第12話 母の残したもの 3
それから、二人は地下室に通うようになった。
壁に取り付けられた照明は、朝も夜も変わらない明るさで部屋を照らし続ける。
本棚の紙が湿気で傷まないよう、空調まで計算されているのだろう。
できるならずっと地下室に籠もって、ノエルと色々なことを試してみたい。
しかし、見張られている以上、怪しまれないように日中は上の屋敷で過ごし、夜になってから、見られたくない訓練をここで行う。
ノエルの異能の訓練方法を考えるのはセイラスだ。
外から見張られているとはいえ、どんな本を読んでいるかまではわからない。
そのため、地下室から本や資料を持ち出し、読み耽る。
王国軍の報告書と思われる紙束。
魔物の討伐記録。
異能者への聞き取り調査。
研究者が個人的に残したと思われる実験記録。
様々な情報を元に、頭の中でシミュレーションを行う。
過去にどのような異能が、どのように使われたのか。
外の世界にはどのような魔物がいて、何に注意して、どのように対処すればいいのか。
そして何より、人と……王国と争うにはどうすればいいのか。
思考を重ねる。
「そういえば今さらだけど、こんな難しい資料も簡単に読めるようになったな……」
自分はまだ10歳。
同じ年頃の子どもが身の回りにいないため比較できないが、今読んでいる資料は、大人が大人のために書いたものが多い。
ものによっては、かなり専門性の高いものもある。
セイラスは最初こそ苦労したものの、様々な本や資料を読み進めるうちに、どんどん自分の理解の速さ、深さが増しているのを感じた。
「エーテルの取り込みの訓練、僕の場合は、もしかして頭の中が強化されてるとか……?」
エーテル吸収の日課は、ノエルだけでなく自分にもやってもらっている。
ノエルが自分にエーテル吸収を行っているときは、エーテルがどんどん体の中に入っていくのが視えている。
しかし、セイラスがそれをやってもらっても、自分の体の中に入っていく様子はほとんど見えない。
ただし、頭は別だ。
セイラスは、セイラス自身の頭を見ることはできない。
一度試したが、鏡にはエーテルは映らず、自分の体の目に視える範囲でしか、吸収しているかどうかがわからないのだ。
「……そうだったらいいなぁ」
効果がまったく見えないというのに、ノエルは毎日欠かさずセイラスにもエーテル吸収のために時間と力を使ってくれている。
文句一つ言わずに続けてくれていたことに、意味があったとすれば、セイラス自身も非常に嬉しかった。
夕食が終わると、日課の訓練のために二人で地下室へと降りる。
「今日はどうされますか?」
ノエルが今日の訓練内容について尋ねる。
セイラスが何か訓練予定を組んでいればそれを行い、特になければ、地上では見せられないスピードで剣の素振りや型の反復練習を行うのが通常だ。
「今日はちょっと、今までとは違う方向の練習をしてもらいたいんだ」
「……今までとは違う方向ですか?」
過去の異能者の資料を読み、比較的イメージがしやすいものは、すでにノエルは習得済みだ。
火の矢や氷の矢を作って、飛ばし、的に当てる。
元々エーテルを何かに変化させる練習はしていたので、火の矢などを作ることは簡単だった。
ただし、それを飛ばして的に当てられるようになるには少し時間がかかった。
しかし慣れてしまえば百発百中で、後は矢の生成速度と射出速度を少しずつ速めていけばいい段階まできている。
なお、雷の矢を試したところ、的に飛ばず、近くの金属へ勝手に直撃した。
危険なので雷系は一旦禁止している。
「今日は、火の矢。それを同時に2本。それぞれ別の的に当ててもらう」
「2本同時に……ですね。なるほど、承知いたしました」
「うん。一本だけならもう問題ないことはわかってるからね。……敵は、1体だけとは限らないから」
「……はい」
意図することを汲み取り、ノエルは頷く。
「最初は2本。それから徐々に増やしていって、目標は一旦9本かな」
今いる訓練場には、入口のある壁以外の3面に、それぞれ3つの丸がある。
それら合計9個の的に、同時に当てる、ということだ。
「……敵に囲まれた時のため、ということですね」
