↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/44

第15話 不穏な屋敷


「なぁ、あの使用人。まだガキだけどよ、いい女だと思わねぇ?」

「ああ? なんだよ、テメエも目ぇつけたのか。あれは、アリだな」

「やっぱりアリだよな? あぁ、まだるっこしい。とっとと男のガキぶっ殺して、使用人で遊んで、金目のもん取って帰ろうぜ」

「おい、そこ! 何話してる!!」


駐屯所でだべっていた柄の悪い兵士2人に対して、年嵩の騎士が怒鳴りつける。


騎士は心の中でため息をつく。


日に日に、この屋敷の護衛の質が下がっていく。

目の前の2人の兵士はハンター上がりとのことだが、もはやチンピラにしか見えない。

そもそも、戦えなくなったわけでもないのにハンターを辞めたということは、才能がなかったか……臆して逃げたか。

言っていることも、他の者に聞かれたら不敬罪どころの話ではない。

だが、それを咎めるものはここにはいない。


この屋敷には、表には公表されていない第2王子が軟禁されている。

その王子は、これまでその母親の実家や王家、その他様々な貴族が利用を考えて、睨み合いを続ける場所だった。


しかし先日、とうとう第1王子が正式に王太子となった。


これにより、政治面での第2王子の価値が著しく下がった。

それに伴い、政争のためにこの第2王子を利用しようとしていた勢力と、それに対抗しようとしていた勢力は、ここから手を引いた。

結果、この屋敷の周りには、この第2王子を疎んじる勢力が大部分を占めることとなった。


しかし、疎んじられた庶子とはいえ、王家の血を継ぐ者。


勝手に処分などすれば、間違いなくそれを指示した者は責任を追及される。

そのため、その処罰を受けるのは誰なのか。

逆に、罰を誰に受けさせるのか。

その方向で今、中央の貴族たちは腹の探り合いをしている。

そしてそのスケープゴートが決まり次第、この屋敷は蹂躙され、王子は処分されるのだろう。

この柄の悪い兵士たちも、結局はそのスケープゴートになる予定の者たちだ。


実行犯の処分。

それは確実に行わなければならない。

そして、それは身元のしっかりした騎士であってはならない。

そのために用意されただけの駒だ。


「思えば、かわいそうなものだな」


年嵩の騎士が1人、呟く。

この騎士は、どちらかといえば王子に同情していた。

ただし、主君の指示に逆らってまで守るつもりはない。

自分にも、帰還の命令が出ている。

代わりに来る者は、目の前にいる柄の悪い兵士と似たような輩だろう。


せめて少年少女が悲惨な最期を迎えないように。


ただ、そう願うのみだった。





「セイラス様、お話があります」


ノエルが来てから、あまり屋敷の中には入らなくなったロビンが、珍しくセイラスの部屋まで来た。

(書斎の方じゃなくて良かった)

