、自分の大切なものは除外する。
自分の卑怯さが垣間見えて、嫌になる。
「屋敷を燃やすのは、私も反対です。ここは、大切な場所ですから」
もう戻ってこられないとしても。
ここで過ごした日々は、ノエルにとっても大切な記憶だった。
ノエルのフォローに救われながら、セイラスは話を元に戻す。
「ちなみに、これは絶対じゃない。今後の安全性、可能性の話だ。もし嫌なら……」
「やります」
断れる逃げ道を用意しようとしたセイラスの言葉を遮り、ノエルが断言する。
「それが安全なんですよね? でしたらそうしましょう。セイラス様を殺そうとしてくる人たちを、生かしておく必要があるとも思えませんし」
「あ、ああ……頼む」
食い付き気味に強い口調で了承するノエルに、やや気圧されながらも、それが決定した。
戦いの後始末が終わった。
(ノエルは辛くないのか……?)
気分が悪い。
辺りに漂う死臭。
初めて人を刺した感触。
動かなくなった人間と、あの男の顔。
自らを苛む様々なものを堪え、ノエルに声をかける。
「ノエル、大丈夫か……?」
「あ、はい。大丈夫です。かすり傷ひとつ負っていません。やはり、セイラス様の見立ては正しかったです。私、すごく強くなりました!」
笑顔で答える。
一見すると、無理している様子はない。
「そうか、ならよかった」
聞きたかったのは体ではなく心の方なんだけど、とは聞けず、ひとまず大丈夫だと思うことにした。
ノエル自身は、セイラスを狙ったのだからこのような末路は当然である、と。
やや危うい思いでいることを、その時のセイラスが知ることはなかった。
襲撃者たちの痕跡を消した後、一旦屋敷へと戻った。
流石に、今日はもう襲撃はないだろう。
ノエルに確認してもらったが、周囲に人はいない。
緑の点……ロビンもいなくなっている。
戦いの結末だけ見て、去っていったのかもしれない。
「今日は寝て、明日、出発しよう」
「はい」
こんな真夜中に乗合馬車は動いていないだろう。
この屋敷で寝る、最後の夜。
母の夢を見た気がするが、起きた時、どんな夢だったのかは覚えていなかった。
次の日の朝。
荷物を持って外へ出る。
これでとうとう、出発だ。
セイラスは、5年以上を過ごした屋敷を振り返る。
母が亡くなり、その悲しみも癒えないうちに連れてこられた。
捨てられた子犬のような気持ちで塞ぎ込む自分を、励まし、守り続けてくれたロビンとロザンナ。
母の遺言を思い出し、雪の降る日に何度も出かけ、ノエルと出会えたこと。
ノエルの異能に気づき、未来に希望が見えたこと。
そしてそのノエルが、障害となる者たちを排除したことで、今、自分はここに立っている。
「……行ってきます」
もう、戻ってくることはないかもしれない。
自分にとっての牢獄であり……母の存在を感じられる大切な場所でもあった。
この先はもう、母の未来視は届いていないだろう。
今までは、そこにいなくても、ちゃんと母は自分を見守ってくれていたのだと、今は考えている。
これからはもう、母の見守りはない。
自分の意思で、自分の責任で、自分の人生を歩く。
さようなら、母さん。
心の中で呟き、セイラスは初めて自分の足で、門の外へと出ていった。
「さて、それでどっちに向かえばいいのやら」
「……申し訳ありません、わかりません……」
一歩目から躓いた。
このあたりは街の中でも外れの方で、近くに家もない。
屋敷にはこのヴェルナの街の地図などはなかった。
乗合馬車の場所が分からず、途方に暮れていると。
「お困りですかね?」
聞き覚えのある声が、かけられた。




