第14話 旅立ちの準備
十三歳になった年。
窓の外では、強い日差しが降り注いでいる。夏が近い。
「ちょっと暑いかな……」
昼過ぎになると、ちょうどセイラスの部屋に日が差し込むため、読書には少し不向きだ。
快適な場所を求め、セイラスは地下室へと降りていく。
地下室ではいつものように、ノエルが訓練に励んでいた。
長くなった青い髪を後ろでまとめ、額には薄く汗が浮かんでいる。
今はどうやら、剣の鍛錬をしているようだ。
三年前とは比べものにならない。
剣先どころか足さばき、体の動きすら目で追えないほどのスピードで、ひたすら型の反復を行っている。
本来であれば、素人のセイラスの目で追えるスピードではないのかもしれない。
しかしセイラスの目はやはり特別製なのか、ノエルの人間離れした動きでも、どうにか目で追うことだけはできる。
しかし、セイラスの体はそれについていけない。
もしノエルに切りかかられたら、身動きひとつできずに切られるだけだろう。
手に持つのは、すでに練習用の剣ではなく真剣。
すでに実戦を意識して鍛錬を行っている。
剣を振る手にも迷いがない。
踏み込み。
振り下ろし。
切り返し。
突き。
一つ一つの動作を繰り返し、何度も身体に覚え込ませてきた。
ノエルは強くなった。
エーテルを身体に取り込むことで、筋力も、反応速度も、持久力も大きく向上している。
また、異能についても訓練は順調だった。
過去の異能者の情報を元に、役に立ちそうな能力をかなり再現できた。
特殊能力のような力は、やはり理解するのも実践するのも難しく、あまり数を習得することができなかった。
しかし、物理的な攻撃手段、防御手段についてはかなり応用が効くようになり、おそらく今のノエルに勝てるものはそう多くはないのではないか。
机上の空論ではあるが、そんな風にセイラスは考える。
もう遠い記憶となってしまったが、過去に住んでいた王宮でも、これほど強い人間というのは見たことがない。
素人の考えだが、おそらく騎士の中でも上位に位置するであろうロビンでも、本気を出したノエルには手も足も出ないのではないかと考えている。
ただし、唯一かつ致命的な問題として、実戦の経験がない。
ロビンからは指導を受けるのみで、同等のレベルの人間との立ち会い稽古すらできていない。
それがいつ、どこで自分たちの弱点として発露するか。
それは分からない。
だから今は、ひたすら鍛錬を積み重ねるのみであった。
セイラスの方も、遊んでいたわけではない。
地下室にあった大量の本や書類。
それらについては、おおよそ目を通した。
内容も理解できるようになり、すでに自分たちを取り巻く環境についても、ほぼ正しく理解できたと考えている。
しかし問題は、この情報が古いことだ。
おそらく母が集めたこの資料は、少なくとも5年以上が経過しており、当時から状況が変わっていることは十分考えられる。
そのため、今自分が持っている情報を鵜呑みにせず、臨機応変に動かなければならない時がくる。
そう考えている。
さらに1点、成長した点といえば、過去視の異能だ。
自分の思考力などが向上していることを試すため、あれから過去視を何度か使用してみた。
結論として、自分の記憶力、思考力など、そういった頭の中の能力が確実に向上しているという実感を得た。
過去を見た時に大量に流れてくる情報。
その中から必要な情報を取捨選択することで、頭の中にかかる負担が大幅に減少した。
今では過去視を使用するだけで、すぐさま気を失うようなことはない。
ただし、その弊害なのか、たまに勝手に物や人の過去が頭に流れてくることがあるのがちょっとした悩みの種となってしまった。
これも、ある意味異能の暴走なのだろう。
思えば当初は異能の暴走に悩んでいたノエルに、ずいぶん偉そうな口をきいたものだ。
でも、勝手に視えるときは負担を感じないため自分には実害がなく、成長していけば発生しなくなる可能性もある。
必要があれば言おうと思うが、現状はノエルに伝えてはいなかった。
「セイラス様、いらしていたのですね」
ノエルが鍛錬を一旦中断し、こちらへと歩いてくる。
この3年でかなり成長した。
すらっとした体つきに、冷たさも感じるほどに整った顔。
美しい青い髪。
まだ13歳ながら、すでに大人顔負けの魅力を振り撒いている。
セイラスも背は伸びているが、ほんの少しだけノエルの方が背が高い。
セイラスはそこが納得いっていないが、顔には出さないようにしている。
いつか追い抜いてやる。
そう常に心に誓いながら、少しだけノエルを見上げる日々だった。
順調に見える2人の成長だが、ひとつだけ、そして重大な問題があった。
ノエルが日々のエーテル吸収の訓練により、劇的な身体能力の向上に成功しているが、セイラスには、頭脳以外にはそれがない。
それどころか、おそらく通常の同世代よりも圧倒的に力がついていない。
そう推測している。
例えば剣。
10歳の頃、子供用の木刀を100回も振ったらヘトヘトになっており、自分の力のなさを痛感した。
しかし、あれから3年経った今でも、同じ10歳用の木刀を振るだけですぐ同じようにヘトヘトになる。
身体能力がほぼ成長していないのだ。
これは明らかに異常と言えた。
通常は、ただ生活しているだけでも体は少しずつエーテルを取り込み、徐々にある程度、体は強くなっていく。
まだ体ができていない13歳とはいえ、10歳向けの木剣を振れない程度に力がないという自分の体は、一般的なレベルに達していないということは、なんとなく理解できている。
これはさすがに致命的だ。
今後のことを考えると、命に関わる問題である。
人並み以下の体で、温室暮らしだったこの生活から抜け出し、そもそも生きていくことができるのか……。
「大丈夫です。セイラス様は私が守ります」
「……そうだな、ありがとう。俺の命は、預けるよ」
心を読んだように、ノエルが声を掛けてくる。
ノエルにばかり負担をかけることになり心苦しいが、他に選択肢はないため、素直に頼りにし、感謝する。
なおしばらく前から、セイラスは自分のことを「僕」ではなく「俺」というようになった。
口調もやや、ぶっきらぼうに話すように変えた。
理由は単純。
この脆弱な体で、軽く見られないようにするためだ。
身長はまだノエルに届かず、体つきも細い。また顔も、母親譲りで整っているが、童顔といえる。
今後外の世界に出たとき、舐められやすいだろうと考えての精一杯の虚勢だ。
最終的にはノエル頼みになるとしても、無用なトラブルを呼び込む可能性を減らしたい。
それが期待通りの効果になるかは、不明だが。
「ところで、例の話だけど」
「護衛と見張りの状況が変わった件ですね……依然、変化はありません」
今までは見張りを気にして、地下室にこもるのは夜だけにしていた。
しかし、ここ最近は邸内に見張りが潜むことがなくなった。
また、邸外の護衛たちにも変化があった。
人数が減り、質が落ちているのを感じる。
以前にいたメンバーよりも、明らかに体の中にあるエーテル量が少ない。
また、ノエルに敵意の有無を感じてもらうと、敵意ありの者が増えている。
「中央の方で何かあったのか……いや、これまでが異常だったんだろうな」
訓練された騎士を、中央から離れた郊外の場所に常駐させる。
出向させる側からすれば、大きなコストだ。
そのコストを、どの勢力も減らし始めた。
見張りが減り、抜け出しやすくなったとも言える。
確実に状況が変わってきていることを、2人は感じ取っていた。




