第16話 襲撃
ロビンから兄が正式に王太子となったことを聞いてから1週間。セイラスとノエルは、屋敷を出る準備を着々と進めていた。
「さて……持っていくのはこれでいいかな」
地下室の書斎。
作業机の上には、いつでも持ち出せるように荷物をたくさん詰めた背負い袋が乗っている。
お金、服、当面の食料、地図。
かさばらないエーテル機械がいくつか。
母が用意してくれた、武器と防具。
そして、母が書き遺してくれた、一冊のノート。
旅をするとなると野宿も想定しなければいけないが、さすがに野宿のための道具はこの屋敷にはない。
また、その買い物に行くわけにもいかない。
「必要なものは、その都度買えばいいかな」
「そうですね」
セイラスはそう話し、ノエルも頷く。
元々、外出すらろくにできなかった二人だ。
旅をするのに何が必要なのか、想像することも難しい。
旅行記を読んでみても、野宿の大変さやトラブルなどは面白おかしく書いてあるが、具体的な野宿の仕方などは書いていない。
当然、母の残した資料の中も探したが、旅の参考になるものはほとんどなかった。
「考えても答えの出ないものについて、悩んでいても時間の無駄だ。今、考えなければいけないことを考えよう」
セイラスは割り切る。
「とりあえず当面の予定だ。この屋敷を脱出した後は、この町から隣の国への乗り合い馬車があるはずだから、それに乗って行こう。国をまたげば、大手を振って追いかけては来れないだろう」
「はい、私もそう思います」
ひとまず方針は決まった。
方針と呼べるほどのものでもないが、外の世界というものを全くわからない二人にとっては、それが限界だった。
まずはここを出て、それから考える。
持って行くことを決定したもの以外にも、持って行きたいものがあったが、できる限り荷物は減らすことにした。
お気に入りの本であったり、食器であったり。
そうした日用品にも、それぞれちょっとした思い出が詰まっている。
「何か持って行った方がいいだろうか」
「セイラス様が必要と思うものをお持ちになればよろしいかと」
ノエルはそう繰り返す。
セイラスは顔をしかめる。
悩みの原因の一つは、セイラス自身にあった。
セイラス自身もびっくりしたことである。
ある程度自分の荷物をまとめ、屋敷にあったちょうどよさそうな背負い袋に入れたのだが。
「持ち上がらない……」
荷物が持てないのだ。
自分の力があまりないことを薄々感じてはいたが、まさかこれほどとは思わなかった。
結果として、ノエルに二人分の荷物を持ってもらうことになる。
使用人が主人の荷物を持つのは当然のことです、とノエルは慰めてくれた。
情けないが、仕方がない。
結果、荷物は最小限となった。
幸い、母が残してくれたお金があるため、足りないものは後で買う。
思い出の品は、ここに置いていく。
これからは、新しい生活が始まるのだ。
いつでも出られるよう荷物をまとめてから数日後の夜。
「来ました」
ノエルが短く言う。
既に地下室は閉め、セイラスの部屋で二人で待機している時だった。
そろそろであろうと予測はついていた。
あの日から、屋敷の周辺に敵意や殺意を持つ人物が徐々に増えていることを、ノエルは察知し、セイラスに報告していた。
襲撃が近いことを感じ、荷物の準備を急いでいたのだ。
ここ3年でノエルはこの探知能力を改良し、自分たちに好意を持つ者は緑、どちらでもなければ白、敵意や害意を持つ者は黄色。
そして、殺意を持つ者は赤く見えるようにした。
その結果、今まさに赤い点がいくつも敷地内に入り込んでくるのを感知したのだ。
「あれ……」
「どうした?」
緑の点が1つ、少し離れたところにある。
緑の点には、現状、心当たりが2人しかいない。
ロザンナとロビン。
「となると、ロビンか。今どこにいる?」
「そうですね……門から少し離れたところで、何かの陰にいます。赤い点の人たちから隠れているのかもしれません」
「そうか……様子を見に来たんだろう」
「助けに入るつもりでしょうか」
「わからない。けど、赤点が全員入ったら、門からは誰も出入りできないようにしておいて」
襲撃がある前に、自分たちから逃げることもできた。
しかし、そうしなかった理由はいくつかある。
そのうちの1つとして、ノエルの力の確認だ。
セイラスの見立てでは、ノエルは既に普通の人間には届かない高みにいると考えている。
しかし、それは実戦も知らない子どもの考えだ。
でも、これをはっきりさせないと、勝てるか勝てないかわからない追っ手に怯える日々になる。
それは、受け入れられない。
いつかは通らなければならない道だ。
準備は可能な限り整えた。
やれるだけのことはやったのだ。
あとは、その結果を見せるだけ。
「ノエル、キミの強さを見せてくれ」
「はい、セイラス様」
嬉しそうにノエルは応じる。
今この時のために、何年も準備をしてきたのだ。
その成果を見せられると思えば、不安や恐怖よりも、逆に喜びを感じていた。
「さあ、初陣だ。いくぞ!」
「テメエら、急いで屋敷を囲め!」