「そういうこと。それじゃあ、まずは2本からやってみて」
言ってから、少し離れる。
セイラスが距離を取ったことを確認して、早速ノエルは異能を使い、火の矢を発現させる。
(まずは……2本)
イメージすると、ノエルの前に2本の火の矢が浮かぶ。
一回でできたことに、特に喜びはしない。
聞いたときから、ここまでは簡単にできると考えていた。
問題は、それぞれを別の的に飛ばして命中させること。
ノエルは矢を射出し、命中させるよう念じる。
しかし。
「あっ……」
火の矢は勢いよく飛び出し、的の中心へ命中した。
ただし、2本とも同じ的に。
「射出する前に、エーテルの線が1つの的にしか向かってなかったよ」
横で見ていたセイラスが、視えたままの状況を伝える。
ノエルはエーテルを操れるが、視えていない。
そのため、何がダメだったのかを伝え、イメージを明確にして改善するのがセイラスの役目だ。
「ありがとうございます。もう一度行きます」
言って、再度火の矢を2本作る。
今度は時間をかけて、こっちの矢はこっちの的、あっちの矢はあっちの的、としっかりイメージする。
「いいよ。ちゃんと的まで線が通ってる」
セイラスの声を聞くと同時に、矢を射出する。
2本の火の矢は、それぞれ別の的の中心に命中した。
「……できました!」
「うんうん。いいね。ノエルならできると思ってた。じゃあ、次は3本で」
「は、はいっ」
喜ぶ間もなく、指示が飛ぶ。
ノエルは言われた通りに3本の矢を作った。
2本のときと同じように、3本の矢を、目の前の3つの的に確実に分けて、的をイメージし、丁寧に射出する。
3本の矢は、それぞれ見事に目の前の3つの的に命中した。
(よし! 一回でできた!)
褒めてもらえると思いセイラスの方を見ると、特に喜んでもらえた様子はない。
「うん、ここまではできると思ってた。じゃあ、次は4本」
「あ、はい……承知いたしました」
少しがっかりしながら、次の4本の矢の準備を始める。
「3本までは今のノエルなら簡単だと思ってた。4本からは難しくなると思うから……頑張ってほしい」
「は、はい」
ここまではできて当然だと思われていたらしい。
次は難しいと言われて、少し緊張しながら矢を発現させる。
4本の矢は、問題なく目の前に浮かんだ。
(これをそれぞれ別の的に……)
そう思い、同じ要領で4本の矢を各々の的に割り当てるようにイメージする。
ただし、これまでと違うのは、1面の壁だけではなく、4つ目の的は別の壁にあること。
目の前の3つの的に狙いを定めた後、視線を動かし、隣の壁の4つ目を見る。
そして矢を射出すると……飛んでいったのは、4本目の矢だけだった。
「あれ……」
「ああ、やっぱり」
目の前に浮かんだまま動かなかった3本の矢を見て困惑していると、セイラスから声がかかる。
「4本目の的を見た時に、3本分のエーテルの線が消えたのが視えた。多分、意識から外れちゃったんだと思う」
「う……」
指摘を受けて、確かに、と思う。
4つ目の的、別の壁を見たときに、元々の的への意識を向け続けられていたかというと、自信がない。
むしろ、結果を見れば一目瞭然ではある。
「目の前だけに意識を向けていればいい3本のときとは違って、一回意識が切れそうだと思ったけど、やっぱりかぁ」
「申し訳ありません……」
「いやいやいや、謝らないで! 難しいことを承知で言ったんだから。むしろ、これを頑張ってというのが申し訳なく思うよ」
慰められ、少しほっとする。
失敗して当然と割り切り、そこから繰り返しの練習を始める。
しばらくの間、矢を作っては射出を繰り返したが、4本の矢になった途端に思うようにいかなくなる。
正しくは、別の壁に意識を向けた瞬間か。
1度だけ、2、3、4本目が的に当たったが、1本目は動かず。
1番うまくいったのがそれだけで、ほとんどは4本目しか飛ばない。
どれだけ時間が経ったかわからなくなったころ、セイラスからストップがかかった。
「集中力が落ちてきてる。疲れただろう? もう遅いし、今日はここまでにしよう」
セイラスが懐中時計を見ながら提案する。
このまま続けてもできる気がせず、ノエルは素直に従った。