セイラスは心の中で思う。

書斎では今、しっかりと地下室への階段が開いている状態になっている。

最近はロザンナも腰が痛いと言って屋敷に来ない日が続いていたので、油断していた。


「何があった? わざわざここまで来るということは、大事な話なんだろう」


セイラスが問うと、ロビンは普段のくだけた調子は見せず、真剣な態度でセイラスに報告する。


「第1王子であるヨハン様が、先日、正式に王太子となりました」

「……そうか」


その一言で、全てが通じる。


状況が変わった。

この屋敷はもはや、今までとは全く別物になったのだ。

見張りや護衛の状況が変わったのも、その一言で全て理屈がついた。


「それで、お前はどうするんだ?」


セイラスはロビンに尋ねる。


「失礼ながら、そのままお言葉を返させていただきます。セイラス様こそ、どうされますか? 王宮に戻ることをご検討いただけないでしょうか? この屋敷は、もはや……」


立場上、それ以上は言えないのだろう。


「王宮に戻る、なんてことは考えていないよ。それは無理だ。ロビン、お前もそれは分かっているだろう?」

「……」


この屋敷を巡る、ギリギリのバランスが崩れた。

ここを支えていた薄氷はすでに割れ、冷たい水の底に沈んでいくのみ。


ロビンはそう考え、王宮に戻ることを提案してみた。

当然、それが難しいことも承知している。

それが根本的な解決にはならないことも。


しかし、それでも、この屋敷にとどまるよりはましなのではないかと考えたのだ。


当然、セイラスにはその提案を受け入れることはできない。

もし王宮に戻ったとしても、また母のように命を狙われるだけだ。

さらに言えば……この屋敷からは、もう脱出する準備を進めている。

できれば成人となる15歳まで、とは考えていたが、やはり兄が成人するこのタイミングで状況が動いた。

想定の範囲内である。

そのために準備も進めている。


後は覚悟だけ。


既にその段階だ。


「俺は答えたぞ。ロビン、お前はどうするんだ?」


改めて、ロビンに尋ねる。

ロビンは、セイラスが今まで見た騎士の中でも、かなり上位の実力者だ。


王宮内で警備をしていたところも、見ている。

自分からは言ってこないが、おそらくは近衛騎士。


そんな者が、中央から離れた郊外の街で何年も護衛をしているのは、通常では考えられない。

セイラスも王族の端くれだという言い訳はできるが、ロビンはかなり無理をしてここに駐留しているはずだ。


状況が厳しくなった今、まだここに居続けると、さらにロビンの立場は厳しくなるだろう。

加えて、今から脱出しようと考えている身からすると、ロビンが護衛隊長のままでいることは少し都合が悪い。

セイラスたちが脱出した責任を問われるかもしれないからだ。


「……私は既に、護衛の任を解かれました。中央に戻るよう、辞令も受けています」


そうなのか。


「なら……」

「私は、セイラス様がいらっしゃる限りは、ここを守ります!」


ロビンははっきりと断言した。

嬉しいと感じる反面、少し困る。


「とりあえず状況は理解した。下がっていいぞ」

「セイラス様……」

「大丈夫だよ、ロビン。俺は大丈夫だ」


セイラスはロビンに、それだけ声をかけた。

いつもセイラスを元気づけるよう、笑顔を絶やさなかったロビンが、何かを堪えるような顔をしている。


「お嬢ちゃん、いや、ノエルがもしかしたら……」

「ああ、お前の見る目は間違ってない。ノエルは強いから大丈夫だよ」

「……まさか」


セイラスが大丈夫と繰り返すことで、ロビンは察する。

ノエルをずっと指導していたのはロビンだ。

ノエルは指示通り、一度もロビンに勝ったことはない。

しかし、やはりロビン自身はノエルの強さに違和感を感じていた。


指導を受ける時は、常に真面目だった。


教えたことを素直に学び、一つ一つ確実に技術を身に付けていく。

しかし、手合わせをすると、手を抜いている。

しかも、かなり。

なぜだろうと考えたが、中央からの見張りが常についていることを思い出し……問い詰めることはしなかった。


(ロビンになら、このくらいは伝えておいてもいいだろう)


「そういうこと、ですか。期待して良いんですね?」

「想像の通りだと思うよ、ロビン」


詳細は伝えないが、もう教えたようなものだ。

もう事態は進行している。

成すべきことも決めた。

であれば、もう隠しておく必要も薄い。

そして、ロビンを心の底から信じきれなかった罪悪感も手伝い、安心させるためにギリギリまで情報を伝える。

この箱庭で、ロビンとロザンナだけは味方だと思っていた。


でも、もし。

ロビンが敵に回ってしまったら。

そう思って、できる限り頼り切らないよう努めてきた。


ロビンは近衛騎士であると推測していた。

であれば、王家から命令があれば、逆らうことは考えられない。


でも今回、命令に逆らってまで、ここでセイラスを守ると言ってくれたのだ。

ロビンの想いと覚悟を、信じきれなかった自分を恥じる。


「……ご無事を。お祈りしております」


一礼をして、去っていく。


「ロビン、ありがとう」


その背中に5年分の思いを込めて、感謝の言葉を伝えた。




その夜。


夕食を終えた後、セイラスとノエルの2人はいつものように地下室に降りていた。

しかし今日は、ノエルの訓練を始める前にセイラスが話をする。


「やはり状況が変わっていた。兄が王太子になったらしい」

「……とおっしゃられますと?」


政治には疎いノエルには意図が伝わらず、質問する。


「そうだね……簡単に言えば、俺の利用価値が1つ減ったってところかな」

「……利用価値ですか」

「そう。第1王子である兄は体が弱かった。だから俺は、その保険として存在しているという意味もあった。

さらに言えば、その体の弱い兄が次の王にはふさわしくないとして、俺を担ぎ上げ、操り人形の王にしてやろうと考える人たちもいた。

まあ、これは現実的ではないけどね」


本当に成功するとでも思っていたのだろうか。

そう考える勢力がいることを知ったとき、正気を疑ったくらいだ。


「結局は兄が……第1王子が王太子になったことで、そういったやり方で俺を利用する意味も必要もなくなったんだ」


そこで問題なのは、こう考える者たちは、どちらかといえばセイラスの身を守っておく必要があると考える勢力だったことだ。

その者たちが、セイラスの利用価値がなくなったと判断した。


「そうすれば、どうなるかわかるね」

「強硬派……セイラス様を排除したい人たちの勢力が強くなるということですか」

「簡単に言えばそういうこと」


他人事のように軽く言う。

実際には、確かに今までは他人事のようだった。

実感がわかなかったからだ。


しかし今では意味が違う。


「そうですか……それではもう、ここにとどまる意味はないと。そういうことですね」

「その通り」


この時のために、ずっと準備してきたのだ。


3年前に、外に出て何をするのか。

2人で決めてから、ずっと。


できれば、自分たちが成人してからの方が理想的だった。

子供扱いされない方が、外に出たときに何かと都合がいいと考えたからだ。

ただし、そこまでの時間の猶予は許されなかった。


しかし、それは想定済み。


今この時期に、兄が成人するのは分かっていた。

それであれば、順当に行けば高い確率で今の状況になる。

一番高い可能性として、すでに準備は済ませている。


「さあ、ノエル。とうとうその時が来たようだ」


外の世界を、見に行こう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。