襲撃者たちのリーダーの役割を与えられた男が、周りの兵士たちに指示を出す。
今回のターゲットは2人。
少年は必ず殺すこと。
使用人の少女の生死は問わない。
なお、突入先の屋敷の財産は好きにして良い。
それが今回の作戦にあたって、指示された内容だった。
簡単な仕事だ。
簡単すぎて、当然に裏があると考える。
おそらくこれは、俺たちも捨て駒になるケースだ。
裏取りをしたところ、この屋敷にいるのは、庶子の第2王子だ。
公にされていないとはいえ、箝口令が敷かれているわけでもないので、調べることは可能だった。
王族を害して、何も咎めがないはずがない。
おそらくは仕事後に、成功報酬欲しさにのこのこと現れたところを、今回の犯人一味として捕らえられ、口封じに処刑される筋書きだろう。
腐った貴族の考えることを、男は身にしみて知っていた。
それでも今回の仕事を受けたのは、その屋敷の財産が目当てだった。
未来が見える、異能者。
その女はその能力を駆使して若くして莫大な財産を築いた。そして、その息子である第2王子を自分の家に住まわせるよう、遺言を残したという。
であれば間違いなく、その莫大な財産、遺産を息子に残しているはずだ。
その財産はこの屋敷にあるに違いない。
それはきっと、今回の仕事の成功報酬などとは比べ物にならないはず。
そのため、この仕事を終えたら屋敷の中の金目のものを全て奪い、そのままこの国から逃げ出すつもりだった。
そんな、簡単な仕事の、はずだった。
「ちゃんと囲んだかぁ? 逃げられないようにしたら、どこでもいいから窓でも扉でも壊して中に入るぞ!」
そう声を上げた瞬間。
「それは困るな。母の作った大事な家なんだ」
玄関を開け、堂々と現れた少年がそう言った。
月明かりを頼りに見ると、仕立てのいい服に身を包んだ黒い髪の少年と、街娘の格好をした青い髪の少女が玄関に立っている。
聞いていた容姿と一致している。
標的だ。
少女は少年の前に立ち、少年を守るように前に出ていた。
「あんたが王子……おっと、金持ちのお坊ちゃんかい。わざわざ出てきて、覚悟は決まったってことかぁ?」
ただの獲物であるはずの少年が、自分から姿を現した。
しかも、これだけの人数に囲まれているにもかかわらず、恐れているようにも見えない。
心の中に、言い知れない不安が浮かび上がる。
それを無視しようとしながら、リーダーであるその男は脅しかける。
「家に突然、ならずものが入り込んできたんだ。家主としては、ちゃんと排除しないと、ね」
堂々と言い放った。
「何だと、てめえ!」
気の短い部下が怒鳴りつける。
その少年……第2王子セイラスは、その男を無視して、自分の前に立つ少女に語りかける。
「よかった。雑魚ばっかりのようだ。
たくさんいるみたいだし、俺たち実戦の練習台になってもらおう。
一気に倒さないように。練習にならないからね」
「わかりました」
そんなことを、言っている。
「ふざけたこと言ってやがんじゃねぇ!」
先程も叫んでいた考えの浅い男が、一人で剣を持ち、勢いだけで切りかかる。
その瞬間、真っ二つになった。
「……は?」
何が、起きたのか。
何をされたのか。
そもそも、少年も少女も動いているようには見えず、どちらの仕業かもわからない。
「ちっ、こいつら多分、異能持ちだ! 安易に近づくな!」
あの堂々とした余裕。
奥の手があると考えるべきだった。
リーダーが声をかけると同時に、兵士たちが距離をとる。
裏手に回っていた者たちも集まってきた。
今回の襲撃者は22人。
1人減って21人で2人を囲む。
部下が減って分け前が増えるのは歓迎だが、下手に動いて怪我などしたくない。
「おい、誰か遠距離攻撃できるやつはいないか?
いたら……」
指示を出そうとした瞬間、離れていた部下の兵士たちが数人、突然倒れた。
見ると、頭に焼け焦げた穴が空いていたり、氷や金属のような光沢を持つ槍が刺さっている。
な、なんだ?
何が起こっている!?
必死になって状況を理解しようとするが、何もわからない。
想像が追いつかない。
その間にも、突然呼吸を止めて倒れる者、全身から火を噴き燃え尽きる者など、今まで見たことのない攻撃で部下が死んでいく。
「なんだよこれ、聞いてねぇよ! やってられるか!」
一部の兵士が恐慌状態になり、逃げるために門へと走り出す。
つられて、数名が一緒に逃げ出した。
「あっ、テメエら、逃げるんじゃねぇ!」
人数が減ったら、俺が的になる確率が上がるじゃねぇか!
そのリーダーの心の声に答えたわけではないだろうが、逃げた兵士が門で何かにぶつかった。
「なんだこれ? 見えない壁が!」
何かがあって、外に出られないようだ。
リーダーの背筋に冷たいものが走る。
俺たちがあの2人を逃がすつもりがなかったように……あの2人も、俺たちを逃がすつもりがないのだ。
「うあああ!」
1人が、破れかぶれで少年の方に切りかかる。
少年は構えも避けるそぶりもなく、静かに兵士を見ている。
そのまま兵士の剣が、少年の頭に振り下ろされた。