次の日も、同じ訓練を行う。
一晩寝て気分も変わり、少しは手応えが掴めるかと思ったが、相変わらずであった。
4つ目の別の的に意識が向いた瞬間、ほかの3本の意識……セイラスから見ると、エーテルの線が途切れてしまう。
「ちなみに、射出して的を当てるための準備をしている時、どういうふうに考えてる?」
見かねて、何か力になれないかとセイラスが口を出す。
「ええと……あの矢はあの的。この矢はこの的に当たるように、って考えています」
「そっか……ずいぶん抽象的だね……」
ピンと来ないのか、ノエルは首をかしげる。
「そのへんの考え方を変えてみるといいかもしれない」
「どういうやり方でしょうか!?」
「そ、そうだね。僕なら、だけど」
行き詰まっているノエルは、セイラスの言葉に食いつく。
期待の大きさにちょっと尻込みしながらも、自分の考え方を伝える。
「それぞれの矢と的に、番号をつけるかな」
「番号を?」
「そう。まず、的に1、2、3、4と番号をつける。それと同じように、矢にも同じ番号をつける」
ノエルはこくこくと頷き、真剣に聞いている。
「それで、それぞれの番号の的に、それぞれの矢が当たるようにイメージするんだ。あと、これが重要なんだけど」
「はい」
「ちゃんと場所と形がイメージできていれば、的を見る必要はないかもしれない」
「えっ?」
「元々、エーテルは情報を持っている。ただの力の塊ではないんだ」
「……そうなんですか?」
ピンときていない様子でノエルが尋ねる。
エーテルを取り込めば取り込むほど強くなるノエルにとっては、そう思い込みやすいだろう。
「そもそも、僕の異能の過去視は、エーテルから情報を読み取っている。母の未来視もおそらく同じだろう」
「……」
「あとノエル。キミが最近使えるようになった、周囲に敵意がある者がいるかどうか。あれも、情報を扱う力だろう?」
「……あ、確かにそうです」
自分の使っている力に話がつながり、ようやくイメージがつく。
「エーテルは情報を元々持っている。それに加えて、ノエルがエーテルを使うとき、条件をつけることもできる。……そう考えると、条件さえしっかりつければ、見なくとも当てられる……んじゃないかな、と思ったんだ」
滔々と仮説を述べたが、最後には自信がなくなり、少しトーンが下がる。
しかし、ノエルにとっては大きな気づきだった。
早速、言われた通りにやってみる。
まずは、すでに慣れたように4本の火の矢を目の前に出す。
そして、それらを浮かべたまま、ノエルは目をつぶる。
イメージするのは4つの的。
すでに何度も練習しており、しっかりと頭に描ける。
そして、それらに1から4の番号をつけ、同じように4本の矢にも番号をつける。
そして念じる。
それぞれの番号の的に飛んでいけ。
それと同時に、4つの何かがぶつかる音が聞こえてくる。
目を開けると、壁に傷はついてはいないが、4つの的それぞれにかすかに煙が上がり、火の矢が当たったことが確認できた。
「できました!」
喜び、ノエルがセイラスの方を見ると、セイラスもまた嬉しそうな顔でノエルを見ていた。
「凄い、できたね」
「はい、セイラス様のおかげです」
「いや、凄いのはノエルだよ」
そう言われるが、ノエルは引かない。
「そんなことはありません。セイラス様が教えてくれなければ、こんなことはできませんでした。私だけではこの力は使いこなすことはできません。セイラス様がいらっしゃればこそです」
そうまくし立てるノエルに、セイラスはやや苦笑しながら、その言葉を受け入れる。
「まあ、でも、ひとまず目標は達成できたんだ。後は数を増やしたり、スピードを上げる練習をする感じかな」
「はい。セイラス様の言う通りにすれば、できそうな気がします」
ノエルの言葉は本心だった。
暴走するだけだった、大嫌いなこの力。
それがセイラスの言う通りにするだけで、暴走しなくなり、まるで奇跡のようなことができるようになった。
ただ、セイラスの言う通りに。
そうすれば、私は。
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